君が生きていたから

緋彗 月

第1話

ゆえ、志望校どこにした?」


「私は変わらず佐和野高校だよ〜。結衣ゆいは?」


「私はね…」


学校からの帰り道、いつも通りの他愛のない会話をしていたはずなのに。


曲がり角を曲がろうとした時、聞いたことのない、耳をつんざくような高音が頭に響いた。音をした方を向くと、一歩前を歩いていた結衣に向かって車が猛烈なスピードで突っ込んできているのが見えた。焦った表情の運転手と目が合う。

危ない

そう思ったときにはもう、




結衣は空を飛んでいた車にはねられていた




ドシュッっという初めて耳にする音と、広がる一面の赤に呼吸ができず心臓の動きが早くなる。


何が起きた…?


理解しているはずなのに理解ができない自分の震える手を抑えながら近づこうとすると、周りの大人たちに制止される。

近づかない方がいい。君は家に帰りなさい。

大人たちの声を振り切り結衣に近づく。


そこにあったのは散らばった肉片結衣だった。

実感した。

結衣は死んだのだと。



ーーーーーーーーーーーー



「…っ!!」


布団から体を起こし周りを見渡す。

……夢か。

目の前に広がるのは見慣れた自分の部屋の景色。夢だったことに安堵しつつ、涙がこぼれ落ちる。夢だとわかっても怖いものは怖い。いつもはすぐ忘れてしまう夢が、今日は鮮明に思い出せた。普段なら感じない底しれぬ不安が押し寄せてくる。

夢の中で見たのはいつも一緒に帰っている帰り道だった。

もしかしたら本当に起きてしまうのではないか。これは予知夢だったのではないか。


明日、学校に行ったらもう…


思考がネガティブになればなるほど、涙が止まらなくなる。

それ以上考えるのをやめて、私は現実に起きないことを願いながら、もう一度眠りについた。



ーーーーーーーーーーーー



学校につき、荷物を置いて、すぐに結衣のクラスに向かった。

朝、誰よりも早く来る結衣ならもう来てるはずだと。


「居た…」


そこにはいつも通りの結衣がいた。


「月?」


私の存在に気付いた結衣が駆け寄ってくる。


「どうしたの…って、月!?泣いてる!?」


結衣の生を感じた私は、結衣が生きていた安堵感で涙が止まらなくなった。


「何?どうしたの?いじめられた?それはないか〜」


いつも通りの軽口を叩きながら結衣はハンカチを出し、私の目元を拭った。


「大丈夫だから、落ち着いて言ってごらん」


優しい結衣の声に私も少しづつ話し始める。


「…っ、今日、夢でっ、」


「うん」


「っ結衣、っが、」


「うん」


「っ車に、轢かれてっ、」


「うん?」


「それでっ、怖くなってっ…」


「来たの?」


「…っ、うん」


大まかな内容を伝えた私が顔を上げると、そこには笑いをこらえきれないとでも言いたげな表情を浮かべた結衣がいた。


「あははっ、なにそれ、アホらし!!」


結衣は笑いながらも、優しく私の目元を拭い続ける。


「っ、だって!!目の前で死ぬんだもん!!」


恥ずかしくなった私も負けじと反論する。

が、結衣は聞く耳を持っていないように私の頭を撫でた。


「よしよーし、怖かったねー」


その優しい手に安心し、私も反論するのをやめ、結衣に抱きついた。


「…うん、怖かった…」


幼子のように甘える私に、結衣は驚いたような顔をしたあと、優しく抱き返してきた。


「…私はここにいるよ」


その一言にどれだけ救われたか、結衣は知らないだろう。

隣を見ればそこにはいつでも結衣が居る。

それがどれほど私にとって幸せだったのか、君が生きていたから知ることができた。

あの夢も、私が自分自身の気持ちを知るために必要だったのだ。

私はきっと…


「…ありがとう、大好き」


誰にも聞こえないような声で小さく呟いた。

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