第3話 両面宿儺

月下げっか白糸しらいとが部屋から出ると彼は内心驚いていた。

二人が歩いていた廊下にはアクアリウムの中でゆらめく灯りに泳ぐ数種類の魚が泳いでいた。

天井には幾重にも並ぶ風鈴ふうりんいろどられ、あわい光を放つ風鈴が飾られていた。

それらを眺めるように見ていると月下が白糸に話しかけてきた。

「白糸君。さっき入隊を許可したのだけど、実を言うと正式には許可されていないんだ」

「どういうことだ?」

眉をひそめると月下は言葉を紡いだ。

「入隊の許可の条件は二つあるけど、それに関しては君は一つクリアしているよ。もう一つはどの部隊に所属するかってことだけど、ぶっちゃけた話、ほぼ決まってるから大丈夫だよ」

「そうなのか?」

「うん、君は種族が河童だからね。君と同じ種族の凪さんや仲間達がそこにいるから直ぐに入隊できるよ」

そんな会話をしながら左の角を曲がると、目の前の出口に光が差し込んでいた。

光の差し込む方に向かって歩くと、不意に暖かい風が白糸の頬をでた。

目の前の光景に白糸は驚いた。

白糸が見た光景は───様々な屋台が並ぶ賑やかな街並みの光景。

それを囲む桜色と緑色が溢れる木々。

その光景を眺めるような星空の天井。

洗練された衣装を纏う多種多様の妖怪たち。

風と共に流れる妖怪たちの笑い声と音楽。

生まれて初めて見る光景に、白糸は目を輝かせながら思わず言葉をらした。

「す、すごい・・・」

「驚いている暇はないよ。ついてきて」

白糸の表情を無視するかのように淡々と月下は告げると、屋台が並ぶ道に向かった。

白糸も後を追うように屋台が並ぶ道に向かい、人混みをかき分けながら歩いた。

周りの屋台を見てみると、飲食はもちろん、衣類や装身具、日用品まであり、それらを様々な妖怪達が買っていた。

「・・・多いな・・・」

「何がだい?」

後を追って来てるか確認する為に首を後ろに向けたまま、白糸の顔を見た。

「妖怪達の種類がだ。そんなに歩いていないのに、二十種類近く見つけたのだが」

「何十年も勧誘してきたからね。正確な数は忘れたけど、百はくだらないね」

倍以上の数を当たり前のように言う言葉に、驚きを通り越して若干引いていた。

「ひゃ、百もいるのか・・・」

「これからもっと増える予定だけどね」

屋台を軽く見回ると、月下はある物に目が入り、足を止めた。

「ちょっと待ってくれ」

「え?あ、ちょ!」

そう伝えると、白糸を置いて屋台の方に向かった。

自分勝手な行動に、白糸は戸惑い思わず足が止まってしまった。

どうしたものかと考えると、とりあえず道の真ん中に突っ立っていると邪魔になると思い、月下が向かった屋台の方に足を運んだ。

屋台の方に向かうと、月下の姿が見えた。

何かを注文したのか財布から小銭を取り出して、店主に払った。

なんの屋台なのか気になり、屋台の暖簾のれんを見ると、『きゅうり刺し』っと書かれていた。

(きゅうり刺しか・・・そういえば旅の前に姉が作ってくれたっけ・・・)

昔のことを思い出していると、月下がきゅうり刺しを両手に持ちながら、白糸に向かって歩いてきた。

「はい、どうぞ」

「あ、ありがとう」

きゅうり刺しを受け取り、月下を見ていると既に食べていた。

それを見て、白糸もきゅうりを口に入れたその瞬間、みずみずしい食感と塩辛さが口の中に広がり、口角を上げた。

「懐かしい味だ」

白糸は再度、きゅうり刺しを口にした。


きゅうり刺しを食べ終えた二人は、再び屋台が並ぶ道を歩いた。

「久々にきゅうり刺し食べたけど、美味しかったね」

「嗚呼、懐かしい味だ」

どこか満足げな表情を浮かばせる白糸に、月下はふと思ったことを口にした。

「そういえば、修行中はどんなものを食べてたんだ?」

そう言われ、修行中のことを脳裏に思い出しながら淡々たんたんと伝えた。

「修行中は森の果実や焼き魚、野兎に鹿を食べていたな・・・」

「はぁ!?うさぎ!?しか!?待って!河童って肉食うの!?」

予想外の言葉に驚愕きょうがくする月下と逆に、白糸は不思議そうな表情をしていた。

「食うけど、それがどうした?」

「いや、河童って肉食わないって聞いたのだが・・・」

「いや食うぞ普通に」

「食うのか・・・普通に・・・」

白糸が頷いたその時、奥から楽器音と黄色歓声が聞こえてきた。

「なんだ?」

奥から聞こえる声に月下は耳を澄ますと、目を見開いて、口角を上げた。

「帰ってきたか」

小さく呟くと、月下は声のする方へ足を進めた。

「済まないが少し寄り道していいか?」

白糸の返事も待たず早足で向かい、白糸は急いで後を追った。


月下が足を止めると、白糸は膝に手を置いてぜぇぜぇと息を切らしながら足を止めた。

息を整えて顔を上げると、目の前に妖怪達が何かを見ながらざわめいていた。

何かの行事なのかと思いながら、近くに月下の姿が見えたので声をかけた。

「なんだこの騒ぎは?」

「あ、白糸君、ごめんね突っ走っちゃって」

「次やったら殴るから」

「怒りすぎじゃない?泣くよ僕?」

月下はため息を吐き、白糸の問いに答えた。

「実は数日前に海外に少数戦闘部隊を送り込んだんだ。それが今日帰ってきたのさ。せっかくだから挨拶してくるから一緒に来てくれ」

その言葉に白糸は頷き、月下の後を追った。


二人はすんなりと不自然なくらいに最前列に並ぶことができ、目の前の扉の近くに立っていた。

白糸はなんとなく後ろを向くと、何故か後ろにいる妖怪達は数歩程の距離を置いていた。

頭上にハテナマークを浮かばせていると、扉の上にある鐘が鳴った。

「そろそろだな」

月下が呟いたとほぼ同時に、扉は重たい音を立てながら開いた。

その扉から数体の妖怪と一人の人間の女性が現れた。

扉から現れたのは、約二メートル強程の高さはあるだろうの巨体。

首が二つあり、一頭は緑の瞳に緑色の短髪で両耳にピアスをおり、もう片方は薄紫の瞳に薄紫色の長髪で髪を結んだ髪型をしている。

上半身裸で肩に黒いマントをかけており、そこから見える男らしい筋骨隆々きんこつりゅうりゅうの四本の腕と一つの身体に足は二つあり、黒いボンタンと下駄を身につけた異形の姿。

その後ろに修道服の白バージョンのスリットに白タイツ、白のブライダルシューズを身につけた金髪で紅色に虚ろな目をした修道士の女性。

その他に鬼、から傘お化け、河童、がしゃどくろ、牛鬼、人型をした犬、猫、鳥の約八名が現れた。

少数戦闘部隊が扉から現れると、楽器音が一段と上がり、クラッカー音が鳴り響き、背後にいる妖怪達から歓声があたりを包んだ。

妖怪達の歓声を聞いた少数戦闘部隊は軽く手を振った。

すると異形の男達は目を見開き、妖怪達の方に向かってきて、目の前に立ち、なんの躊躇ちゅうちょもなくひざまずいた。

目の前でいきなりこのような行動をしたことに驚く白糸は、後ろにいる妖怪達はどんな反応をしているのか気になり、自身と同じく驚いているのかと思いながら振り向くと、後ろにいた妖怪達も同じように何故か跪いていた。

今この場で立っているのは白糸と横にいる月下だけであり、白糸は自身も同じようにすればいいのだろうかと思いながら跪こうとしたが、それよりも早く異形の男達の短髪の男が口を開いた。

「ただいま戻りました月下様」

「まさか王直々に御出迎えしてくださるとは・・・ありがとうごさまいます」

その言葉に月下は首を振った。

「気にしなくていいよ。ほら、立ち上がって」

顔を後ろに向いて、跪いている妖怪達に微笑を浮かばせた。

「君たちも立ち上がっていいよ」

その言葉に、跪いていた妖怪達は立ち上がると、月下は異形の男達に手を差し伸べた。

「おかえり、大変だったか?両面宿儺りょうめんすくな

異形の男達───両面宿儺は差し伸べられたその手を握り、にやりと笑った。

「大変だったけど」

「楽しかったぜ」

二人が笑いならそう告げると、月下はまるで少年のような屈託くったくのない笑みをした。

「そうか、それは良かった」

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狐の戯れ 月葡萄 @Isabi

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