第2話 チクチク言葉

河童の青年が眠りから目を覚ました。

彼が起き上がろうとしたが身体が動くことはなかった。

その異変に気がついて自身の身体を見ると、自身を飲み込むほどの水の塊が首まで浸っていた。

圧迫されてる感覚は無く、癒されて心地良く、怪我していた部位は感じられる限り痛みは無くなっていた。

その不思議な水に浸かりながら河童の青年は周りを見渡した。

(ここはどこだ・・・?)

さっきまでいた所とは異なり、木や川は無く、白いカーテンが飾られており、床は緑の円形の石畳がきられた薄暗い空間に彼はいた。

河童の青年はどうしてここにいるのか分からず考えたが、考えても分からず飽きられたその時、白いカーテンが突然開いた。

カーテンから出てきたのは、黒髪で透き通るような青い目のつり目、翡翠色ひすいいろの着物とアキメネスの花の家紋かもんをした瑠璃色るりいろの羽織と下にもう一枚羽織をを羽織っていた。

男は河童の青年を見て、微笑を浮かばせて口を開いた。

「おはよう。よく眠れたかい?」

その声にどこか聞き覚えのあり、河童の青年は男の顔を見ながら頭をひねって考えた。

聞こえてないのか無視されてるのか分からず男は戸惑うと、喉を鳴らして、腹から声を出した。

「おはよう。よく眠れたかい?」

さっきよりも声量で言うと、河童の青年はビクッと驚き、頷いた。

聞こえたみたいで男は安堵し、右脚のつま先で石畳を叩いた。

すると、叩いたところの石畳が膝まで上がり、男はそれを座った。

「いきなりで悪いがいくつか質問させてもらうよ」

男は優しい声色で河童の青年を見ながら言うが、河童の青年は男の言葉を聞いておらず、何かを考えていた。

男はもしかしてと思い、河童の青年に質問した。

「もしかしてだけど、僕が誰だか分からないのかな?」

その言葉に河童の青年は頷くと、男はふところから黒い狐の仮面を取り出した。

その仮面を見て目を見開いた。

「あ、あんた・・・あの時の・・・!」

すると、河童の青年は水の塊に浸りながら頭を下げた。

「あの時は助けてくれてありがとうございます。あなたが助けてくれなかったら俺は・・・あの場死んでいた」

「どういたしまして。それと敬語は不要だよ。お互い妖怪じゃないか」

「・・・妖怪・・・?」

仮面の男の言葉に、河童の青年は耳を疑った。

何故なら、仮面の男の姿は人間の姿をしていたからだ。

否定しようと河童の青年は口を開いたが、瞬時にあることに気がついた。

それは仮面の男から人間の気配の中に、妖怪独特の気配を感じ取ったのだ。

それに気がつき、河童の青年は首を横に振って口を開いた。

「確かに・・・妖怪だな」

「まぁ正確には半人半妖だけどね。よく誤解されるから仕方がないよ」

「そうなんだな」

「嗚呼、じゃあ早速だが幾つか質問させてもらうよ」

河童の青年は頷くと、仮面の男は笑みから真剣な表情に変わった。

「まずはそうだな・・・どうしてあの山にいたんだ?」

男の質問に河童の青年は素直に答えた。

「あの山は俺の故郷こきょうの里があって、俺は昔修行の為に里を出たんだ。それで久々に里に帰ってきたら何故か皆いなくなっていたんだ」

「・・・そうだったのか」

何故か仮面の男は申し訳なさそうな表情をながらうつむくが、河童の青年は気にせず言葉をつむいだ。

「嗚呼、それで思い当たる場所を探していたら、運悪く陰陽師共おんみょうじどもに見つかったんだ」

「陰陽師を知っているのか?」

予想にもしない言葉が出てきて、意外な表情を河童の青年に向けた。

「俺のじいちゃ・・・里のおさが昔教えてくれたんだ。札を使って動物を従わせるってことしか教えて貰えなかった」

「なるほどね・・・」

仮面の男は息を吐き、頬をかいた。

「仕方がない。せっかくだから陰陽師について教えるよ」

「え、あ、嗚呼頼む」

仮面の男は仮面を懐に入れると立ち上がり、指を鳴らした。

すると、仮面の男の後ろの石畳からホワイトボードが現れた。

「よし、それじゃあまずは陰陽師について絵を含めて話すぞ」

マジックペンを手に取り、文字を書こうとしたが、河童の青年はそれを止めた。

「いや、ちょっと待ってくれ」

「ん?どうした?」

「いやどうしたじゃないよ!なんで石畳から板が現れたんだよ!?」

「なんだ知らないのか?石畳って言うのは指を鳴らしたら板が現れるって江戸時代から伝えられてるだろ?」

「いや、知らないんだが・・・」

「そっか・・・時代遅れなんだな」

「いやこれ時代遅れなのか?」

困惑していると、仮面の男は気にせずホワイトボードに文字と絵を書きながらな説明した。

「それじゃあ陰陽師について話すよ。まず陰陽師は実力主義で、十二段階の狩衣の色で階級に分けられている。上から白金、濃紫、薄紫、濃青、薄青、濃赤、薄赤、濃黄、薄黄、濃黒、薄黒、白の順に分けられているが、白金の狩衣を着衣している者は江戸時代以降現れることは無くなった。陰陽師は奈良、平安時代に活躍した神職しんょくの一つで、方位や時間に関する吉凶を占うとともに、生活のいろいろな場面でその知識を利用したってのが表の歴史だよ」

「表?」

「そ、表ではね。本来の役割はその占いと式神っていう札から現れる陰陽師が使役する鬼神を使用して、僕達妖怪を退治するのが役割だよ。因みに式神は犬形や人形、異形形などさまざまな形をした神で普通の人間には見えないんだ。思業式神しぎょうしきがみ擬人式神ぎじんしきがみ悪行罰示神あくぎょうばっしがみの三種類の式神を使役することが出来るの。思業式神は陰陽師の思念から創造された式神で、陰陽師の能力がダイレクトに反映する。擬人式神は紙や藁、草木で出来た人形に霊力を込め創られた式神で、意思を持たせたものは上位式神、持たせなかったものは下位式神とされるよ。そしてこの式神は動物などの様々な形になるよ。最後に悪行罰示神は、過去に悪行を行った霊を打ち負かし、服属させた式神だ。強いけど術者の腕によっては飲み込まれる可能性がある危険な式神だよ。ここまでで聞きたいことある?」

「はい、先生質問です」

「なんでしょう河童君?」

仮面の男はペンで河童の青年を指した。

「先生は絵で説明してくれると言ったので期待していたら、まさか棒人間と丸を書いてその中に文字を書くだけなのが驚きました」

「なるほど・・・因みにオブラートを取り外すと?」

「絵描けない癖に絵を描いて説明してんじゃねぇよカス」

「んふぅぅ・・・チクチク言葉だよ。僕は繊細な心の持ち主だからめっちゃ傷ついたなー・・・」

「知るかボケ」

「あれ?僕達初対面だよね?なんで初対面の相手にそんなにチクチク言葉出せるの?僕泣いちゃうよ?」

「野郎の泣き顔なんか見たくないから隅っこですすり泣いとけ」

「一応僕命の恩人なんだけどなぁ???」

「いやあんたがオブラート取り外せって言ったから」

「そうだったよちくしょう、言うんじゃなかったよくそったれ」

隅っこに移動して、着物のすそで熱くなった目頭を拭いてると、河童の青年はため息を吐いた。

「てかそうだったのか・・・なんで長はそれを教えてくれなかったんだ?皿のみがきすぎで汚れと共にピッカピカに忘れたのか?」

「長が聞いたら泣くだろうな・・・」

そう呟くと、ホワイトボードの前に戻った。

「因みに表って言ったのは昔のお偉いさん達が自分達よりも武力のあるものがいるなんて知られたくないから、歴史から隠そうとしたんだよ」

「いや、隠しきれてないじゃん」

その言葉に仮面の男はクスッと笑った。

「確かにね」

(まぁ僕は例外だけどね)

仮面の男が意味深なことを心の中で言うと、思い出したように河童の青年に問いかけた。

「そういえば、その長の名前はもしかしてなぎって名前かい?」

仮面の男から予想外の名前に、河童の青年は驚いた。

「長を・・・知ってるのか・・・!?」

河童の青年は水の塊から出てくるのではないかと思う程の勢いで、仮面の男に掴みかかろうとしていた。

「教えてくれ!凪じいちゃんは!明姉めいねぇは!皆は無事なのか!?」

「落ち着いて、皆無事だよ」

その言葉に河童の青年は動きが収まり、思わず安堵あんどした。

「そっか・・・良かった・・・みんな無事なんだな・・・」

今にも泣き出しそうな顔をしながら呟くと、仮面の男は言葉を紡いだ。

「実は十年ぐらい前に君の里の者達は全員、僕達の組織に加入かにゅうした」

「組織に加入した?何故そんなことをする?」

仮面の男は、浮き上がった石畳に再び座り、河童の青年の顔を見た。

「実は十年ぐらい前に君の里が陰陽師に襲撃が起きたんだ。負傷者はいたが死者は出なかったらしい。それを機に凪さんと話して、条件付きで組織に加入することになったのさ」

「そうだったのか・・・俺がいなかった時にそんなことが・・・」

自身の知らない所で家族と里の河童達が深い傷をついていることを知り、河童の青年は怒りと悔しさでにぎったこぶしから血がしたたった。

血が水に触れると、一瞬で無くなり、手の傷は治癒ちゆされたが、河童の青年はそれを気づくことはなかった。

すると仮面の男は空気を読まずに言葉を紡いだ。

「あとその場に僕も戦ったよ。だから実質僕一人が里の皆を救ったと言っても過言じゃないよね?」

「過言だわ青鎌野郎」

「雑なツッコミしないで・・・」

仮面の男は指を鳴らすと、ホワイトボードと浮き上げた石畳が下に下がった。

それを横に、河童の青年は水の塊から身体を外に出そうとしたが中々出れなかった。

「なぁ、これいつになったら出れるんだ?」

「え?あー・・・痛いところない?」

そう言われ、河童の青年は怪我した部位に意識を集中させて確認した。

「いや、ないな」

「それなら大丈夫だな」

仮面の男は水の塊に手をかざしたその時、水の塊は一瞬にして崩れ《くず》、石畳に飛び散った。

水の塊から解放された河童の青年は石畳の上に立つと、何故か身体に付いているはずの水滴すいてきが一つも付いていなかった。

「・・・よし」

違和感が無いことを確認すると、横から仮面の男が問いかけた。

「そういえば、これからどうするんだい?組織に加入するか?それともまた旅をするか?」

その問いに、河童の青年は笑みを浮かばせた。

「分かりきってることを言うな、俺もあんなの組織に入るよ」

「それは嬉しいね」

仮面の男は笑みを浮かばせたまま、右手を河童の青年に差し伸ばした。

河童の青年はその差し伸ばされた手を理解し、その手を握り自身の名を口にした。

「河童の白糸しらいとだ」

碧翳月下えいへきげっかだ。ようこそ、我が組織へ」

仮面の男───月下と河童の青年───白糸は何も言わずお互いの手を離した。

「それじゃあ移動色々教えるよ」

月下が部屋の扉に向かって歩くと、白糸は月下の後を追うようにその場を後にした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る