第57話 画竜点睛




 12/24。

 ニャメとの死闘(?)から一か月と少し経過し、世間はクリスマスに浮かれている。

 12月に入って正式に国籍も復帰し、とはいえ近所に住んでいては色々と目立つので引っ越しも済ませた。子供たちは友達と別れることになるので少しばかり気の毒ではあったが、出会いと別れは人生には付き物である。俺のせいで変な噂に晒されるくらいなら、新天地で新たな友達を作った方が建設的であろうと思う。


 本人たちは意外とケロッとしているし、新しい家に喜んでいるのでまあいいか、と考えている今日この頃である。


 栗花の方はというと、案の定、分身が惨殺されたショックで二週間ほど使い物にならなかった。

 その気になれば記憶消去も出来るのだが、それは頑なに拒否される。


「杏弥は、私達のために、こんなものを何回も何回も味わったんでしょ? この痛みを忘れたら、駄目だと思う」

 などと殊勝な事を言っている。俺としてはそんな気持ちを味合わせたくなくて頑張っていたわけで、微妙な気分である。


 栗花も、栗花なりに依存状態から抜け出したいと思っているのだろうか。寂しいような、嬉しいような。


 日本国内ではダンジョンの攻略が完了し、国内世論はダンジョン活用の方に興味がシフトし始めている。ダンジョン庁の管轄の元、各政令都市に支局が出来て許可証の審査と受付を行っている。


 ダンジョン侵入許可に関しては、自衛隊が開く講習会に参加して合格証を得て、それを支局に提出すれば許可証が発行される。探索者管理のためにダンジョン庁の各支局毎に管理しているダンジョンが異なり、潜りたいダンジョンがあれば、その支局に許可証を申請する必要がある。


 ダンジョン産の資源の売買許可に関しては、現状政府の息の掛かった一部の上場企業にしか許されていない。許可要件に関してもはっきりしておらず、新規参入して一攫千金を狙いたい人達や、単に政府を批判したい人達から不平不満が集まっているが、あまり無秩序に許可をばらまいて、後々問題が発覚するのは困ると、政府も及び腰である。


 何せ公にこそなっていないが、ダンジョンには不老不死や若返り、万能薬なんてものまで実際に存在するのだ。同時に未知の毒や魔法の道具も。法整備が後追いに成らざるを得ない以上、治安を考えれば致し方ない処置ではあった。


 とはいえ、許可を出した企業と政治家が結託して、過剰な利益誘導を行うようになっても問題である。

 ダンジョンの利益を独占出来れば、巨万の富や絶大な権力を得ることすら不可能ではない。そんなわけで、監視する必要がある。


 誰が?


 日本に先を行かれて困る国は一杯ある。というか、自国以外が飛びぬけて利益を享受するのを容認できる国などあるまい。相対的に貧乏になるのに耐えられないのだから。


 そんな世界の要請を受けてではないが、米国が国際的なダンジョン対応組織を設立した。国際ダンジョン管理機構、IDMO(International Dungeon Management Organization)。自国が他国を出し抜くよりも、他国が独占した情報で抜け出すのを阻止するのが目的だろう。


 創設にはミトラ教が一枚どころではなく噛んでいる。組織の理念を考えれば当然と言えば当然か。


 その国際組織が各国のダンジョンに関わる情報、資源、流通等に監視の目を光らせ、抜け駆けする奴がいれば制裁を喰らわせるという体制が取られている。ダンジョンという新しい鉱脈の利益を、人類全体に還元する、という恐らくは誰も信じてはいないお題目を掲げて。


 ミトラ教が関与している内はそれほど大事にはならないだろう。多分。


 俺も管理側に回らないかと、日本国、米国、IDMO(ミトラ教)から誘われてはいるが、生憎とお役所仕事は性に合わない。どちらかというと、クリエイティブな仕事の方が好みである。


「ぱぱー! ぴかぴかして、いる・み・ねーしょん、きれいだね」

 桃が噛まないように慎重にイルミネーションと言っているのを聞いてほっこりする。可愛い。我が娘ながらなんでこんな可愛いんだろう。我が娘だからか。


 クリスマスイルミネーション。

 寒々しい中ではあるが、子供には関係が無いらしい。雪がチラついているのも楽しませるための演出くらいにしか感じていないようだ。


 きゃっきゃと二人で走り回る子供たちをスマホで撮影していると、後ろから栗花に抱きつかれる。


「さ、寒い。なんでわざわざ今日、今年一番の寒さになるのよ。ちょっとだけ南に引っ越したのに、全然温かくない!」

「次は南国にするか? でも、俺暑いの苦手なんだよなぁ」

「東京くらいでもいいけど」

「十分暑いだろう」


 温暖化で日本全国夏が暑いともいう。引っ越し先は何処でも良かったのだが、栗花に多少なりともなじみのある東北のとある都市にした。大学時代住んでいたので、勝手知ったるかとおもいきや、方向音痴な栗花は結局迷うのだ。


「ぼくもパパにくっつくー、あははは」

「もももー」

 栗花を真似して子供たちもくっついてきた。


「か、風邪ひく前に温かいところ行こう。行くわよ、李空、桃」

「えー」

「えー、もっとピカピカ見てたい!」

「美味しいもの食べるんだから! ポテト食べたいでしょ」

「たべるー! きゃー、ぽてと、ぽてと!」

「ポテト、ポテト!」


 安上がりなメニューにはしゃぐ子供達。

 外食の店は取ってある。まだ少し早かったが、まあいいか。


「パパをおいていくなー」

 追いかけながら、ようやく訪れた平穏を噛みしめる。また、神々が余計なちょっかいを出してくるかもしれないが、あいつらの時間尺度から行けば、俺以外は全員死んだあとだろう。


 ダンジョンに関わるあれこれで、散々苦労はさせられたが取り敢えずこれで当初の目的は果たしたと思う。

 当分は、家族と平和な日々を満喫する事にしよう。

 願わくば、人類の行く先に明るい未来がありますように。

 その気になれば無理やり実現できる願いを誰に願っているのか。


 敢えて言えば、未来の俺自身にだろうか。

 それとも、まだ見ぬ本当の神にか。




 ◇◇◇◆◆◆




 時の最果て。

 栗花の最期を看取ったのは何時のことだったろうか。

 子供たちも、色々あったが取り敢えずは自立させることは出来た。


 親としての勤めを果たし、伴侶を見送って惰性のように時が過ぎた。

 子孫達をそこはかとなく気には掛けていたが、四世代以上経つと最早他人であり、お節介も良くないかと介入を辞めた。


 人類はダンジョンを利用して繁栄を極め、幾人かの亜神や神を生み出すことにも成功した。

 しかし、それが良くなかっただろうか。


 神々が我こそが至高の存在であると、人類を先兵に争いをはじめ、ある日呆気なく人類は滅んだ。

 人類出身の神々は、肉体が滅んで高次元に至っても争いを誘発し、神々の大戦が勃発。

 地球どころか宇宙そのものが幾つも吹き飛ぶような、永い永い争いの果てに全ては無に還った。


 そこには何もない。

 神も、亜神も、宇宙も、人も。


 馬鹿らしくて我関せずと傍観していた俺だけが、何もない次元の狭間を揺蕩っていた。


 神々は殺しあいながら、実に楽し気に死んでいった。

 リスポーンするわけでもない、本当の死を望んでいた。

 その刺激に歓喜していた。


 喜びという感情。

 失って久しいそんな思い。


 しかし、確かにまだ肉体があったころ、栗花と子供たちがいたそのころ、何度も死にながら、俺は確か願っていた。


 ああ、そう言えばぶん殴るんだった。


 最早どうでもよくなって忘れていた。

 しかし、殴るべき輩も全て消滅して久しい。


 ならば今度こそ、初心を忘れぬように心に刻もう。

 下らない干渉で人類を滅ぼさんとしていたゴミムシ共を、一人残らず駆逐しよう。


「ひかりあれ」

 世界の創り方は、確かそんなところから……。


 そして世界が生まれた瞬間に理解する。

 今この瞬間、神なき世界を生み出すための、これまでだったのだと。

 そのための、チュートリアルダンジョンで、そのためのあのクソ難易度であったのだと。


 因果の逆転。

 ここで俺が世界を産むことが決まっていたからこそ、あのダンジョンはあそこまで厳しく無ければならなかった。


 何のことはない、殴るべきは自分の頬であったのだ。




 ◇◇◇◆◆◆




「アレ?」

 一人留守番をしていた棗は、何かが喪失したのを感じていた。


「カミサマ?」

 いつも隣に感じていた、神の気配がない。

 降霊を発動してみても、音沙汰がない。


 と、思っていたら。


 ――神は死んだ。最早縛るものはない。


 よく聞き慣れたような、でも何処か擦り切れたように切ない声。

 棗はなんだか少し寂しくなって、窓から外を眺める。


「ハヤク、カエッテコナイかナ」


 呟きに呼応したように、玄関の鍵を開ける音。


「オカエリナサイ!」


 家族として迎えてくれた杏弥たちを、今日も満面の笑みで迎えるのだった。




[END]




【あとがき】

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

投げっぱなしの伏線もありますが、凍野杏弥の物語は以上で終了となります。

引き続き執筆活動は続けて参りますので、また次回作でお会い出来れば幸いです。





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【完結】夢(ナイトメアモード)のマイホームダンジョン。妻子いる家にこんなもの作った奴はどこのどいつだ!! 焼砂ひあり @yakisuna_hiari

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