密室殺人だと思ったらサバ缶だった話

ポテろんぐ

第1話

 うちの探偵事務所のエースがその日、深刻そうな顔で私の所へやってきた。


「所長、ちょっと良いですか?」

「おいおい、顔が青ざめてるじゃないか。何かあったのか?」

「ええ、それがですね。大変なんですよ。私も長年探偵をやってますがね、こんなね、馬鹿げた話はないって思ってるんです」

「穏やかじゃないな。何か事件か?」

「それがちょっと分かんなくて困ってるんです」

「事件かどうか分からないって、事件が起きてたら事件、起きてなかったら事件じゃない。簡単だろ。どう言う事なんだ?」

「実はね、こう言うわけなんですよ。今朝ね、さっきですけど、家で朝食を食べようとしたらね、女房の野郎がいきなりテーブルの上に卵焼きとか他のおかずと一緒にドーン! って殺人事件を置いてったんですよ」

「殺人事件を? テーブルに? 穏やかじゃないな、お前の家の食卓は」

「そうなんです。ですから、あっしが女房に『これ密室殺人じゃないか。朝食と一緒に並べて、解決しなくて良いのか?』って聞いたらね、そしたら向こうが『栄養があるから食べた方が良いわよ』って返してきましてね」

「なんだ、殺人事件を食べるのか、お前の家は?」

「そんな筈はねぇんすけどね。それからは、もう言い合いですよ。

 あっしは『食べる前に、事件なんだから解決するべきだ!』って言うと女房は『解決なんかしなくて良いから、とっとと食べろ!』って、話が平行線で」

「うーん、聞いてても良く分からないな」

「で、アッシは探偵ですからね、『そんな事件を解決しないで食べるなんて馬鹿な真似はできない』と、ちょっと所長の意見を伺いてぇなと思って、女房には怒られたんですけどね、家からその殺人事件を持ってきたんですよ」


 そう言って、そいつはカバンの中を漁り出した。


「これなんですけどね」


 そいつが私の机に置いたものには『サバの水煮』とデカデカと書かれていた。


「これ?」

「へい、これなんす」

「これって、ただのサバ缶じゃないか」

「へ? サバ缶?」

「そうだよ。ここにデカくサバの水煮って書いてあるだろ」

「サバの水煮……じゃあ事件じゃないんですか?」

「事件じゃなくて、食い物だよ。缶詰の」

「でも、密室の中でサバが死んでますよね。事件じゃないんですか?」

「そもそもサバが死んでも、事件にはならんだろ」

「あ、なるほど」


 ソイツはそこで合点が言ったようだった。

 優秀だからって、事件を当てがいすぎたらしい。どうも疲れて、日常生活と事件の区別がつかなくなっているようだ。


「でも、あっしには、どう見ても事件にしか見えないんですけどねぇ。密室殺人じゃなくて、缶詰かぁ」

「そんな事言って、サバ缶なんか推理しても解決できないだろ?」

「いえ、それなんですけどね。もう犯人はわかってるんです。サバを殺した」

「何? もう解決したのか!」

「ええ。女房にも言ったんですよ。そしたら『そんなの放っとけ』って相手にされませんで、ですから、犯人を野放しにしといても良いのかを所長の判断に仰ごうと思って、こうやって持ってきたんですからね」


 凄いやつだ。

 サバ缶と密室殺人の区別はつかないくせに、サバ缶の鯖を殺した犯人はもう見つけたと言うのだから、このずば抜けた推理力があるからこそ、逆に密室殺人とサバ缶の区別がつかないのかも知れない。


「とにかく、百聞は一見にしかずだ。食ってみろ」


 私はソイツに割り箸を渡して、食ってみろとサバ缶を開けた。

 ソイツは一口、サバ缶を口に入れた。


「あ、美味しい」

「だろ?」

「あれ? これ、密室殺人じゃなくて、サバ缶じゃないですか!」

「やっと気付いたのか」

「いやぁ、食うまで事件と区別がつきませんでしたよ! 良くできてますねぇ、最近の缶詰は」


 ソイツは「にしても似てるなぁ」と言いながら、不思議そうにサバ缶を全部平らげた。


「ちょっと疲れてるな、お前。しばらく休暇を取れ。温泉にでも行ってリラックスして来い」

「へぇ、そうさせていただきやす」


 私はソイツに一週間の休暇を与える事にした。

 まぁ、一週間も事件から離れれば、頭も体もリフレッシュするだろう。


 そうたかを括っていたら、その旅行先からソイツが深刻そうに電話をかけてきた。


「もしもし、どうした?」

「あ、所長ですか? 大変なんです。あっしもね、長年探偵をやってますけどね。こんなね、馬鹿げた話はねぇって思ってるんです」

「なんだ? 旅館でトラブルでもあったか?」

「いえいえ、とんでもない」

「じゃあ、なんか事件か?」

「いえいえ、どういたしまして」

「……じゃあ、何があったんだ?」

「それがですね。驚かないでくださいよ。旅館に泊まってましたらね、今度は巨大なサバ缶の方が現れたんですよ」

「はぁ?」


 私は何を言っているのか、皆目見当もつかなかった。


「巨大なサバ缶って、村おこしとかの、巨大なコロッケを作ったりするやつか?」

「いえ、それが女房が言うには、どうもそうじゃないらしいんですよ」

「何なんだ?」

「いや、旅館でね。風呂入って部屋に戻ろうとしたら、なんかみんながザワザワしてて。

 で、なんだなんだ? って行ったら、人混みの先にこーんなデッカいサバ缶が現れててね。驚きましたねぇ。

 で、あっしが女房に『ああ、サバ缶だよ、どうだ体にも良いらしいし、今晩はあれを食べようか』って言ったら、もう女房が怒っちゃって『何言ってんの! あなた、探偵なんだから早く解決してよ!』って怒ってきたんですよ」

「解決して? サバ缶の何を解決するんだ?」

「それがね。どうも、そうじゃないらしいんです。

 女房が言うには今度のはサバ缶じゃなくて、本物の密室殺人らしいんですよ」

「は?」

「だから、事件だから、あっしに解決してくれって。そう言う事らしいんです」

「密室殺人ならサバ缶じゃないだろ」

「それが、あっしには、どう見てもサバ缶にしか見えないんですけどねぇ。どっちだか分かんないんですよ」

「お前、全然、治ってないじゃないか」

「いやぁ、職業病ってのは恐ろしいですね。

 でね、殺人事件を食べるわけにはいかねぇから、こうやって所長に電話して、判断を仰ごうってわけなんです。

 ちょっくら話を聞いてもらっても良いですか?」

「良いですか? って……人は死んでるのか、ちゃんと?」

「ええ、浴槽にバッチリです」

「なら、密室殺人じゃないのか?」

「でも、バラバラに切り刻まれて死んじまってますからねぇ。サバか人かが分からないんですよ。あっしのは美味そうにしか見えないんですけどねぇ」

「わかったわかった。じゃあ、まず入り口にドアはあるのか?」

「ドアは鍵が掛かってて、さっき旅館の女将さんが開けてくれました」

「そのドアは蓋じゃなくて、ちゃんとドアか? 開けたら閉まるのか? 缶詰なら一度開けた蓋は閉まらないだろ? そこで殺人かサバ缶か分かるだろ?」

「ああ、確かに、そこで分かりますね! ちょっくら見てきます」


 電話の向こうでソイツは大喜びで飛んで行った。

 しかし、しばらくしたら、残念そうな声で電話口に戻ってきた。


「ああ、ダメでした、所長。それじゃ、分かりません」

「どうしてだ?」

「なんか、ドアが壊れてたらしくて、最終的には鍵じゃなくて女将さんがタックルして開けたんです。だから、ドア壊れちゃって、殺人でも缶詰でも、どっちにしろもう閉まらないんですよ」

「ちょっと待て、女将さんがタックルして開けたなら、密室だろ? 密室殺人じゃないのか? 缶詰をタックルで開けないだろ」

「でも巨大な缶詰の蓋ですから、巨大な缶詰が開かなかったら、女将さんはやっぱりタックルするじゃないですか?」

「缶詰は後ろに引くんだろ?」

「ここの旅館のドアも引くんですよ、全室」

「うーん、難しいな……部屋の中はどうなってる?」

「ええ、客室には、まずテレビとテーブルがありますね。で、死体は体をバラバラにされて死んでますね」

「テレビがあるなら、それは旅館の部屋だろ? なら密室殺人じゃないのか?」

「でも、昭和の文豪とかは昔、旅館に缶詰になって原稿を書いたとか言うじゃないですか? 旅館だからって部屋とは限りませんよ、むしろ旅館だからこそ缶詰かも知れませんよ」

「お前、缶詰にしたいだけじゃないのか?」

「そんな事ないですよ。むしろ早く解決したくて、本当に困ってるんですから!」

「うーん」

「やっぱり、この前みたいに死体を食って美味しいかどうか確かめないとダメですかねぇ?」

「ちょっと待て! それが本物の死体だったら、お前、責任取れないだろ。警察に怒られるぞ!」

「あ、そっか。じゃあ、調べようがないなぁ」


 私は困ってしまった。


「その死んだ人の身元は?」

「部屋に身元がわかる物がないんです。浴槽で全裸で死んでて服とかもないんです。荷物も全部」

「旅館に泊まったんだろ? 受付の名前とか、サバならチェックインできないだろ?」

「それが、受付で見たら、チェックインの名前は鯖江さんって人らしいです。サバがお忍びで泊まったかも知れませんよ。年齢も厚化粧でサバを読んでたみたいで、性格もサバサバしてたって、さっき女将さんが言ってました」


 ここまでくると缶詰か事件はわからんなぁ。


「もう、お前の手には負えんから、警察に任せれば良いんじゃないか?」

「それがですね。警察の方も「この事件は手に負えないから、名探偵のあっしに解決して欲しい」って、もう言われてるんですよ」

「え! もうお手上げなのか?」

「はい。で、あっしは『これは事件じゃなくて、ただの缶詰かも知れないから、ちょっと待っててくれ』って、所長に電話したんです。もう、後ろで警察の人たちカンカンですよ。『早くしろ!』って」

「お前、もし事件だったとしたら、解決できるか?」

「はい。もう犯人はわかってますから」

「はえーな!」


 さすがだ。

 事件か缶詰かの区別はつかないくせに、犯人はもう分かってるって、さすが名探偵。推理狂いだな。


「でも、犯人捕まえて、もし缶詰だったら犯人に悪いでしょ?」

「確かに事件なら犯人だが、缶詰なら生産者様か」


 私とソイツは電話越しに同時に唸ってしまった。


「ちょっと、実物を見たいと分からないぞ。その缶詰か密室か分からない物をこっちに持って来れないか? 実物を見れば、さすがにわかるだろ」

「いや、流石に輸送は無理ですよ。警察に怒られますよ。管轄が代わっちゃいますから」

「ああ、そうか」

「てか、持っていけたら、それはもう缶詰でしょ」

「なら映像を撮影して中を見せてくれ」

「動画で良いですか?」

「なんでもいい」


 そう言って、私はソイツから動画を送って貰った。

 旅館で起きている時点で、大方、缶詰じゃなくて事件だろうとたかを括っていたが、よく見ると部屋は畳ではなく床も壁も金属のようなものでできているようだった。

 そして、壁には窓もなく、旅館だと聞いていたが、窓の外の景色も見えない。


 そして浴室で死んでいる死体の鯖江さんは、なんか魚っぽい顔をしていて、美味しそう。


「おい、これ、もしかしたら缶詰じゃないのか?」

「え! やっぱ缶詰ですか?」

「ああ、旅館なら窓の外の景色が楽しめるだろ」

「ああ、確かに! あとテレビのリモコン見たらペイテレビが映らないんですよ」

「なら、旅館じゃないだろ、そこ」

「じゃあ、缶詰なんですか、これ?」


 その後、ソイツが裏をとりに旅館の女将さんに話を聞いたら、近くの缶詰工場があって、そこの作業員がうっかり巨大な和室くらいあるサバ缶を作ってしまったと判明した。

 それで「バレたら怒られる」と思って、どうしようか処分に迷い、近くの旅館の一室に紛れ込ませてしまおうと言う計画を企てたのだった。

 夜に鯖江という名前で年齢もサバを読んでチェックインし、サバサバした性格を演じ、女将さん達が部屋に近寄れないようにし、旅館の一番端の部屋の壁をぶっ壊し、巨大な缶詰を部屋の一室として紛れ込ませたのであった。


 その後、事件ではなくサバ缶だと分かり、その部屋の巨大なサバを警察や旅館の人々と分け合って食べたと言う。


 どうやら疲れているのは探偵のあいつだけでなく、その奥さんもだったようだ。密室と缶詰の区別が付かないとは、私は休日の日にちをさらに一週間、増やしてやることにした。

 「今度は奥さんの方を労ってやれ」とソイツには言っておいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

密室殺人だと思ったらサバ缶だった話 ポテろんぐ @gahatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ