第31話 推しではない彼女

ミミミちゃんとさおちゃんの合同ライブが終わった直後は、さおちゃんの一件は少しだけ炎上してしまっていた。けれど、ミミミちゃんのライブの満足感や、希望者への返金対応があったこと(結果として誰も返金を希望しなかったけれど)、そして、さおちゃんが引退して表舞台から姿を消したことで、いつの間にかすっかり収まっていた。


少ししたら、わたしはもちろん、さおちゃんも特に注目されることもない日々を送れるようになっていた。さおちゃんがアイドルになって売れっ子になったり、わたしがミミミちゃんに会ったり、それらの一連のことがまるで夢だったのではないだろうかと思えてしまうくらい、わたしたちは日常に戻っている。


「やっぱりわたしはステージの上よりも杏子ちゃんのそばにいるのが一番いいや」

わたしの家にやってきたさおちゃんは、横に座ってわたしに体をもたれ掛けさせてきた。


わたしの肩に頭を乗せて、小さく息を吐いていた。そんなさおちゃんの頭をゆっくりと撫でる。さおちゃんと付き合うようになったけれど、やってることはさおちゃんがアイドルとして有名になる前と変わらない気がした。恋人になった結果、昔のような日常に戻るなんて、よくわからなかった。


ミミミちゃんにはあのライブでの騒動の後、慌てて長々と謝罪のメッセージを送ったのだった。ミミミちゃんからは『全部想定内だから気にしないで。おめでとう、お幸せに』とメッセージが返信されたけれど、それ以降はもう何も連絡が来ることはなかった。こちらからお礼のメッセージを送っても既読も付かないから、もうブロックされているのかもしれない。


今思えば、ミミミちゃんはさおちゃんのわたしへの想いも知っている上で合同ライブを提案していたわけだし、さおちゃんの突飛な行動すらある程度読んでいたのではないかとも思ってしまう。もちろん、あくまでも勝手なわたしに都合の良い想像だし、もう真相を知る手段もないのだけれど。


「ねえ、杏子ちゃんこっち向いて?」

「どうしたの?」

さおちゃんの方に向いた瞬間に、さおちゃんはわたしのことを床に押し倒した。さおちゃんの顔が横になっているわたしの方にグッと近づいてくる。


「もう杏子ちゃんのこと、いっぱい好きになっていいんだよね?」

嬉しそうに顔を近づけてくるさおちゃんに、わたしは微笑みかけた。

「もちろん!」

「やった!」


さおちゃんは嬉しそうにわたしにキスをした。さおちゃんは毎日のように隙があればキスをするようになったけれど、わたしはまだまださおちゃんにキスをされると緊張してしまう。さおちゃんは、わたしの彼女になってもらうには勿体無いくらい顔が良い。


「やっぱりわたしはアイドルになるよりも杏子ちゃんに愛される方がいいな」

「ミミミちゃんに言ったら怒られそうだね」

「別にミミミに怒られてもいいわよ。もう関係ない子だし」

さおちゃんはクスッと笑った。


まだまだトップアイドルとして君臨しているミミミちゃんは今日も大きな会場で元気にライブをしているみたいだ。さおちゃんに一緒にライブに行かないかと誘ってみたけれど、さおちゃんはまだしばらくアイドルとは関わりたくないらしいし、わたしは多分ミミミのライブ出禁だから、と笑っていた。


わたしもさおちゃんと付き合ってからは堂々とミミミちゃんを推すのがなんだか気が引けてしまい、ひっそりとミミミちゃんのSNSにハートをつけて応援するくらいしかできなかった。でも、やっぱりライブに行きたい欲は収まりそうにない。推しに対する好きは、またまったく別の好きだから許して欲しいけれど、きっとさおちゃんはミミミちゃんの名前を出すだけで怒りそうだから、暫くは内緒の推し活になりそうだ。


「ねえ、今週末はデートしない?」

さおちゃんが嬉しそうに尋ねてくる。

「いいよ。どこに行こっか?」

「杏子ちゃんと行けるならどこでもいいかな」

微笑んだ後に、少し真面目な顔をして、わたしの目の前に人差し指を突きつけてくる。


「でも、アイドルライブは禁止だからね! 杏子ちゃんにはステージ上の子じゃなくて、目の前のわたしのことしか見させないから!」

「わ、わかってるよ……」

わたしは慌てて待ち受けにしているさおちゃんの寝顔を見せた。さおちゃんと付き合ってからは、待ち受け画像はさおちゃんの画像にしている。


「そ、その写真は恥ずかしいからやめてって言ってるでしょ……!」

よだれを垂らした無防備なさおちゃんが見られるのは、すぐそばにいるわたしの特権だった。

「じゃあ、次のデートの時に、また写真撮らせてね!」

「寝顔から変えてくれるんだったら、何十枚でも撮らせてあげるよ……」

さおちゃんが呆れたようにため息をついた。


「ねえ、さおちゃん」

「ん?」

「わたし、さおちゃんから離れたりして、寂しい思いさせちゃってごめんね」

アイドルをしていた頃のさおちゃんを推す事を突然やめてしまったことに対する申し訳なさはまだ消えていなかった。いつか謝らないとな、とは思っていたけれど、なかなか謝れずにいた。


「あの時は本当に寂しくて辛かったけれど、もう過ぎたことだし、いいよ」

さおちゃんは苦笑いをしてから続ける。

「でも、これからは絶対に寂しい思いさせないでよね!」

さおちゃんに言われて、わたしは大きく頷いた。


「当たり前だよ! わたしはずっとさおちゃんのそばにいるんだから! 推しとしてではなく、彼女としてね!」

わたしの言葉を聞いて、さおちゃんは嬉しそうに思いっきり抱きついてきたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

推しをやめた日 西園寺 亜裕太 @ayuta-saionji

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ