白昼夢

砂々波

第1話


ありふれた台詞を、

彼女の口から聞き出すことになるとは思ってもいなかった。

絶えず流れる音楽。

ドラマなら止まっている。

スピーカーは2人だけの国を語る。

正しくそうだ。

わかった。僕は小さく呟いた。


車内を走る静寂は、

鉄板を打つ雨音によってかき消された。

音楽にもいつの間にかノイズが混じっている

「…誰も触れない、2人だけの国」

言葉が判別出来なくなった頃、ふと助手席の彼女が口ずさんだ。

歌う、というよりかは話すように。

「⋯離さなかったでしょう?」

彼女の顔は見えなかった。

フロントガラスには変わらず酷く雨粒が打ち付けられている。

気の所為かもしれない。

彼女が笑った気がした。

「⋯小さい時から聞いてたよね」

彼女を一瞬ちらっと見てから、首を縦に振る。

やはり彼女は笑っていた。

昔より少しばかり女性じみた笑顔で。

「⋯男?女?」

「あなたが知ってる。」

僕は何も聞けなかった。

ただ、彼女をこんな風な笑顔にした

要因が男なら僕はやりきれないと思うだけだった。

灰色の海

折り曲がったガードレール

止まぬ雨


車は再び森の中へ入る

車窓が灰色から深緑へと変わると、彼女は退屈そうにフロントガラスに視線を移した。

車を停め、ワイパーをオフにする。

掃けていた水が川を形成する。

僕は栄養補助食を一欠片口にほおりこんだ。

体の湿気が一気に吸い取られる心地だ。

すかさず彼女は言う。

「それ、味が嫌」

栄養補助食品に味を求めるな。と言おうとしたが、それを言ったら彼女が拗ねる気がしたので辞めた。

「味は雑念だよ。」

「つまり不味いんだ」

過大解釈だと叫びたかったが、認めざるを得なかった。

「うん。」

雑念だ、煩悩だと笑う彼女は無邪気だった。

泥濘む道

深緑の包囲

止まぬ雨


長靴が不快な音を立て泥にめり込む。

埋まりきらないうちに次の足を出す。

僕はこの音をどこかで聞いたことがある

彼女はまだ車の中にいる。

鈍臭いあいつだ、転ぶに違いない。

ブルーシートに包まれた物質は想像よりずっと軽かった。

やけに冷たいのは、きっとシートに張り付いた液体のせいだ。

車の前方に物体を投げやる。

汗と雨で濡れた額を拭う。

「来い、埋めるぞ。」

比較的丈夫な土地を選び、スコップを刺す。

僕は不思議な感覚に襲われていた。

土を掘り返す度に、事が現実味を帯びなくなるというか、なんだか夢を見ているみたいだった。

彼女は風邪でも引いたんだと、僕の額を、汗と雨が混じりあう額を触った。

うーん。と唸る彼女に熱の有無が確認できたとは思わないが、体が熱を帯び指先が冷えていたことを知らされた。

溶ける熱気

深緑の転覆

止まぬ雨


車内に戻ると、どっと、疲れが吹き出した。

どうも運転する気になれなかったので彼女にもう少し休んでいこう。と言ったが、

彼女が浮かない顔をしたので僕は10分だけ仮眠を摂ることにした。


____

頭痛がする。

いつからか、僕の顬と頭蓋骨の間には茨が巻きつき始めたようだ。

怠惰を握る僕が、僕を見張っている。

正しい規則から抜け出した僕を懲らしめに来る。

粉薬を1袋胃に詰め込む。



灰色だった海に、一筋の光が敷かれる。

ヴァージンロードみたいね。

彼女らしいと思った。

昔から結婚がなんのとか、タイプの男の人はどうだとか、騒がしい彼女だったから。

「なぁ、覚えてるか?昔30歳になってもお互い結婚してなかったら結婚しようって話したこと。」

彼女の顔は見れなかった。気恥ずかしかったからだ。でも、彼女からの返事はなかった。

「おい、寝たのか?

なぁ、咲。」

ふふっと彼女が笑い声を立てた。

どうやら狸寝入りだったようだ。

「咲ってよばないでよ。

昔はさーちゃんだったのに。」

やだよ。

森を抜け、田んぼが見えてきた所で喫茶店に入った。午前7時。朝食にはいい時間だ。

それと、少し疲れた。

からんと心地よく鈴がなる。

「おひとりですか?」

「…いいえ、2人です。」

あちらへどうぞ。と指されたテーブルへ着く。

雨はいつの間にか止んでいた。

山の狭間から漏れる朝日が眩しくて、目が痛んだ。

「珈琲をひとつ。」

飲めないくせに。彼女が言った、気がする。

世界が動き出す音がする。

小鳥は朝を囀り、鶏は世界を呼ぶ、

グラインダーは人を形作り、彼女は僕を起こす。

「どうぞ。」

差し出された上質なカップに唇を落とす。

熱気が鼻を掠める。

喉を通る熱に意味はない。

僕の味覚は正常を期す。

顔を上げるともうそこに、彼女はいなかった

角砂糖を2つ、カップに落とす。

水音と共に飛び散った液体が袖に散布する。

喉を通る水に変化は無い。

彼女は居ない。

もうどこにも。


世界の目覚める音がする。

僕以外の誰かを守るために。

「君のこと、好きだったんだよ?」

チリン、鈴がなる。

「…言えて良かった。」

足音はただ一直線にこちらへ向かってくる。

「私、結婚するの!

結婚式、絶対来てね。」

晴れあがった水たまりに眩しい光。

「友人代表のスピーチ、やってくれてもいいよ?」

原稿用紙を何枚も無駄にした。

気持ちを伝えるにはあまりにも

幼くて、拙くて、汚くて。

耐えられなかった。


「警察です」

「…」

「光屋咲さんの殺害容疑がかかっています。」

「…」

「あなたですね。」


深緑に染まった君は


「午前8時3分、逮捕」


明滅する白昼夢

光を咲かせて。


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白昼夢 砂々波 @koko_22

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