しゅうまつの過ごし方

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しゅうまつの過ごし方

 どうやら明日、世界が滅ぶらしい。


 全てのニュース番組が鬼気迫る声で、絶望に満ちた声で、あるいはいつもと変わらず淡々とした声で告げる。原因不明の巨大な物体が、明日地球に衝突するとのこと。


 この話題は瞬く間に広がった。新聞はもちろん、インターネット上でもこのことについての議論が止まらない。


『明日世界終わるとかマ?ww』


『皆騙されてて草。どう考えてもデマだろw』


 インターネットの住人はどうやらこの事実を嘘だと思っている。どうせ見間違いか何かだ、謎のハッカー集団が全世界でデマを流しているんだと、根も葉もないことを次から次へと書き込み続ける。さらには世界が滅ぶことをネタにして、動画を上げる人も後を絶たない。彼らにしてみれば世界が滅ぶことは自分が有名になるための材料にしか見えないらしい。


 ただもちろん、世界が滅ぶことを信じる人もいる。


 明日世界が滅ぶのだから自分のやりたいことをやろう。学校や会社になんか行ってられるか、最後の日くらいは好きな人や家族と一緒にいたい、自分のしたいことをやりたいと休む人も各所で溢れているらしい。


 恐怖に震えながら自分の愛する人と過ごす時間はさぞロマンティックで、今まで二人で居たどの時間よりもとても刺激的で、感傷的だろう。まるで映画の世界に迷い込んだと錯覚してしまうかもしれない。そんな切なくて、それでいて甘美な時間を過ごす。最後の思い出としてはこれ以上ないくらいに良いものとなるだろう。


 愛する人がいない人も、珍しく与えられた自由な時間を有効活用し、目いっぱい羽を伸ばしている。移動手段を持っている人間は行きたかった所へと足を運び、それが出来ない人は自分の見たかったもの、やりたかったものに熱中する。趣味が人生のメインディッシュで仕事は前菜に過ぎない、なんて考えも今なら理解できる。


 世界が滅亡するという情報が広がってからしばらくが経った。もしこれが見間違いや、何かしらの悪戯であるのならば、もう修正されてもおかしくはない頃合い。それなのに、ニュースは相も変わらず世界滅亡についてお知らせを続けている。


 人というのは面白いもので、周りの人達にかなりの影響を受けてしまう。嘘だと信じていた、どうせ何かの間違いだと思っていたはずの人間のほとんどが、既に世界が滅亡するという情報を信じている。


 ニュース番組のキャスターが、こんな日に仕事なんてしていられないと逃げ出す姿を見てしまえば、そうなってしまうのも無理はないかもしれない。


 感情は伝染病だ。特に不安や恐怖という感情は瞬く間に広がっていく。ぽつり、ぽつりと湧いていた感情は距離に関係なく、人の心を蝕んでいく。そして一人、また一人と感情は闇へと引きずり込まれていき、最終的には都市一つが恐怖の色に染まってしまう。


 これだけで済まないのが感情の恐ろしいところだ。この負の連鎖はありとあらゆる問題を引き起こす。口論、喧嘩、事件、事故。焦る心と恐怖の心が正常な判断を狂わせる。今までは大人しかった人間が、まるで獣に成り下がったように野蛮な行動を取るようになる。


 秩序を体現したと言っても過言ではない街々が、混沌に支配されていく。混沌を止めるために派遣された人間もまた、その混沌に心を犯される。大丈夫だと思っていたはずなのに、いきなり不安と恐怖に首を掴まれる感覚を覚えてしまえばもうおしまい。健常者に戻ることは叶わず、晴れて獣の仲間入りだ。


 ただそれでも、少数ではあるが恐怖に打ち勝つ者もいる。周りに流されることのない強靭な精神力を持つ人間や元々壊れてしまっている人間。そういう人たちはいつものように食事を楽しんだり、明日の仕事について考えている。


 彼らの多くは「やれやれ、どうせ嘘なのに。何故多くの人はこんなデマに惑わされているんだ」と、呆れたように周りを見下し、平常心を保っている。そんなオカルトめいたことよりもっと現実を見た方が良いと、心の中で嫌味に似た説教を垂れているに違いない。

 

 ただ強靭な精神力を持つ人も……いや、そんな彼らだからこそ平常心を失ってしまうと、そこらの有象無象と同じか、それ以下に容易く成り下がってしまう。


 青い空に浮かぶ、得体のしれない球体を見て、彼らは呆然と立ち尽くしてしまう。そして気が付く、昨日のあれは本当だったのだと。今日、世界は滅んでしまうのだと。


 そうなれば後は面白い物で、混沌の最中へと全力疾走していくのだ。


 逃れられない死を目の当たりにし、泣き喚く者、恐怖で動けなくなってしまう者、精神がおかしくなり、なりふり構わず行動を起こす者。いくつかのパターンに分けることは出来るが、かなりの多様性が見られる。面白いと思ったのは神や、目の前に広がる光景を賛美する者たちだ。


 何かしらの神を深く信仰していない人間も、この光景に見惚れ、賛美し始める。天国に行きたいと願っているのか、どういう心理でこの光景に跪いているのかは分からない。ただ、彼らのその行動は絶望を元に取られたものだと言う事は確かである。


 そろそろ世界が滅ぶ。女子供の泣き声が、男の恐怖に震える声がこだまする。まるでキリスト世界の審判の日の様に、人間たちの声が一つの音楽となり至る所で響き渡る。


 死ぬ前にああしておけばよかった、こうしておけばよかったと後悔を抱く者たちが多く、逆に未練は無いと死を受け入れる準備が出来ている人は圧倒的に少ない。社会という秩序のおかげで理性的に生活できるようになった一方で自分の欲望というのは淘汰されてきたのだろう。なんとも哀れだ。


 そろそろ時間かな。


「うん、面白いものがたくさん見れたよ。協力してくれてありがとね人間達みんな

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