第21話 その後の話

 龍宮の部屋に寝かされた葵龍は、ほどなくして意識を取り戻した。

 葵龍の周りには、藤と錦と彩、蘭鳳神がいる。葵龍をここまで運んだのは、蘭鳳神だ。

 そして、枕元には如意宝珠が置かれていた。如意宝珠はやっと葵龍のもとへと帰ってきたのだ。


 葵龍の目がうっすらと開く。

 一番にうつったのは、藤の顔だ。


「藤……」

「葵龍さま! 良かった、気が付いて!」


 泣きそうになりながら藤は葵龍がここにいることを確かめるように彼の首に抱き着いた。


「私は……みんなに迷惑をかけてしまったようですね……おぼろげにですが先ほどのことは覚えています。申し訳ありません……」


 抱き着く藤の背を撫でながら、葵龍は蘭鳳神のことを見た。


「蘭鳳、水虎から藤を助けてくれて、ありがとう」

「いんや、もともと俺が無理に如意宝珠を貸してもらったのが発端だ。悪かった」


 蘭鳳神はきまり悪げに葵龍に頭を下げた。


「村は……どうなりましたか?」


 それには彩が応えた。


「眷属たちの報告では、大雨は短時間だったので、特に被害もないと言っていました。ついでに言うと、水虎に従っていた男二人も、村へ帰しました」


「そうですか。……良かった。では藤の家族も無事ですね」


 葵龍は藤の頬に手を滑らせて、そう呟いた。


「はい、葵龍さま」


 藤は大きく頷く。水害にまでならなくて、本当に良かった。 

 そして、葵龍が藤の家族を気に掛けてくれていることが、藤はとても嬉しかった。


「空で暴れている間、私は昔の師匠の言葉を思い出していました。そこへ、藤の声が聞こえてきて、正気を取り戻せたのです。藤、ありがとう。私は大惨事を招いてしまうところでした」


 見つめ合う二人の親密な様子を見てとった蘭鳳神は、錦と彩に合図を送り、部屋から出て行った。

 部屋には二人きりとなる。


「藤、私は自分が『神』と呼ばれるにふさわしいモノだとは、思っていません。なぜなら、神ならこんな惨事を起こすことは無いと思うからです。人型でいるときでさえ、頭巾でいくら隠しても、実際には頭に龍の角があり、見る者に恐怖を与えるでしょう」


 葵龍は一呼吸置くと、また語りだす。


「私は自分が人間とは違った種の、一つの生きものだと思っています。神と呼ばれる存在なら、もっと万能であっていいと思うのです」


 こころのうちを全部話してしまった葵龍は、ふと笑った。


「こんなことを話したのは、藤が初めてです」


「葵龍さま」

「もう、アオイ、とは呼んでくれないのですか?」


 優しい目で見られて、藤は戸惑う。


「それは不敬になるから……と」

「私は師匠に、アオイ、と呼ばれていました。私が昔から呼ばれていた名前です。そう呼ばれるとなにかこそばゆいけれど、嬉しいのです。藤、私のことはアオイ、と呼んでください」

「はい、……アオイさま」


 藤は頬にそえられた葵龍の手に自分の手を重ねた。


「アオイさま、神様みたいに万能な存在じゃなくても、私にとってアオイさまはいつも神さまでした。でもそれが窮屈なら、私はアオイさまを一人の男性として見ます」

「ふふ、嬉しいことを言ってくれますね、藤」


 アオイは藤の手をきゅっと握りしめた。

 それに応えて、藤もアオイの手をきゅっと握り返した。




 部屋の外へ出された錦は、隣にいる彩にぽつりと言う。


「なんか、葵龍さまを取られちゃったね、彩」

「そ、そんなこと僕は思ってない」

「そう? 彩はずいぶん藤に冷たくあたってたじゃない」

「あ、あたってたわけじゃ、ない……」


 それを聞いていた蘭鳳神が嘆かわしいといわんばかりに二人の肩に手を乗せた。


「お子様だなあ、二人とも。想い合う二人を祝福してやったらどうだ?」


 錦がにこりと笑う。


「それもそうだね。彩も、もう藤にあたっちゃだめだよ」

「だから……! あたってないってば……!」

「ぼく、藤のことも好きなのになあ。なんか二重に落ち込むよ」


 錦が落胆していると、蘭鳳神は二人の頭の上にぽんと手をおく。


「青春だねえ。大人になれよ、少年!」


 錦は笑って、彩は顔をしかめる。


「そうだね」

「僕はもう大人だ」


 その二人の返事を聞いて、蘭鳳神は、口を大きく開けて笑った。


「そういえば、蘭鳳神さまは、どうして龍宮へ?」


 錦は蘭鳳神を見た。


「あ、ああ。まあ、な。眷属に探させても、どうしても如意宝珠がみつからんので、その報告をしにきたわけだ。さすがにそれは部下に任せられんだろう?」

「ああ、なるほど……」


 きまり悪げに蘭鳳神は頭をかいたのだった。




 次の日は、大雨が降ったのが嘘のような晴天だった。

 龍宮には夏の朝の爽やかな光が入って、部屋は明るく眩しかった。

 蘭鳳神は鳳凰の姿になって、朝一番で鳳凰宮へ帰って行った。

 そして、龍宮の朝は、また朝食から始まる。


 いつも通りに用意された質素な朝食を四人で囲み、藤が飯をよそっていった。


「はい、アオイさま、ご飯です」

「ありがとうございます」

「錦と彩もね」


 そのやりとりを見ていた錦が、不満顔になる。


「藤、葵龍さまのこと、アオイさまっていうの? なんか、いいな……」


 それに彩が錦に小さく「バカ、大人になれよ」と言った。


 葵龍は、くすりと笑う。


「じゃあ、みんなで私のことはアオイと呼んで下さい。なんだか本当にこそばゆいですね」


 にこにこしてそう言った葵龍に、錦と彩は顔を合わす。


「い、いいんですか?」

「ええ。ぜひ」


「じゃ、じゃあ、アオイさま! って呼びます!」

「僕もアオイさまって呼びます!」


 二人の反応が可愛らしくて、藤はぷっと吹き出した。

 アオイがみんなを見渡す。


「では、そういうことで。朝食をいただいてしまいましょう」

「はい! いただきます」


 三人の声が揃って、いつもの平和な朝食が始まった。

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