第15話 葵龍の眷属
龍の姿で龍宮の庭に降りた葵龍に、錦と彩が気付いた。
丁度夕飯時だったのだろうか、炊飯の煙が立ち上がり、いい香りがしている。
「葵龍さま!」
喜色満面で出てきた二人に、葵龍は素早く藤を庭に降ろして、人間の姿に戻った。
ちゃんと衣服を着ている状態で、紫色の頭巾もかぶったままだ。
錦と彩は、葵龍が人間のすがたを取ったとたん、彼に思い切り抱きつきにいった。
「お待ちしていましたー!」
その、あまりの感激ぶりに藤は少し驚いた。
「私もいるんだけど……ね」
苦笑気味にいえば、錦は藤にも抱きついてきた。
「藤もおかえり!」
彩は葵龍に肩をぽんとたたかれ、また口をとがらせる。
「おかえり、藤」
そんな二人の反応が少し面白くて、藤は錦の肩を撫でながら、満面の笑顔になる。
「ただいま、錦、彩」
そう言うと、錦はへらっと笑い、彩は目をそらして少し顔が赤くなった。
「藤は二人にとても好かれていますね、良いことです」
葵龍もにこりと笑顔になる。
「部屋にあがりましょう、と言いたいところですが、その前に要件を一つ終わらせてしまいましょう」
葵龍が三人を見回す。
「これから私の眷属を呼びます。だから、藤は龍宮の中へ入っていてください。見ていても良いですが、きっと女の子には刺激の強い光景になるでしょう。だから、障子を閉めていた方がいいですよ」
「大丈夫です! 私、葵龍さまの眷属って見てみたいですし!」
力んでいった藤に、錦と彩も顔を見合わせて心配顔をする。
すると、彩が腕を組んで藤をみた。
「葵龍さまの眷属はヘビだ。それがきっとこの庭中に集まってくるぞ。それでも耐えられるのか?」
「へ、ヘビ? ヘビは美味しいけど、庭中に集まるのはちょっとやっぱり見たくないわね……」
思案顔になった藤に彩は驚きの声をあげる。
「お前、ヘビを食うのか!?」
「え、うん。日照りで食べ物がなかったとき、食べたよ」
すると、顔面蒼白の錦が恐怖の声をあげた。
「僕たちは美味しくないからね!」
藤はきょとんとして錦と彩を見る。
訳がわからず、葵龍に助け船を出してほしくて彼の方を見た。
葵龍が困り顔で藤に言う。
「錦と彩の本体は白ヘビです。私が龍になれるように、錦と彩はヘビになるのですよ。そして、二人も私の眷属です」
あー失敗した、と藤は思った。
「えー、ヘビは美味しくないよ……」
「それでも喰うのは変わりないんだな……」
藤はいまさらのように否定してみたが、彩にジト目で睨まれるだけだった。
葵龍は、では、と一呼吸置くと、藤を見た。
「そういう訳なので、龍宮の中で待っていてください」
「はい、わかりました」
藤は葵龍に言われた通り、草履を脱いで奥のたたみの部屋へと上がって、障子を閉めた。
しばらくすると、草木がざわざわした気配がした。何かが地を這っている音。
やはりヘビが多くあつまっているのだろう。
ここに居れば大丈夫なのだから、藤はすこしだけ、どんな様子か見てみたくなった。
葵龍は見ていてもいいけど、気持ちのいいものじゃない、ということを言っていた。
ならば、見ていていいということなのだ。
障子をすっと少しだけ開ける。
龍宮の庭には、夏の夕日があたり、橙色に染まっていた。その地に、葵龍を中心にして何百というヘビが集結している。
「眷属たちよ。私の如意宝珠を探し出してください。見つけたら私のもとへもってくるように」
そんな声が聞こえたかと思ったら、ざっとヘビたちは草むらに消えて行った。
素早くて、あっという間に庭には葵龍と錦と彩の三人だけが残る。
「もう出てきてもいいですよ」
葵龍の声がしたので、藤は障子をあけた。
「ちょっと見てしまったんですけど、すさまじい数のヘビでしたね」
苦笑気味に言った藤に、葵龍は感心した。
「大の男でも怖がるヘビの群れを見て、そこまで平気なあなたは凄いですね」
「え、ええ。普通だったら怖いですけど、ここは葵龍さまがいる龍宮ですから。なんか安心というか」
「そうですか」
葵龍は優しい目で藤を見た。
藤もにこりと微笑む。
「じゃあ、私たちも如意宝珠を探しますか? なんだか昔を思い出しますね」
感慨深く言うと葵龍もうなずく。
「そうですね。でも、もう私の眷属たちに頼みましたから、大丈夫。あとは報告をまちましょう。そして、見つかったら、雨を降らせましょう」
「はい」
藤は葵龍が村に雨をふらすことを忘れてないことに、感謝した。
「それにしてもこの龍の隠れ里は、水が豊かですね。……先の葵龍神さまは、なぜ私たちの村には水をひく工事をしてくれなかったんでしょうか」
少し悲しげに藤は本音を口にしてしまった。
「藤……」
「あ、すみません! 先の葵龍神さまを悪く言ったわけでは無くて……」
「いえ、藤の気持ちも分かります。先の葵龍神がどうして人間の里に、この龍の里と同様に水をひかなかったか、私にはわかりません。ですが、人間のことは人間で解決するべきだとも思います」
「はい……」
藤は返事をしながらも、少し残念な気持ちはぬぐえない。
でも。
「今回、藤は王に水を引く工事をするように進言しました。そして、それはきっと現実になって工事がはじまるでしょう。それだけでも、ものすごい進歩だと思いませんか?」
「ええ。そうですね」
「きっと、100年先の藤の村の民は、日照りでくるしむことはないでしょう」
100年先……。王も藤が生きている間には出来ないかもしれない、と言っていた。
それほどの大工事なのだ。
今は、今できることをしよう。
藤は如意宝珠が早く見つかればいいと願った。
しかし、その意に反して、如意宝珠はなかなか見つけることができなかった。
幾日たっても、蘭鳳からも葵龍の眷属からも、見つけたという報告はこなかったのだ。
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