第14話 陽明城のハヤブサ王
「さあ、もうすぐに陽明城につきます。いい具合に雷雲がでてきましたね」
「いい具合……ですか?」
「そうです。雨の神と言われている私が出現する、最高の舞台だと思いませんか?」
葵龍がクスリと笑ったのが感じられた。
藤は、そんな大胆不敵なことが出来るのか、戸惑う。
葵龍は意外に度胸がある。
雷雲が雷鳴をとどろかせ始めた。
陽明城の空は、夏の午後だというのに、光が雲で遮られ、薄暗くなる。
光の竜が幾本も雲の間を走りぬけていった。
葵龍は、その雲の隙間から、陽明城の庭の宙へと舞い降りた。
「ハヤブサ王はいますか。私は葵龍。話したいことがあります」
その葵龍の声は、地を揺るがすような大きなもので、陽明城中に響き渡った。
いや、都中か。
驚いたのは、王族や貴族だけではない。都のものも、大きな龍神が城に舞い降りたのを確認して、驚きに目を開いた。
「北の葵龍神さまだ……」
「龍神さま……」
口々にそう呟いては、あっけに取られてその龍神を仰ぎ見ていた。
名指しされたハヤブサ王は。
大臣とともに会議をしている最中だった。
そこへきて、雷が鳴りだしたと思ったら、窓辺から大きな龍神さまが自分を呼んでいる。
恐怖よりも、自分がどうすれば都が無事に済むかを瞬時に考えた。
「私が露台に出て葵龍神の要件を聞いてくる。葵龍神は私を名指しでお呼びだ」
「でも! ハヤブサ様、危険です! せめて護衛を!」
「いらぬ。葵龍神の前で武器を携帯するなど、
賢王と言われているハヤブサ王は部下を制し、会議室の外にしつらえてある露台へ出た。
「お供します!」
そのあとを数名の大臣が追ってくる。
宙に浮いた、銀色の大蛇のようにうねり浮かぶ龍神のさまは、人間から見るととても恐ろしいものだった。
露台に出てきたハヤブサ王に、葵龍は大きな金色の目を向ける。
雷が城の端へ落ちる。
それは、あたかも葵龍神の怒りをあらわしているように見えた。
「葵龍神さま。なにかお怒りなのでしょうか」
重々しく聞いたハヤブサ王に、葵龍は手に握っていた藤を、前に差し出した。
「この少女が、貴方にお願いしたいことがあるのです。それを聞いていただきたい」
そう言うと、すっと水かきのついた指をほどき、手の中に藤を立たせた。
ハヤブサ王の上の宙に立つ形となった藤は、畏れ多く思い、葵龍の手のひらの上で正座をしてあたまを下げる。
そして、雫村のことを語った。
「ハヤブサ王。北の地方の私たちの村では、今期の雨季で雨が殆ど降りませんでした。そのために米がとれず、畑も枯れ、森さえ枯れ始めています。村のものはなすすべがなくて私を葵龍神の生贄に立てました。幸い、私は葵龍さまに助けられましたが、雨が降らないたびに生贄を立てられるのは、生贄に選ばれる少女が不憫です」
「生贄の風習はもう、すたれた昔のこと。あなたはその生贄になったというのか」
ハヤブサ王が信じられないという様子で藤を見上げた。
「そうです。そこで、王様にお願いがあるのです。村の近くの湖や川から、村へと続く水路を引いて欲しいのです」
「水路……。灌漑工事をするということか」
ハヤブサ王はさっと頭の中で、その工事にかかる人材、費用、期間を考えた。
「きっと不可能ではないだろう。でも、その水路が出来上がるまでにはとても時間がかかるだろう。あなたが生きている間には出来ないかもしれない」
「それでも、北の村々の子孫たちが豊かに暮らすことができる工事なら、して欲しいのです」
藤は葵龍の手の上でまた、ハヤブサ王に深々と頭を下げる。
ハヤブサ王は後ろの大臣に振り返えった。
「北の地方は確か、ライチョウ・ヤマセ侯爵の領地だったな。このことを話したい。ライチョウへ王都に来るように書簡をだせ」
「はい」
「葵龍神さま、その件、善処します」
「そうですか、嬉しいです。それと、私からもお願いがあります」
「なんでしょうか」
ハヤブサ王が大きな葵龍の金色の瞳を真剣な目で見上げる。
「もう、葵龍神にも蘭鳳神にも、生贄をたてることはやめて下さい。きびしく国で決めて下さい。わたしたちは生贄を望んではおりませんから」
カッと近くでまた雷が落ちた。
ハヤブサ王は額に汗を浮かべながら、生贄をたてることは、法できびしく取り締まると葵龍に約束した。
うねる龍神、黒雲の間を走る、金色の竜のような電光。
手のひらに乗った、生贄の少女。
そのすべてが超常的で、葵龍と藤の要求は、誰もが陽明国への神のお告げに思えた。
「では、そのように」
葵龍はハヤブサ王と約束すると、藤をまた手の中に握り込んでうねりながら上空に飛び立つ。
すると、都の上空の雷雲はすうっと薄れてゆき、電光も止んだ。
すでに空の上の葵龍と藤は、悠々と晴れた青空をわたって行く。
「葵龍さま」
「上手くことが運んで良かったですね」
「はい、それはもう。でも、あの雲と雷は……やっぱり葵龍さまが呼んだんですか?」
「そうですね。半分くらいは私の力です」
「半分?」
良く判らないと首を傾げた藤だった。
「龍の姿のときは、私の感情によって天候が変わることがあります。それは私の意思とは無関係に。さっきの雷雲は、もともとの夕立を降らせる雲が都の上空にあったことと、私の感情が入り交じって、あんな模様になったのでしょう」
「……葵龍さまは、怒っていた、ということですか?」
「ええ、もちろん。藤を生贄にした人間たちに、頭にきていました」
葵龍でも怒ることがあるんだな、と藤は意外な気がした。
それが、自分の為に怒ってくれたと知って、ふわふわとした優越感のようなものを感じた。
率直に言うと、嬉しかった。
「それにしてもいい演出になりました。ちょっと楽しかったです」
「葵龍さま……。天気は荒れてるし、私は王の前でドキドキしましたよ~」
「ふふ、可愛いですね。でも立派でしたよ、藤」
そのあと、二人はしばらく無言で空を飛んだ。
(藤、あなたは立派です。生贄に立ちながら卑屈になることもなく、常に村に雨をふらすことを考えている。私もその力になりましょう。如意宝珠を何としてでも見つけなければ)
「藤」
「はい、葵龍さま」
「早く帰って、如意宝珠をさがしましょう。見つかったら、村々に雨を降らせましょう」
「……はい」
夕日を左に見ながら藤たちは龍宮に帰って行った。
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