第13話 眷属
「あなたと私の眷属をつかって、しらみつぶしに探しましょう」
そう言った葵龍は、藤の肩を抱きながら、厳しい目で蘭鳳をみた。
「ああ、わかった。大規模な捜索になって人間どもが不審に思うかもしれんが。もともと俺たちの落ち度でもあったしな。龍宮と鳳凰宮を直線で結ぶ線の下あたりの土地が怪しいか。朱砂が飛んだのは、そのあたりだから」
残りのお茶を全部飲み干して、蘭鳳はたちあがった。
「庭に出よう」
「ええ」
藤は葵龍と共に、鳳凰宮の庭に出た。
そこは、さっき見た庭で、龍宮のように花々が咲き乱れていて、でも枯れてしまっている花もあった。
「花が枯れていますね。水はやっているのですか」
如意宝珠をつかってまで整えた庭だ。花が枯れているのが葵龍には許せなかった。
「やってるよ。でも、この暑さでダメになっちまったんじゃないかな。枯れてしまう花もあった。土地に合わないのかもしれん」
確かに鳳凰宮は、龍宮よりも暑い。それは南の地だということも関係しているのかもしれない。
「じゃあ、俺から少し離れていてくれ。眷属を呼ぶから」
葵龍は藤の肩を抱きながら、数歩後ろにさがった。
そして、藤に小さく耳打ちする。
「これから鳥が大勢やってきます。驚くかもしれませんが、大丈夫、私がいます」
「はい」
肩の手に、藤を安心させるために、少しだけ力が入った。
その重みが、また藤を安心させた。
蘭鳳が空に向かって両手を伸ばす。
「我が眷属よ。我が命にしたがって集まれ」
そう唱えたとたん、森の鳥たちがばっと音をたてて飛び立った。
スズメ、ジュウシマツ、カラス、タカ、あらゆる鳥たちが鳳凰宮の上空へ飛び集まった。
それは、ピチピチと
群衆になった鳥たちによって、空からの光がさえぎられて、鳳凰宮が暗くなるほどだった。
「お前たちに頼みがある。青紫色の珠、如意宝珠を見つけて俺のもとへもってこい。他の仲間にも伝えて、ここから龍宮までの土地を徹底的に調べるんだ」
ざっと羽音が響き渡る。
空を覆っていた鳥の群衆は、方々へと散って行った。
「俺の方はこれで眷属たちの報告を待つ。葵龍はどうする?」
「私は龍宮に帰って自分の眷属へ同じように探させます」
「そうか。如意宝珠が見つかったら今度は俺自身が届けよう。すまなかったな」
急にしおらしく謝ってきた蘭鳳に、葵龍は少し戸惑った。
しかし、まだ許すわけにはいかない。
「当然です。見つかったら今度こそ、貴方が責任をもって、私に届けてください。では、私たちはこれでお
「はいっ」
名前をよばれて藤は我に返った。
葵龍と蘭鳳のやり取りを見ていて、規模の大きすぎる話にあっけにとられていたところだった。
何か言いづらそうに葵龍が口ごもる。
「あの……」
「はい」
藤は首をかしげた。
「なんでしょうか」
「龍宮へ帰るために……また龍にならなければなりません。目をつむっていてくれますか」
「あ、ああ、はい」
葵龍は変身するさまを藤にみせたくなくて、また藤にそう頼んだ。
素直に目をつむったのを確認すると、一瞬で大きな銀色の龍に変身する。
空でとぐろを巻く大蛇のような龍が、藤に大きな手を差し伸べてきた。
「では、帰りましょう」
「……はい」
空を飛びながら、藤は先ほどのことを考えた。
葵龍はけっして自分の宝の如意宝珠を粗末に扱ったわけではなかった。
蘭鳳神が厳しいことを言っても、葵龍は人間が――藤が如意宝珠に頼る気持ちも分かると言ってくれた。
葵龍は決して無慈悲な神ではない。
無慈悲で雨を降らせなかったわけではなかった。
そもそも、隠れ里の人々が
葵龍は人間にとって、初めからとても優しい存在だった。
(私、バカだ。何にも知らないで葵龍さまばかり責めて)
藤がなにも知らなくて一方的に怒っていても、葵龍は言い訳一つしなかった。
実際、あのとき何を言われても藤は聞く耳を持たなかったかもしれない。
それを思うと、葵龍の優しさに切ない想いがこみあげた。
「葵龍さま」
「なんですか」
龍である葵龍の、いつも通りの声が頭に響く。
「葵龍さまはいつも人間のことを考えて下さる神さまなんですね。誤解していました。申し訳ありません」
「いえ、いいのです。如意宝珠の件は私も悪いですから。それよりも藤、私達はこれからまた陽明国の王都の上を飛んでいきます。そこには王がいます。雫村の
「お、王に! そんな、一介の村娘の言葉なんて聞いて下さらないですよ」
その言葉に葵龍はクスリと笑んだ。
「私がいます。私は葵龍神ですから。この国の二柱の神と言われているね。私がついているのなら、ハヤブサ王も藤をないがしろにはできないでしょう」
「でも、どうやってハヤブサ王に会うんですか? きっと護衛の兵隊がいっぱいいますよ」
「なに、簡単です。龍の姿のまま、陽明城に乗り込みましょう」
いたずらっぽく言った葵龍の言葉は、どこか楽しそうだった。
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