第12話 賭けの代償

「藤、下を見てください」


 葵龍の声が頭に響いたので、藤は下を覗いてみた。

 かなり高い場所を飛んでいるけれど、それよりも驚いたのは、眼下に広がる町並みだ。

 中央に大きな黒瓦の乗った白い壁の城がたっていた。

 その周りには、龍の隠れ里にあったような小奇麗な家々が連なって建っている。

 その規模は龍の里の何倍もあった。


「ここが陽明国の王城、陽明城がある、この国の都です」

「わあ……」


 上空から見ると、川が流れている。

 ここでは水不足には悩まされていないようだ。


「この都を境にして、北では私が、南では蘭鳳らんほうが崇められているようですね」

「そうなんですか……」


 ほうっと息を吐きながら、藤はその荘厳な城を上空から眺めた。


「今の王様はハヤブサ王というんですよ」

「ハヤブサ王ですか……強そうな名前ですね」

「とても聡明な王なのだとか。さて、都を超えたここから南は蘭鳳の地です。もう、すぐに蘭鳳の神殿、鳳凰ほうおう宮につきます。鳳凰宮も、龍宮同様、人目につかない隠れた場所にたっているんですよ」




 葵龍がそう言ってから暫くして、前方の山の中腹に赤い柱が並ぶ神殿が見えてきた。


 鳥居のような朱塗しゅぬりの門があり、その前の庭に葵龍は降り立った。

 龍である大きな手をゆっくりと開いて、藤を地面に降ろすと、葵龍はすばやく人型に戻る。


 鳳凰宮の門から、玉砂利の続いた道を進むと、錦や彩と同じ年頃の一人のわらわがいた。

 葵龍はその童に声を掛けた。


朱砂すさ。如意宝珠はみつかりましたか?」

「あ、葵龍神さま! すみません、まだ見つからなくて。これからまた探しに行こうと思っていたんです」


 (如意宝珠がみつかならい……って?)


 藤は疑問に思い、葵龍の顔を見た。


「葵龍さま、如意宝珠って、なくしてしまったんですか……!」


 驚きに目を見開いた藤に、葵龍が応える前に。


「やあ、葵龍。よく来てくれたね。話は中でしようじゃないか」

「……よく私が来たと分かりましたね」

「龍の気配はわかるものさ」


 赤い着物を着た、金髪の、そして鳥の尾羽が後頭から下へ生えている人物がでてきた。


「俺は蘭鳳だ、お嬢さん。そう葵龍を責めないでやってくれ。如意宝珠をなくしてしまったのは、うちのもんだしな。さあ、中に入れ。朱砂すさ、お茶を用意してくれ」

「かしこまりました」


 蘭鳳は、人間でいうと青年期の男性のような姿だった。

 先にたって葵龍と藤を鳳凰宮の中の部屋へと案内してくれる。


 鳳凰宮は、中も朱塗りの柱がつづき、彫刻のあしらわれた白い壁が続く宮だった。

 庭には、龍宮のような花々が咲き乱れ、しかし、枯れてしまっている花もいくつか見受けられた。

 龍宮とはまた違ったおもむきだ。


 蘭鳳が木の戸板をあけて、二人が一室に通されて卓につくと、そこに朱砂が緑茶を持ってきて藤たちに出してくれた。いい香りのするお茶だ。


 蘭鳳は上機嫌だった。


「お前が女の子をつれてくるとはなあ」


 意味ありげに笑んで卓の緑茶に手をつける。

 一口飲んで、葵龍をみた。


「今日も如意宝珠の件かい?」

「あたりまえです」


 ぴりぴりとした雰囲気を漂わせた葵龍に、藤は少しびくりとする。

 こんな葵龍は初めて見た。


「あれは大事なものだと注意したのに。なくしてしまうとは……」


 今日も……、という蘭鳳神の言葉で、葵龍が何度も如意宝珠の件でここへ来ているのがうかがえた。


「まあ、お前が賭けに負けたのが運の尽きだったな」

「あなたが言うことではありません」


 葵龍は冷ややかな目を蘭鳳に向けた。


 しかし、いま藤は聞き捨てならないことを聞いてしまった。


 蘭鳳神は「葵龍が賭けに負けて如意宝珠を手放すことになった」ということを言った。

 大事な宝物を賭けの代償にした、ということだ。

 藤は我慢がならなくて、口をひらいた。


「葵龍さま。如意宝珠を何かの賭けの代償にしたんですか?」


 それはさらに藤の胸をえぐることだった。

 葵龍がそれに何かを言う前に、蘭鳳が口をひらく。


「娘、そう目くじらをたてるな。俺が殺風景だった鳳凰宮の庭をどうにかしたくて、如意宝珠を貸してくれと頼み込んだんだ。でも、頭の固いこいつはどうしても貸してくれなかった。だから、俺はしつこくこいつに貸してくれと使いをたてたんだ。けっこう迷惑そうだったから将棋しょうぎ勝負をして負けたらすっぱり諦める、と言ったんだ」


「本当に大迷惑でした」


 葵龍の眉間に皺ができた。


「まあ、まあ。でも、俺が勝っちゃったから約束通り如意宝珠を借りた。すぐに返す為に部下に龍宮に届けさせたんだぜ。でも、その途中で部下が落としてしまったらしくてなあ」


 のほほん、と茶を飲みながらそんなことを言った蘭鳳に、藤の怒りが頂点に達した。


「蘭鳳神さま……そのせいで人間がどれくらい死んだと思っているんですか?」

「ほう、知らんな」


 蘭鳳神はまったく気に留めていなかった。


「あなたがたがっ――如意宝珠をなくしたせいで……! 雨が降らなくて大勢が死んだんです!」


 如意宝珠で雨を降らすことが出来ていれば、餓死するものもなく、水にかつえることもなく。

 全てのいきものが、もっと平和に豊かに過ごせたはずなのに。


 涙を流してそう言った藤に、蘭鳳神は静かに言った。


「甘えるなよ、人間」

「っつ」

「なぜ、葵龍が人間の女の子をつれてきたのかと思えば、そんなことを俺に言いに来たのか。雨がふらない? ならばなぜ、それ以前に川や湖から水を引くことをしなかった? 

 日照りは今にはじまったことじゃない。昔にもあった。そのたびに生贄をたてることしかしなかった、お前たちの落ち度だ。

 それに、如意宝珠はなんでも願いが叶う宝珠だ。そんなものに頼ろうとする心根が俺は気に喰わん」


 真っ向からそう言われて、さらに藤の目に涙が浮かんだ。


「私たちにどうしろと言いたいんですか! そんなこと、王様にでも頼まないと、やってくれないわよ! 私たちは神だのみするしかないじゃない!」


 顔を覆って涙を隠す藤の肩を、隣に座る葵龍がそっと抱く。


「蘭鳳、それ以上、うちの子をいじめないでくれますか」


 その目は、蘭鳳が見たことがないほど怒りに燃えて金に光り鋭かった。


 肩に置かれた葵龍の手が暖かい、と藤は感じた。

 何か大きなものにくるまれて、守られているような安心感。

 昔、迷いの森で手を繋いでくれて、村まで導いてくれたときと同じ感覚。

 藤の張り詰めていたこころが溶けて、また泣きたくなった。


 蘭鳳神は葵龍を炎のような赤い瞳で睨んだ。


「お前は……甘いな」

「そうかもしれません。でも、如意宝珠に頼ったのは、あなたも同じです」

「まあ、規模が違うが、ごもっとも」

「何もすべを持たない人間が、雨を求めて如意宝珠に頼ろうとする気持ちも、私には分かります」


 二柱の神はしばらく睨み合った。


「ほう……。で、俺にどうしろと? 何か要件があるからここに来たんだろう?」


「今まで通りに探していては、らちがあきません。眷属を使って探してください。私も眷属を使います。もし、如意宝珠の力を使ったものがいれば、気配で私が感知できます。だから今はだれも使っていない、もしくは誰の目にも触れない場所にあるということです。見つけるのは難しいですが、探しましょう」

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