第8話 藤の料理とお掃除事情

「ふじ、お前、もちろん飯はたけるよな」


 厨房について開口一番、藤は彩に聞かれた。


「炊けるよ。私の炊くごはんは美味しいよ」

「じゃあ、ふじは飯炊きな。ぼくは魚を焼くから」

「じゃあ、ぼくは漬物を出してきて切るね!」


 錦は外へ壺のなかの漬物を取り出しに行く。


 厨房には年代物のかまどがあった。

 藤は脇に置いてある薪をかまどにくべて火をおこす。

 そして昨夜のうちにといでおいた米と水を窯にいれて火にかける。

 一刻後――


 窯からおいしそうな匂いと共に、湯気が立ちのぼっていた。

 一人用の膳の上に彩の焼いた魚、そして錦が切った漬物を添えて、食事をする部屋へ運ぶ。

 炊きあがった米も、おひつに移して、みそ汁と一緒に運んだ。


 部屋の中に入ると、とこの壁に大きな銀色の弓が掛けてあった。

 その下の黒い台に白羽の矢が矢筒に入っておいてある。


 それをじっと見ていると、錦が後ろにたっていた。

 そのあとに彩も。

 弓をみている藤を見て、彩は得意気に語りだす。


「これは葵龍さまの神弓しんきゅうだ。邪悪なものを討つ破魔矢と一緒に使う、魔を払う弓だよ」


「神弓……」


 細かい細工が施してある銀色に光る弓は、その名の通りの神弓と呼ぶにふさわしく神々しい。

 藤が熱心に見ていたので、錦が藤を見た。


「藤は弓を使えるの?」

「え、ああ、うん。うちは神職だったから、葵龍神さまの供物を捕まえるのに弓で獣をとったりしてたよ」

「葵龍さまの供物か。たしかに葵龍さまは肉も好きだよ。けっこう好き嫌いなく食べてる。供物ってそのあと、どうなるの? 捨てちゃうの?」

「ううん、私達家族がおいしくいただく。そうするのが、無駄がなくていいからね」


「いい心がけですね」


 心地よい声がそれに応えた。


「葵龍さま」


 三人で声をそろえて振り向くと、葵龍が障子をあけて部屋に入ってきたところだった。


「美味しそうな匂いがします」


「はい、私の炊くご飯は天下一品です! ぜひご賞味あれ!」


 藤は大きな声をあげて胸をはった。


「楽しみです」


 彩が残りの膳を運び終えて、葵龍を上座にして、その両側に錦と彩の膳、錦のとなりに藤の膳を置いた。

 各自、膳の前に座ると、藤はそこに乗っている茶碗に、おひつから炊き立てのご飯をよそっていく。


 (我ながら会心の出来!)

 

 米がたってつやつやしている。

 顔がにやけそうになるのを必死で我慢して、葵龍の前へ差し出す。

 

「ありがとう」


 葵龍は藤の目を見て礼を言い、茶碗を受け取った。


 (自分のあがめる神さまに自分の作ったご飯を食べて頂ける……! それにその神さまが初恋の人だなんて……なんて幸せ……!)


 しゃもじを持って感動に打ち震えている藤に、錦と彩が口をとがらせる。


「ぼくにもよそってー!」

「ぼくにもね」


 赤目と青目の白髪おかっぱ少年たちは、藤に茶碗を差し出した。

 

「ああ、今よそってあげるよ」


 最高に気分のいい藤は、飯を大盛でよそう。


 一柱の神と三人の小間使いの飯がいきわったところで、葵龍は皆を見渡した。


「では、いただきましょう」

「はい、いただきます」


 三人の声がそろった。


 葵龍がみそ汁を飲み、飯に手を付ける。

 それを藤はじっと見つめていた。


「……藤……なんでしょうか」


 あまりに藤が見つめるから、葵龍は不思議に思って彼女を見た。

 藤は自分の挙動不審を後悔して彼からパッと目をそらす。

 いま、変に思われたかも……。

 そう思う心を必死でなだめて、下を向いて自分の箸をとる。

 そして、気になっていることを聞いてみた。


「あ、あの、ごはん、美味しいですか!」


 赤くなってそう言った藤に、葵龍は藤の挙動不審の理由をすべて察した。

 だから安心するように言葉を発した。


「ええ、美味しいです。最高に」

「……!」


 柔らかく微笑んで美味しいと言ってくれた葵龍に、藤の胸がドキドキと鼓動をうつ。

 

 (ああ、しあわせ……!)


 舞い上がる気持ちを隠せず、顔が赤くなる。

 そんな藤が可愛い、と葵龍は思った。


 幸せそうに笑う藤を見て、葵龍もしあわせな気持ちになった。




 食事が終わり、藤は使い終わった食器を洗いながら、葵龍さまはいま何をしているのだろう、と彼のことが気になった。

 だから、鼻歌を歌いながら、錦に聞いてみる。

 

「いま、葵龍さまは何をしていらっしゃるのかな」

「うーん、今の時間は里を見て回っているんじゃないかな。病人とかけが人とかいたら治してあげるんだよ」

「すごい、それって神力で直すの?」

「葵龍さまは薬を調合できるから、薬をつかってる」

「薬かあ。私の村じゃ、高くて買えなかったなあ」


 病人やけが人を治しているのなら、さらにあがめられて当然な気がする。

 

 彩も洗った食器を布巾ふきんで拭いて、戸棚に仕舞いながら、得意げに口を開く。


「薬の調合の仕方も龍宮の書庫にあったし、葵龍さまは役に立つからと薬学を学んだんだ。先代の葵龍神さまから教えてもらったそうだよ。そして今は里の人たちを診ている」

「そうなんだ」


 藤はますます葵龍のことが好きになった。

 

 あらかた食器が片付け終わると、錦はぞうきんを藤に渡した。

「さて、じゃあ、藤、今度は掃除だよ。僕は部屋の掃除をするから藤は廊下を拭いてね」


 藤は曖昧に笑んだ。

 掃除は苦手だ……と思ったが、言わないでおく。

 何か有能なところを見せないと、ここにおいてくれないかも、と思ったから。


「廊下をふくだけなら大丈夫!」

「?」


 何が大丈夫なのか錦は不思議に思ったが、自分の持ち場へ去って行った。

 そして、数分後――


 どたどた、がしゃん!

 

 という大きな音が響いた。

 廊下のつきあたりにある障子扉が外れて壊れたのだ。

 障子は穴だらけになり、木枠も折れてしまい、その上に藤がひっくり返って乗っていた。


「なにごとだ!」


 大きな音を聞いて様子を見に来た彩に、藤は頭をかいて状況を説明しようとする。


「あー、なんといったらいいか……」


 廊下を拭いていて、勢い余って正面の障子に突っ込んだのだ。

 それを、なるべく当たり障りのないように藤は彩に告げたのだけど。

 

「藤~!!」


 彩の怒号が龍宮に響き渡った。


「ご、ごめんなさいー!」


 藤は掃除が苦手なのだ。

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