【自学】創作における備忘録

たかしゃん

【文章】表現の読み取り方について

 どうもたかしゃんです!

 趣味で小説を書いており、いつかはプロの作家になることを目標に日々頑張っております!

 今回は、自身の今後の創作に活かすためにXで話題になった単語や言葉の使い方について書いてみようと思います。

 物書きとして、人に読ませる文章を書く練習なので、もしよろしければお付き合いください。





 さて、いま話題になっている単語は「至る」です。


 至るというと、やや印象がお堅い書き言葉として知られていると思います。

 ――彼は〇〇に至る。

 ――彼女は〇〇へ至る。

 など、小説を読んでいるとまま見かける表現です。


 至るが他の言葉とくっついて

 ――至って普通だ。

 ――至って平凡そのもの。

 と、日常生活で使う口語としても馴染みがあるかもしれませんね。


 では詳しく「至る」について調べてみようと思います。





 至る(動詞)

【意味】

 ・ある目的地・場所に行き着く。到達する。

 ・ある時間・時点になる。

 ・ある段階・状態になる。結果が…となる。

 ・広い範囲に及ぶ。行きわたる。

 ・自分の方へやって来る。到来する。

 ・極限に達する。きわまる。


 ※goo 辞書の至るの項目より引用。





 以上が、辞書に記載された至るの意味です。

 読む限りたくさんの意味があるようですね。

 僕が知る身近な言い回しだと


「いたるところに本が散乱している」

「予報では関東全域に至るまで雨模様だ」


 など、辞書と照らし合わせてみると確かにと思うものがありました。

 ただ『自分の方へやってくる』『到来する』という意味はあまり馴染みがありません。

 例文によると「好機至る」「悲喜こもごも至る」という風に使われるようです。

 個人的には「好機来る!」と表現したほうがしっくりきますね!


 また『極限に達する。きわまる』という意味もあるようです。

 例文では「徳の至れりけるにや」とあり、どうやら徒然草で使われていた表現とのことですね。

 徒然草は1330年ごろの随筆として広く知られています。

 現代文というよりは古文になりそうな書物ですね。

 想像しにくいので本文も調べてみる必要があります。


 徒然草

「尋常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。徳のいたれりけるにや。」


 訳

「(僧は)普通ではない様子であるが、人に嫌われず、万事が許されていた。(これは僧の)徳が(極限に)達していたからであろうか」


 ※参考文献

 ベネッセ全訳古語辞典 改訂版 Benesse/全訳読解古語辞典 第四版 三省堂

 マナペディアのページより引用。


 ……なるほど。難しいですね。

 至れりと古風な言い回しに違わず、やや難解な用法です。

 

 「徳の至れりける」で「徳が極限に達していたからであろうか」という意味になるということは、やはり辞書の通りに「至れり」つまり「至る」には「極限に達する」という意味が隠れていることになります。


 しかし、古文ではそういう意味があったとしても現代文で「至る」という単語を極限の意味として使用される例を僕は知りません。

 おそらくは、古風な言い回しなため廃れてしまったのでしょう。

 

 ……いや、待てよ。

 そういえば、僕は「至る」を調べる前に自分が知る例文を挙げていました。


 ――至って普通だ。

 ――至って平凡そのもの。


 そう「至って」です。

 念のため、こちらも調べてみましょう。





 至って(いたりての音変化)

【意味】

 ・程度のはなはだしいさま。きわめて。非常に。


 ※goo 辞書の至っての項目より引用。





 ……おお!

 「至る」の意味である『極限に達する。きわまる』と類似する「きわめて」「非常に」という意味が載っています。


 挙げらている例文にも「至って健康だ」「至って陽気な性格」と現代文として通じる文章が記載されていますから、古文の意味というわけではないようです。

 

 しかし、いたりての音変化とありますね。

 至っての元の言葉でしょうか?

 調べてみましょう。





 いたりて

【意味】

 ・程度のはなはだしいさま。非常に。いたって。


 ※goo 辞書のいたりての項目より引用。





 なるほど。どうやら意味は変わらないようですね。

 しかし例文を見てみると


「至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見てこれを憎む」


 とあり、これも徒然草の本文にあるようです。

 

 実のところ、僕はファンタジー小説を書くにあたって古語辞典を買っています。

 どうやら古い言葉のようですし、せっかくの辞典ですから、こちらでも調べてみます。





 至りて(「至る」の連用形+接続助詞「て」)

【意味】

 ・きわめて。たいへん。非常に。

 

 ※三省堂第五版小型版 全訳読解 古語辞典 

  2019年2月15日 第2刷発行より引用。





 なるほど。かなり意味は似通っていますね。

 古語辞典によると、どうやら「至り」は「至る」の連用形であり、それに接続助詞の「て」が組み合わさって「至りて」という単語を作っているようです。 


 また例文も同じ文章が載っており、詳しい訳もありました。


「きわめて愚かな人は、たまに賢い人に出あうと、これを憎む」


 ふむ。「至りて」を「きわめて」という意味で使用しているようです。

 これは「至る」の「極限に達する。きわまる」という意味と似通っています。

 連用形という通り、後に続く単語があるため変化していると言ったほうが良いかもしれません。


 そういうえば「至り」というのも出てきましたね。

 これはどういう意味なんでしょうか。調べてみましょう。





 至り(「至る」の連用形の名詞化)

【意味】

 ・心のはたらきなどが物事にいきわたる度合い。思慮、経験、学問などの深さ。

 ・至りつくところ。極致。限り。


 ※三省堂第五版小型版 全訳読解 古語辞典 

  2019年2月15日 第2刷発行より引用。





 これは面白いですね。

 どうやら「至り」とは「至る」の連用形であって名詞化された単語であるようです。

 「極致」とあるのは「至る」の『極限に達する。きわまる』という意味の名残りでしょうか。

 例文と訳をそれぞれ見てみましょう。





 例文

「この中将も、若けれど、いときこえあり、至り賢くして、時の人に思はすなりけり」


 訳

「この中将も若いが、たいそう評判がよく、思慮が深くすぐれていて、(帝は)自分にとって欠かせない人物だとお考えになるのだった」




 例文

「料簡の至り、誠に興あり」


 訳

「(その意見は)考えの至りついたもので、まことにおもしろい」

 




 「至り賢くして」が「思慮が深くすぐれていて」になるようですね。

 そして「料簡の至り」が「考えの至りついたもの」と訳されています。


 料簡とは、考えや思慮の意味です。

 

 しかし「考えの至りついたもの」というと「至り」が使われていて、まだ意味は分かりにくいですよね。

 少し言い換えてみましょう。

 確か「至り」は『至りつくところ。極致。限り』という意味があるようなので、単純に「考えの極致」というと分かりやすいかもしれません。

 極致は「到達することのできる最高の境地」を指し、単純に「きわみ」という意味があります。

 最高とは「程度が一番たかいこと」であり、境地とは「その人の置かれている立場」や「ある段階に達した心の状態」を意味します。


 ひらたく言い換えれば「この上ない状態にある」と表現できますね。

 そして、古い言葉の誠は「うそ・偽りでないこと。本当」という意味があります。


 つまり「料簡の至り、誠に興あり」は、ひらたく言い換えると「考えがこの上ない状態にあり、本当におもしろい」という意味ですね。


 これなら、すっと頭に入ってきそうです。


 しかし、これは古文での話です。

 僕たちは現代に生きているので現代文のほうも調べてみましょう。





 至り

【意味】

 ・ある物事が最高の状態に達していること。極み。


 例文

「感激の至り」「光栄の至り」


 ・ある物事の成り行きや結果。


 例文

「若気の至り」


 ・心づかいやはからいが物事に及んでいる度合い。学問・思慮などの深さ。


 例文

「いみじう至りありける人にて」〈大鏡・伊尹〉


 ・気がきいていること。粋 (いき) でしゃれていること。


 例文

「見えぬ所に結構を尽くし、至りというて珍重がるべし」〈浮・色三味線・一〉


 ・《近世語》他の名詞の上に付いて複合語をつくる。

   ・ぜいたくを尽くした、上等な、の意を添える。


 例文

「杉焼きの至り料理が胸につかへて迷惑」〈浮・永代蔵・四〉


   ・気のきいた、しゃれた、の意を添える。


 例文

「この頃の風俗とは、各別世界の至り風 (ふう) 」〈浮・禁短気・五〉

 

 ※goo 辞書の至りの項目より引用。





 おお!

 すごいたくさんの意味が載っていますね。

 古文と思わしき例文を調べてみたのですが、ネットでは出てきませんでした。

 残念ですが、詳しい訳については割愛せざるを得ません。


 しかし、現代文の「至り」でも『ある物事が最高の状態に達していること。極み』という意味があり、古文の「至り」の意味である『至りつくところ。極致。限り』と似通っています。


 偶然かもしれませんが『至りつくところ』を『ある物事が最高の状態に達していること』と訳しているようにも読めますね。

 『心づかいやはからいが物事に及んでいる度合い。学問・思慮などの深さ』に関しては古文、現代文共にほぼ一致していると言っていいでしょう。

 

 つまり古文の「至り」も現代文の「至り」もほぼ同じ意味として歴史上連綿と使われてきた由緒正しい単語のようです。



 そして、どうやら「至る」「至って」「至り」に『極めて』や『この上ない状態』といった共通の意味があることが分かりました。


 しかし、実際に文章として「至る」「至って」「至り」という単語が使われているのでしょうか?

 そして、それらは『極めて』や『この上ない状態』といった意味で使えるのでしょうか?


 例文は確かにありましたが、どうにも実際に使われているのかは確証が持てません。


 ということで、探してみました。



『≪ラグー・ラビットの肉≫、プレイヤー間の取引では十万コルは下らないという代物だ。最高級のオーダーメイド武器をしつらえても釣りが来る額である。そんな値段がつく理由はいたって単純。この世界に存在する無数の食材で、最高級の美味に設定されているからだ』

 ※ソードアート・オンライン1 アインクラッド P80-P81より引用


『また会えて光栄の至りだ』

 ※宇宙戦艦ヤマト2199 第25話より引用


『重ねて御礼申し上げると共に、今後とも宅の本棚の一員として残していただけるならば幸甚の至りである』

 ※冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた

  シリーズ累計100万部御礼!特設ページより引用



 探してみましたが「至る」については見つかりませんでした。

 しかし「至って」「至り」は見かけました。


『ソードアート・オンライン1』

 2009年4月10日初版発行


『宇宙戦艦ヤマト2199』

 2013年4月7日放送開始


『冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた』

 2023年9月28日放送開始


 いずれも人気の作品であり、つい最近放送を開始した作品もあります。

 それぞれ内容を見てみましょう。


 ソードアート・オンライン1の「そんな値段がつく理由はいたって単純」は「そんな値段がつく理由は極めて単純」と言い換えても元の文脈を失いません。


 宇宙戦艦ヤマト2199の「光栄の至り」は「至り」の『ある物事が最高の状態に達していること。極み』の項目に例文としてありましたね。


 冒険者になりたいと都に出て行った娘がSランクになってた、

 こちらの「幸甚の至り」を調べると「これ以上ない幸せ」という意味があるようです。加えて、手紙や小説の後書きに使われることも多いようですね。


 少なくとも上記の年代までは「至って」「至り」を『極めて』『この上ない状態』という意味で使用していたようです。


 つまり、現代で普遍的にその意味で使用されている単語と言えると思います。



 本来なら、これでおしまいなのですが、Xではこれに加えてある疑問が投げられていました。


「至る」は「凄い」といえるのか?


 途轍もなく単純な疑問です。

 では、せっかくなのでこちらも調べてみましょう。





 凄い(形容詞)

【意味】

 ・ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い。

 ・びっくりするほど程度がはなはだしい。並外れている。大層な。


 ※goo 辞書の凄いの項目より引用。





 普段からよく使われる「凄い」という単語ですが、いざ詳しい意味を知ると、難解な気がしますね。

 何となく『ぞっとするほど恐ろしい。非常に気味が悪い』という意味は意外ですね。

 これと似た「凄み」という単語があるので、それを知っていると腑に落ちます。

 しかし『びっくりするほど程度がはなはだしい』とは何でしょう?


 意味が掴みにくいので調べてみましょう。






 甚だしい(形容詞)

【意味】

 •普通の度合いをはるかに超えている。


 ※goo 辞書の甚だしいの項目より引用。


 



 おお、わかりやすいですね。

 甚だしいとは、普通をはるかに超えているという意味らしいです。

 そして、びっくりするほど甚だしければ「凄い」と表現できるということですね。


 では「至る」に立ち返ってみましょう。「至る」や「至り」に共通する意味は『極めて』や『この上ない状態』という意味です。

 

 つまり、少なくとも普通ではないと言えます。

 そして、この上ない状態、というのは最高という意味であり、仮に順位をつけるとしたらトップを指す言葉です。

 

 トップということは並外れており、普通をはるかに上回っている状態と言えます。


 ということは『びっくりするほど程度がはなはだしい。並外れている。大層な』という「凄い」が表す意味と一致しています。


 そう考えると「至る」を「凄い」といえるのか、という疑問に答えることができます。



 つまり「至る」を「凄い」と



 辞書に書かれた意味に基くと、そういう結論になります。

 なるほど。これですべての疑問が解決した……と思ったのですが。

 どうやら、この「凄い」といえるのかというXの話題が出たのには、もう一つの疑問があったかららしいのです。


 その疑問とは――「深甚の至り」という表現はなのか?


 つまりは、その疑問を打開するために「至る」は「凄い」と言えるのかという論争を招いてしまったらしいのです。


 では、少し僕も考えてみましょう。





 深甚

【意味】

 ・意味や気持ちなどが非常に深いこと。また、そのさま。甚深。


 ※goo 辞書の深甚の項目より引用。





 耳慣れない言葉なので調べてみました。

 これは分かりやすい説明ですね。

 

 そしてこの「深甚」と先ほど調べた「至り」という単語を組み合わせて「深甚の至り」になったと読めます。


 まず「至り」の意味は『極めて』や『この上ない状態』です。

 肝心の「深甚」は『意味や気持ちが非常に深いこと』ですね。

 合わせると「この上ない深い気持ち」になります。

 そして、もし平易に表そうとするならば「凄く深い気持ち」です。

 具体的にはどんな気持ちなのかはわかりませんが、言葉の意味としては、おかしいことはありません。


 しかし、Xの話題によると「至る」は『辿り着く』や『到着する』という意味であり、今回の「深甚の至り」に関しては『極めて』や『この上ない状態』という意味で使われていない、という主張がありました。


 では、その前提に立って考えてみましょう。





 ……え?

 辞書によると「至り」には『辿り着く』や『到着する』と言った意味は書かれていません。

 困りました。

 しかし、かわりに「至る」の項目に似た意味がありました。


『ある目的地・場所に行き着く。到達する』


 これを採用してみましょう。

 その意味で「深甚の至り」を考えてみます。


「深い気持ちに行き着く」


 こうなります。

 これでも何となく意味は掴めます。

 しかし、ひとつ問題が発生しました。


『ある目的地・場所に行き着く。到達する』


 この意味で「至る」を使用して文章を作ってみましょう。


「僕はついに山頂に至り、初日の出を見ることができた」

「彼は魔王城へ至り、最後の決戦を魔王に挑んだ」


 このように「至り」という単語の前に「に」や「へ」という平仮名がついています。

 これは格助詞と呼ばれる単語で、特に「に」や「へ」は移動を表す動詞の到達点や方向性を示しています。※NHK放送文化研究所のサイトより一部引用。

 もちろん「至る」はそもそも移動を表す動詞なので、例に漏れずこの格助詞が「至る」の前につきます。


 それを踏まえて例の文を見てましょう。


「深甚の至り」


 ……あ。「に」や「へ」がありません。

 仕方ないので、表現を少し弄ってみましょう。


「深甚に至り」


 これで大丈夫です。

 ちゃんと「に」を入れたので「深い気持ちに行き着く」という意味になりました。

 もしその後に続く単語がないなら「深甚に至る」と表現してもいいですね。

 

 しかし、元々あったのは「の」です。

 この「の」も格助詞であり、前後の単語を=で繋ぎ、単語同士の関係性を示したり単語を説明する働き(従属の主格を表す、と言います)をします。


「彼女の足」

「彼の作ったオムライス」


 前者は、関係性を示す働き。

 後者は、後の単語の意味が前の単語が働いた部分を説明しています。

 正確には(彼)が主格で(作った)が従属です。

 

 それを元にもう一度見てみましょう。


「深甚の至り」


 これは「至り」が「深甚」を説明しています。

 そういえば、これの形に近い例文が辞書にありました。


「料簡の至り、誠に興あり」

「感激の至り」「光栄の至り」


 前者が古文としての「至り」

 意味は『至りつくところ。極致。限り』


 後者が現代文としての「至り」

 意味は『ある物事が最高の状態に達していること。極み』


 どちらも意味は似通っていますから、同一視してもあまり問題ないでしょう。

 それらに基づいて例の文をみると、


「この上ない深い気持ち」


 となります。

 しかし、少し分かりにくいので誰にでも分かりやすくするため、平易な単語に直しましょう。

 確か「至る」は「凄い」と表現できるのでこれを使いましょう。

 

「凄く深い気持ち」


 とても分かりやすくなりました。

 ちなみに「とても」という単語も『程度のはなはだしいさま』という意味なので「とても」を使っても言い表すことができます。


 他にも


「酷く」

『 度を超している。はなはだしい』


「激しく」

『 程度が度を過ぎてはなはだしい』


「非常」

『並の程度でないさま。はなはだしいさま』


 などで表すことができます。


「とても深い気持ち」

「ひどく深い気持ち」

「激しく深い気持ち」

「非常に深い気持ち」


 細かなニュアンスは違いますが、大元の意味はブレていません。

 このように、似た意味を持つ単語を同義語や類義語と言います。

 非公式らしいですが同類語という人もいます。


 たとえばの話ですが、日本の総理大臣は行政の長であり、国務大臣の任命権と罷免権を持ち、国防武装組織である自衛隊の最高司令官としても君臨しているのに加えて、国際的には国家元首としての役割も果たすため「総理大臣は行政権力の至り」と表現できます。


 しかし一方で「総理大臣は凄く偉い」と言っても誤りではありません。


 権力のトップにしか「至り」を使うことはできませんが「凄い」は『普通の度合いをはるかに超えている』ならば使うことができるからです。


 話が脱線しました。本題に戻ります。


 Xの話題であった「深甚の至り」という表現は適切なのか?


 これに対しては



「この上ない深い気持ちという意味で表現したいのであれば適切である。しかし、という意味ならば「深甚至り」と表現しなければならない」



 そう結論することができます。


 また「深甚」の辞書には例文が挙げられていました。


「深甚な謝意を表する」


 謝意とは『感謝の気持ち。おわびの心』といった意味があります。

 それをもとに考えてみると、


「深い感謝の気持ちを示す」「深いおわびの気持ちを示す」


 という意味になります。

 お礼を言うときも、謝るときも使える便利な言葉ですね!



 さて、長くなってきたので、もうそろそろ終わりたいと思います。

 でも、その前に!!


「深甚の至り」


 これですが格助詞の「の」には似た意味を持つ「が」という単語があります。


「我は遠山が子孫、一条信輝のぶてるであるぞ!!」※架空の人名でゲームは関係ないです。

「オリエント家が長女、フィローネ・ディ・オリエントですわ」※令嬢です。


 使い方としてはこんな感じです。


 つまり「深甚の至り」ももしかしたら「深甚が至り」と古風な言い回しができるかもしれませんね。

 

 これに限っては僕の解釈であり誤用かもしれませんので責任は取れません!

 

 

 では最後に忠告を。

 たとえ言葉を正しく使ったからと言って、

 逆説的に用法を誤っていても、それひとつとって面白くない作品だとは必ずしも言えないのです。

 細かな間違いは誰でもありますし、僕自身も間違いだらけの文章を書いているような気がします。

 したがって、誰かがミスをしてもそれをです。

 今回は日本語としての正しさだけを求めてここまで書き連ねて参りましたが「深甚の至り」は。書き手の伝えたい表現によっては「深甚に至り」としなければ伝わらないというだけです。

 その点だけは何とぞご理解ください。

 また、今回はなるべく僕の主観が入らないように辞書やNHKなど信頼できるものに依って引用しつつ書いています。

 しかし僕もプロではないので、誤りが含まれる可能性は大いにあります。

 そのときは大きな声で笑ってやってくだされ。

 そして、できたら誤っている箇所を教えて下され。


 随分と長くなりました。

 今回はこれでおしまいにします。

 ここまで読んでくださった方々と、引用元の辞書・作品・機関に対して深甚の謝意を申し上げます。

 本まとめが、読まれた皆様の知識のひとつとして、いつの日にか役に立つことがあれば幸甚に存じます。



 今回の件で学んだ言葉を早速使ってみました!

 では次回があればそのときに!さようなら!

 

 





 










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