第1章
第1章①――少女たちの行進
廃墟ひしめく街の中、細かく鋭利になった破片が道路を覆い隠していた。切り出されたコンクリートの塊から鉄骨が突っ張り、下からは名も知らない草が萌えている。翡翠色や鶯色のガラスが散らばって汚らしい。道の定義に迫りくる悪路。その両側にそびえるビルの角は挫け、内臓が零れるようにケーブルが垂れ下がっていた。電気屋の看板に巻き付く蔦……ここでは何もかもが無造作だった。青空のみが悠久であった。三十年前にはこの空さえ、残火の灰が汚したのだろうが、今ではほとんど静謐である。
その残骸にまみれた地面を小さな足が踏みしめる。元は形があったのだろう、類推できるものもあれば、想像つかない奇妙なものもある。十センチ程度の細い鉄の棒、便座、綿の詰まった布袋。ボルトのたくさん刺さった木片は、焦げていて気の毒に思ったから、わざわざ歩調を変えて踏まないようにした。でも十メートル後方に歩いている奴のことを考えたら、無駄な気遣いかもしれない。彼女が足元に気を配る人間ではないという感想は、あながち間違っていないと思うから。この四か月、私と同じような扱いを受ければ誰だってそう思うに違いない。
背嚢で蒸れた背中を掻こうとしたら、着信の点滅が視界に映った。ゴーグルのモニターには相手の名前が表示されている。お腹の奥底がじんわり痛む気持ちになり、それをかき消すように地面を蹴った。あまり時間を空けると怒るし、怯えていると思われるかもしれない。それだけは嫌だった。目線をゴーグルに映る受話器型のアイコンに向ける。
「……あーあー、聞こえる? こちらリン」
「こちらニコ。なに?」
「調子はどう? かなり歩いたけど、膝とか痛くしてない? ここら辺は足場が悪いし……」
「足の具合は良好だし、いたって順調だよ」
「それは良かった。……職場は気に入った? これからはこういう環境で働かないといけないから、早く慣れておかないとね」
「かなり素敵だと思うよ。荷物運びも捨てたもんじゃないね。あなたがしのぎを削り合っている遠くで、私は悠々と散歩していればいいんだから」
「そうだね。あんたは自分の身だけ一生守っていればいいよ。亀みたいに」
「言いたいのはそれだけ? 個人的な通話は駄目って、トウカさんに言われているはずだけど」
「返答した時点で同罪じゃない? それは。まあ、返答せざるを得ないよね」
「……で、下ろせばいいの?」
「そう、分かってんじゃん。そろそろ行軍も終わりだし」
センキューと言って通話は途絶えた。私は溜息を吐く。言うならば、美味しそうなスープに蠅からダイブされた気分。青空の下を歩くのは好きだが、同伴者が全てをぶち壊しては意味がない。私は速度を緩めることなく、通常より膨れ上がった背嚢を外す。そして中からレーションと圧縮式テントを取り出し、素早く地面に置く。乱雑に置いてやりたかったが、恐怖が自重させた。悪事の後ろめたさを隠すように、小動物のように素早く立ち上がると、情けなさに……。……ゴーグルが曇ったので、外してユニフォームの袖で拭いた。生地は硬いしほとんど水分を吸ってくれないから、縁の部分にまだ残っている。何もかも腹立たしい。訓練も、踏むたびにじゃらじゃらうるさい地面も、嫌な同僚も動きづらいこの服も。
いやいや泣いていることしかできない自分も腹立たしい。
クルークス。
私にとっての、自由の象徴。
赫耀とした十字架を操る少女が、涙目に浮かんでぼやけた。
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