第43話 友の言葉

「フェアールよ、元気そうで何よりだ」


 ……どんな罵声を浴びせられるのかと思えば、グレンデルさんは優しくそう言った。

 予想外のことに俺が思わず固まってしまっていると、そんな俺を不思議に思ったのか、グレンデルさんが聞いてきた。


「どうして固まっているのだ?」

「気遣ってもらえるとは思ってもみなかったので、ちょっと驚いてました……勝負のことで話があるってことだったので、てっきり勝負の約束を破ったことを怒りに来たのかと思って」

「何、一日学院を休むことぐらいはあるだろう、どうせまだまだだ学院での日常は続くのだ、勝負などいつでもできる……だから一応勝負の日程を再度決めておこうと思ってな……フェアールよ、今日は学院に来るのだろう?」

「……」


 俺はそのグレンデルさんの問いに、口を閉ざしてしまった。

 学院……麗城さんは、俺と好きに愛し合うことができる環境に居る今、学院に行く必要性は無いと考えているみたいだし、アナスタシア家の形式的には主人である麗城さんがそう言うなら俺はそれに従うしかないし、気持ち的にも俺は麗城さんさえいればそれで良いと思っているため、麗城さんに賛成だ。

 口を閉ざした俺のことを見て、グレンデルさんが訝しげな表情で口を開いた。


「まさか、今日も来ないとは言わないだろうな?」

「……麗城────シャーロットさんが、もう学院には行かないらしいんです」

「なんだと……!?」


 グレンデルさんは、その俺の言葉にかなり驚いた様子だったが、俺は続きを話す。


「それで、シャーロットさんは俺にも学院には行ってはいけないと言ってきたので、もう学院には行けません」


 俺がそう言うと、グレンデルさんが俺の両肩を揺らして言った。


「何を……何を言っているのだフェアール!シャーロット・アナスタシアがなんと言おうと、問題はフェアール自身がどう思っているかだ!フェアールは学院に通いたいのでは無いのか?」

「俺はシャーロットさんと一緒に居られるなら、なんでもいいです……もう、なんでもいいんです」


 俺がそう言うと、グレンデルさんは俺の顔を一発殴った……それにより俺は床に倒れ込むことになったが、グレンデルさんはそんな俺を立ったまま見下ろして言った。


「見損なったぞフェアール、僕の友になってくれたフェアールとならば、共に研鑽を高めていけると思っていたのに……何か大きな出来事でもあったのかもしれないが、それがどんな出来事であれ、力を持っているにも関わらずそれほどまでに視野狭窄に陥る……そんなものは、愚かとしか言えないな」


 それだけ言うと、グレンデルさんは俺に背を向けて、アナスタシア家の屋敷から出て行った。

 ……俺はグレンデルさんの言葉に対して何かを言い返す言葉も言い返す気力も無く、ただただその場に倒れ込むことしかできなかった。

 ……グレンデルさんは立ったまま俺のことを見下ろしてはいたが、その目は────とても真っ直ぐで、真に俺に訴えかけるような目だった。


「あるとくん!大丈夫!?」


 俺がさっきのグレンデルさんの目を思い出していると、俺たちの会話を聞いてはいないが、俺たちのことを視界には入れていた麗城さんが俺のところまで来て、一発殴られただけなので怪我をしているわけではないが、急いで俺の顔の殴られた部分に回復魔法を使った。

 痛みを引かせる意味もあったと思うが、俺はその麗城さんの回復魔法を放っている手を俺の顔から離して言った。


「大丈夫だ、一髪殴られただけじゃちょっと痛みを感じて赤くなるぐらいだと思う

「でも────」

「本当に大丈夫だ……もしかしたら、この痛みが今の俺には必要なのかもしれない」

「あるとくんに痛みが必要なんてことないよ……グレンデル、あるとくんのことを殴るなんて……今度会ったら全身氷漬けにするしかないね」


 麗城さんは、グレンデルさんが出て行った玄関のドアの方に向けて殺気をこめていたが、俺は首を横に振って言う。


「グレンデルさんは悪くないから、そんなことしないでくれ……どちらかと言えば、俺が悪いんだと思う

「あるとくんが悪いことなんてないよ」

「……少なくともグレンデルさんは絶対に悪くないから、報復なんて考えないって約束してくれ」

「……あるとくんがそう言うなら、約束するよ」

「ありがとう」


 ひとまず俺と麗城さんは、麗城さんの部屋へと戻ったが、俺の頭の中は今、グレンデルさんに言われたことで頭がいっぱいだった。

 俺が視野狭窄に陥っている……?

 俺はこんなにも麗城さんのことを大事に思っていること、それが視野狭窄だって言うのか?

 それとも、グレンデルさんは、俺が麗城さんのことを大事に思っているこの気持ちが間違っているって言いたいのか?

 ……グレンデルさんの意図はわからないが、それでもグレンデルさんの言葉は俺の頭の中に強く残っている。

 俺が頭の中で考え込んでいると、麗城さんは優しい声で言った。


「あるとくん、難しそうな顔してるね……でも大丈夫、あるとくんは何も悩むことなんてないよ……また今から、昨日の夜みたいに、お互いのこと以外どうでも良くなるぐらい愛し合おうよ」

「お互いのこと以外、どうでも良くなるぐらい……」

「うん……ほら、私のこと脱がせて」


 そう言うと、麗城さんはベッドの上に座り、体を広げて見せた。

 俺は麗城さんに近づいて、麗城さんの服に手をかける。

 これからもずっと、麗城さんと二人で愛し合う……それに悪いことなんて無いはずだ……無いはずだが────本当に、このままで良いのか?

 麗城さんの服に手をかけた俺は、しばらくの間その疑問に答えが出ず、そのまま動きを止めてしまった。

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