第42話 大事な存在

「おはよう、あるとくん」


 翌日、俺が目を覚ますと、今日は麗城さんが俺よりも早く起きていたようで、少し微笑みながら挨拶をしてきたため、俺は挨拶を返す。


「おはよう麗城さん」


 麗城さんは何も服を着ない状態で俺のことを抱きしめてきていて、それにより麗城さんの体が密着してきているが、俺はそのことよりも少し気になったことがあったので、それについて触れてみることにした。


「どうしてちょっと笑ってるんだ?」

「フェアールとしてのアルの寝顔とか、のぼせちゃった後でのあるとくんの寝顔とかは今まで見たことあったけど、アルの寝顔はずっと見慣れてて、のぼせちゃった後のあるとくんの寝顔を見てる時はあるとくんが起きたらこの愛を伝えるってことしか考えてなかったから、あるとくんの寝顔とあるとくんの寝起きを見ることができたのが嬉しくて」

「……寝顔なんて言われると恥ずかしいな」

「恥ずかしい?」


 そう言うと、麗城さんは小さく笑いながら俺のことを抱きしめる力を強めて言った。


「昨日の夜、私たちもっと恥ずかしいことしてたんだよ?」

「それは……そうかもしれないが、俺たちは愛し合ってただけだ」

「ふふ、そうだね……昨日は激しかったから、ちゃんとあるとくんの愛を感じられたよ……あるとくんは?私の愛ちゃんと感じられた?」

「あぁ、ちゃんと感じた……俺には、麗城さんの愛があれば十分だ」

「本当に嬉しいよ……ねぇあるとくん、今からする?」


 昨日はもう戻れなくなるような気がしたから、そういうことをするなら夜だと言って断ったが……俺にとっては、麗城さんが何よりも大事な存在だ。

 麗城さんのしたいことで、俺がそれをできるのであれば喜んでするし、俺だって麗城さんの愛を感じたい……ならもう、それを断る理由なんてない。

 麗城さんを愛するということから戻れなくなるなら、俺は戻れなくてもいい。

 そう考え着いた俺は、麗城さんに返答する。


「しよう」

「……え?良いの!?」


 驚いた麗城さんは、俺のことを抱きしめていた腕を俺から離し、思わず上体を起こしてそう言った。

 昨日は頑なに夜になるまでそういうことをしなかった俺の口からそんな言葉が出たんだ、そういうリアクションになったとしても不思議はない。


「麗城さんと幸せに過ごしていけるなら、俺は何だってする」

「あるとくん……!」


 俺の名前を呼ぶと、麗城さんは横になっている俺の上に跨った。


「麗城さん……?」

「昨日はあるとくんがずっと頑張ってくれてたから、今日は私が主導してあげようと思って」

「それは……また違う方向で体力を持っていかれそうだな」

「ふふ、あるとくんが疲れ切ったとしても、私の愛をあるとくんに見せてあげる」


 そう言った後、麗城さんが愛情を示す行為を始めようとした────その時、この部屋のドアがノックされ、声が聞こえてきた。


「シャーロット様、フェアールはここに居ますでしょうか?」


 アナスタシア家の屋敷に仕えている、他の使用人の声だ。

 麗城さんは、俺の体を見た後で「良いところなのに……」と小さく呟いたが、ドアの方に向いて言う。


「居るけど、あると……アルに何か用事?」

「フェアールに話があるから門を通してくれと言われているのですが、いかがしましょう」


 俺に話がある……?

 ……わざわざこのアナスタシア家の屋敷の門を通ろうとしてまで、執事である俺に話────あの人か。

 俺がその人物の正体に思い至ったと同時に、麗城さんがドアの方向に向かって聞く。


「……アルに用事?誰?もし名前も知らないようなやつだったら門前払いで良いから」

「お相手は、シャーロット様とフェアールの学友のグレンデルさんです」

「グレンデル……?」


 麗城さんは困惑している様子だったが、俺はさっき予想していた通りの名前だったので、特に驚くことはない……そして、グレンデルさんがこの屋敷までやって来た理由はおそらく────


「はい、グレンデルさんが勝負のことでフェアールと話したいことがあると言っておりました」


 ……明日は剣を使っての勝負をするという約束、それを俺は昨日学院を休んだことで破ってしまったから、きっとそのことだろう。


「……麗城さん、少しだけグレンデルさんと話してきても良いか?」

「本当ならグレンデルよりも今のこの私との時間を大事にして欲しいって言いたいところだけど、前も言った通り私はあるとくんのそういったところに救われたから何も言えないね……」


 麗城さんは俺に優しく微笑みかけてそう言った。

 ……麗城さんは前世から続く大きな愛を俺に持ってくれているが、それでもその大きな愛を一時的に我慢できるほどの大きな優しさを持っている人でもある。

 そして、麗城さんは続けて言った。


「行ってきていいよ、その代わり、部屋の外に出してあげることになっちゃうから、あるとくんのことが見える場所にはついて行くからね……会話を盗み聞いたりはしないから安心して」


 麗城さんにそう伝えられた俺は、上体を起こすと麗城さんのことを抱きしめて言った。


「それで良い、ありがとう麗城さん……俺は麗城さんのことが好きだ」

「っ……!私も大好きだよ、あるとくん!」


 そして、麗城さんも俺のことを抱きしめてきて、俺たちは互いに抱きしめ合った……そして、麗城さんが俺の耳元で囁くように言う。


「……グレンデルとの話が終わったら、さっきの続きしようね」


 俺はそれに対して、小さく頷きながら返した。


「あぁ、楽しみだな」


 その後、麗城さんがグレンデルさんのことを門に通すことを許可する旨を使用人の人伝えると、使用人の人はこの部屋の前から立ち去り、グレンデルさんのことを玄関まで連れてくるということだったので、俺は急いで執事服に着替えて玄関に向かった────するとそこには、金髪で高そうな服を着た、いつものグレンデルさんの姿があった……約束を破ってしまった俺に対して、グレンデルさんは一体どんな言葉をぶつけてくるんだろうか。

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