第36話 グレンデルさん

 馬車に乗ってグレンデルさんの家の屋敷へとやってきた俺とシャーロットさんは、グレンデルさんに第一声から大きな声で言われた。


「どうだ!ここが僕の家の屋敷だ!大きいだろう!」


 ……正直なところアナスタシア家の屋敷と同じぐらいだからそこまで驚きはしないが、そもそもアナスタシア家の屋敷がおそらくこの世界でもトップクラスに大きいため、それと同じぐらいの大きさを持っているグレンデルさんの屋敷というのもかなりすごいな。


「大きいですね」

「ふふっ、そうだろうそうだろう、では中に入るといい」


 グレンデルさんの屋敷に入れてもらった俺とシャーロットさんは、とても長いテーブルのある食堂まで案内された。

 ……この食堂に来るまでの廊下もそうだったが、見るもの見るもの高そうなものしかない。

 俺たち三人は、俺を真ん中にして隣り合わせに座った……すると、食堂のドアがノックされ、とても美味しそうな料理がたくさん運ばれてきた。


「この新鮮な食材を使った料理はどうだ!壮観だろう?」

「はい、美味しそうです」

「では、食べようではないか」


 俺とグレンデルさん、そしてシャーロットさんは、一緒にテーブルの上に並べられた料理を食べる。

 高そうなお肉に新鮮な野菜、どれも丁寧に調理されているのがわかる味で、とても美味しい。


「美味しいです」

「当然だ」


 俺は、料理を食べながらふと思ったことがあったので、それをグレンデルさんに聞いてみた。


「この食堂もそうですけど、さっきの廊下とかにも高い絵画とか高そうな骨董品とかがたくさん置いてあるのは、グレンデルさんか、もしくはグレンデルさんの家族の人の趣味とかですか?」

「それもあるかもしれないが、そんな安い言葉だけで片付けられては困る……僕は友人を招くのは今日が初めてだが、侯爵という位にあるから付き合いで人を招くことはあるんだ……だから、高いものを置いているのは我らの趣味というより、どちらかといえば客人に対するもてなしだ」

「もてなし……」


 前世の時に貴族と聞けばあまり良いイメージを持つことは無かったが、グレンデルさんからは、本来あるべき貴族の高潔さというものが感じられる。

 色々と言いながらも、ただの執事である俺のことを今では友人と呼んでくれたりもして……俺もどうやら、自分では気づかない間にグレンデルさんのことを友人だと思っていたみたいだな。

 その後、料理を食べている間シャーロットさんは一言も発さなかったが、シャーロットさんの今の心理状態を考えれば、今日俺がグレンデルさんの家に来るのを許してくれたというだけでもありがたいことだと考えた方が自然だろう。

 俺たちはそれぞれ料理を食べ終えると、俺とグレンデルさんは二人で一緒にお風呂に入ることにした。

 シャーロットさんは「私はアナスタシアの屋敷に帰ってから入る……アル、馬車で待ってるから終わったら来て」とのことだった。

 俺とグレンデルさんは、互いに腰にタオルを巻くと、一緒にお風呂に入り、体を洗うとお湯に浸かった。


「やはり、お風呂というものは癒されるな……この場にシャーロット・アナスタシが居ないのが残念だ」

「仮にシャーロットさんがお風呂に入っていたとしても、俺たちと時間はずらすと思いますよ」

「わ、わかっている!い、一緒に入るわけがないだろう!?」


 グレンデルさんは、顔を赤くしてそう言った……女性を口説くとかいう割には、そっちの方の体制は相変わらずのようだ。

 少し間を開けると、グレンデルさんは真面目な表情で言った。


「……フェアールよ、今日はフェアールに謝りたいことと感謝したいことがある」

「謝りたいことと、感謝したいこと……ですか?」


 グレンデルさんにしては随分と珍しいことだと思いつつ、俺は耳を傾ける。

 すると、グレンデルさんは頭を下げて言った。


「フェアールのことをただの執事だと見下したことを謝罪する、この通りだ」


 グレンデルさんは、他に何も言わずにそれだけを言った。


「もう気にして無いですから、頭を上げてください」

「……そうか」


 本当にそんなことを気にしていなかった俺がグレンデルさんにそう伝えると、グレンデルさんはゆっくりと頭を上げて続きを話した。


「僕はフェアールやシャーロット・アナスタシアと会うまで、侯爵という位に寄ってくるものは居たとしても、真に僕と仲を深めようという人間とは出会ったことがなかった……侯爵であることに胡座を書いていたのだから、当然といえば当然かもしれないがな……だから、フェアールとシャーロット・アナスタシアのような人間とは初めて会ったのだ……僕のことを、侯爵という眼鏡を通して見ない人間とは」

「……そうですか」

「フェアールとシャーロット・アナスタシアの二人と話していると、貴族制度というもの自体を思わず忘れ、ただ友と過ごしているという感覚になる……本当に不思議な者たちだ、きっと世界中どこの人間や物質を探しても、そんな感覚を味わわせてくれる存在はどこにも居ないだろう」


 グレンデルさんがそんな感覚を味わっているのは、前世で貴族制度が無い世界で生活をしていたからだろう……だが、俺たちの前世のことを何も知らないグレンデルさんがそこまで感じ取っているということは、それは俺たちとしっかり向き合ってくれているという証拠でもある。


「だから……僕と共に時間を過ごしてくれて感謝する、フェアールとシャーロット・アナスタシアの二人と話していると、僕はとても楽しい」


 グレンデルさんは、今までに見たことのないほど優しい笑顔で言った。


「そんなことで感謝しないでください……だって、俺たちは友人、なんですよね?」

「っ……!そう、だな……そうだったな!」


 グレンデルさんはそう言うと、立ち上がって大きな声で言った。


「フェアールよ!この間の戦い、引き分けで終わっていたな」


 この間の戦い……俺が生気を失いかけていた時に、グレンデルさんが俺のために戦ってくれた時のことだ。


「そうでしたね」

「そんな状態で終わらせるわけにはいかない、しっかりと決着をつけるぞ!」

「え……?今ですか!?」

「当然だ!今から炎魔法でこのお湯の温度を上昇させる、どちらが長く耐えられるか勝負だ!」

「建物の中での炎魔法はやめた方が────」


 その後、グレンデルさんが炎魔法を使ってお湯の温度を上げようとしたため、俺は水魔法でそれを妨害し、最終的には互いに水魔法を放ち合った。

 そして十分ほどした後、俺たちはお風呂場から出て着替えると、アナスタシア家の屋敷へと向かう馬車が来ているグレンデルさんの家の屋敷前へとやって来た。

 馬車の中には、シャーロットさんの言っていた通り、もうシャーロットさんが座っていた。

 そして、俺がその馬車に乗ろうとした時、後ろからグレンデルさんに声をかけられたため、俺はグレンデルさんの方に振り返る。


「……動きづらいお風呂場の中では結局勝負はつかなかったが、明日こそは剣を使って勝負をしよう」


 そう言いながら、グレンデルさんは左手を差し出してきた。


「……わかりました」


 俺は、そのグレンデルさんの左手を左手で握り、強い握手を交わした。


「では、またな」

「はい、また」


 そして、握手していた手を離すと、俺は馬車に乗り、シャーロットさんと一緒にアナスタシア家の屋敷へ向かっていた。

 その道中、シャーロットさんはずっと俺の右腕を強く抱きしめていた……その表情は、待ち焦がれていた瞬間がようやくやって来るとでも言うようで────その気持ちは、俺も同じだった。

 やがてアナスタシア家の屋敷に着くと、シャーロットさんはお風呂に入ってくると言って、俺にはシャーロットさんの部屋のベッドで座って待っているように言った。

 ────それから数十分後、バスローブ姿のシャーロットさんがこの部屋にやって来て、俺の横に座ると、俺のことを力強く正面から抱きしめて俺の耳元で囁くように言った。


「やっと……やっと私のこの気持ちを、アルに……あるとくんに伝えてあげられるんだね……ねぇ、あるとくん……私は、ずっとあるとくんのことが大好きだったし、今でも大好きだよ」

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