第31話 シャーロットさんとお風呂

 アナスタシア家の屋敷にあるお風呂というものは、俺が前世で入っていたお風呂と比べて何倍も広く、装飾もとても綺麗だ。

 そして、しっかりとお湯も出るため、前世と同様リラックスする場所としては最適だ……本来は。

 もう一度言う、本来は、だ。

 俺は今お風呂場に入っていて、後からシャーロットさんがお風呂場に入ってくるのを待っている状態。

 そんな状態でリラックスなんてできるはずもなく、俺はただただ自分の心臓の鼓動を小さくするのに必死だった。

 俺は今、ただでさえようやくシャーロットさんに対する恋愛感情を意識し始めた時……そんな時にシャーロットさんとお風呂なんて、本当に言葉通り心臓の鼓動が持つかどうかわからない。


「だが、俺だってバカじゃない……対策ぐらいはさせてもらう」


 俺は、お風呂場から出ているお湯に自分の水魔法を当てて、一気に霧散させた。

 これによって、もしシャーロットさんがお風呂に入ってきたとしても、そもそも体にタオルを巻いているであろうシャーロットさんの体はほとんど見えないし、仮に見えそうになったとしてもこんなにも水が気化していては見えるものも見えないだろう。


「あとは心の戦いだ」


 俺はシャーロットさんがお風呂場に入ってくるまでの間、できるだけ心を整えることに専念し────いよいよ、シャーロットさんがお風呂場に入ってきた。


「……あれ?湯気なのかな、霧みたいになってて全然前が見えないね」

「あ、あぁ……たまには故障することもあるんじゃないですか?」


 シャーロットさんの方を見てみると、俺の目算通り、シャーロットさんの面影が見えるぐらいでしっかりとは見えないため、とりあえず視覚的刺激は完全に排除された。

 俺は、視覚的刺激に対する警戒心を完全に解いて、あとは心との戦いだけに────


「そっか、でもアルのこと見えなくなるのは嫌だから無くすね」

「え?」


 そう言うと、シャーロットさんは軽く風魔法を使ってその気化した水を薙ぎ払った。

 ────それによって、完全に視覚的刺激に対する警戒心を解いていた俺は、片手でタオルを持って、一応胸から下にかけて見えてはいけないところだけは隠しているシャーロットのさんの姿が見えた。

 見えてはいけないところを隠していると言っても、体にタオルを巻いているわけじゃないからおそらく角度が変われば見えてしまうし、何より色白の腕や脚、そしてスタイルなんかはタオルがあったとしても関係なくわかってしまうため、視覚的刺激が半端ではなく……もう一度言うが、視覚的刺激に対する警戒心を解いていた俺は、一気に視覚的刺激を受けた。

 そして、それと同時に言う。


「シャーロットさん!どうしてタオルを体に巻いてないんですか!?」

「必要ないと思ったけど、一応タオル持ってるでしょ?」


 そう言うと、シャーロットさんは俺の後ろまで歩いてきた。

 俺たちの目の前には鏡があるが、シャーロットさんの体は俺の体に隠れて鏡には映っていないことに俺は少し安堵した……が、シャーロットさんが衝撃的な言葉を放った。


「じゃあ、今から私がアルの体洗ってあげるね」

「え……!?ま、待ってください、体ぐらい自分で洗えるので、シャーロットさんもその間に他の鏡の前で洗っててください」

「ダメだよ、アルは私の大切な存在なんだから、ちゃんと私もアルのことを洗ってあげたいの」

「それ、大切な存在とか関係あるんですか?」

「あるよ、あるとくんとアル以外にこんなこと思わないから、なんて……二人に思ってる時点で信憑性ないって思うかもしれないけどね」


 シャーロットさんは、少し口角を上げながら少し嬉しそうに続きを話した。


「私ね、ちょっと前まで自分のことが嫌になりそうだったの……あるとくんのことしか好きにならないって決めてたのに、私はアルのことも好きになっちゃってた……あるとくんのことだけを好きって思ったのに、そのあるとくんに似てるアルが出たらすぐに乗り換えるなんて、最低でしょ?だから、本当に自分が嫌になりそうだった……でもね、私は今日で確信したよ」

「確信……?何をですか?」

「アルが、あるとくんだってこと……」

「っ……!」


 その発言に俺は驚いたが、できるだけそれを表には出さずに、そのままシャーロットさんの話を聞き続ける。


「でも、確信って言っても、私が勝手にそう思ってるだけだから、九割とは言えても絶対とは言えない、それはアルにしかわからないことだから……だから、私はアルが自分から正体を明かしてくれるのを待つことにして、それまではアルのことをあるとくんじゃなくて、この世界だけのアルだと思って接する」

「そう……ですか」

「うん────でも、もし本当にアルがあるとくんなんだとしたら、どうして私がこんなに早く愛を伝えたいって思ってるのにそのことを隠したがるのかわからなくてちょっとムカつくから、こうやってお風呂に誘ったのも、言うなれば私の愛を伝えるためなんだよ」


 そう言うと、シャーロットさんは俺のことを抱きしめて言った。


「ねぇ、あるとくん……もしそこに居るんだったら、いつでも教えてね……私はいつまでも、あるとくんのことを愛してるから」

「……シャーロットさん」


 色々と言いたいことはある。

 ある……が、まず一番言わないといけないことは────


「タオルも何も巻いてない状態で俺のこと抱きしめないでください!感触っていうか……とにかく色々とまずいですから!」

「ふふ、アルがあるとくんかどうかはともかくとして、ひとまず前世でも今世でも女性経験がないってことはわかったね」

「シャーロットさ────」

「冗談だよ、冗談!私も当然、前世でも今世でもそういうことしたことないし、あるとくん以外とする気はないから……もしアルがあるとくんなんだとしたら、その時は二人で毎日ゆっくりと愛を育んでいこうね」

「いいですから!早く俺から離れてください!」

「でも、アルの背中から離れちゃったら私の体見えちゃって恥ずかしいから離れられないよ~」

「絶対思ってないじゃないですか!」


 俺とシャーロットさんは、体を洗うまでの間、十分ほどその言い合いをして、結局その十分間はずっとシャーロットさんに抱きしめられてしまった。

 何とも言い難いが────この瞬間から、俺とシャーロットさんの関係性が公爵令嬢と執事という関係から、もっと近しい何か……そう、まるで前世の俺と麗城さんのような関係に近づいているような気がした。

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