第24話 前世と今世と後悔

「今日は晴天だなフェアールよ!」

「……」


 翌日、学院に登校すると、グレンデルさんが元気な声でそう話しかけてきたが、今の俺はとてもじゃないがそのグレンデルさんのテンションに合わせて話すことなどできなかったため、返答することができずに沈黙してしまった。


「虚な目をしてどうした?もしや寝不足────」


 グレンデルさんが俺に話しかけてきていると、俺の隣に居るシャーロットさんがグレンデルさんのことを少し離れた場所へ連れて行った。


「グレンデル、今はアルに話しかけないで……今は気分が優れないみたいだから」

「昨日はシャーロット・アナスタシアの様子が暗いと思えば、今日はフェアールの気分が優れないだと……?シャーロット・アナスタシアのことを持ち直させたのは流石だが、それで今度は自分の気分が優れなくなっているなら世話ないな……だが、シャーロット・アナスタシアと違い、フェアールに対してなら僕から強く言える」

「待って」


 グレンデルさんが俺のところに足を進めようとした時、シャーロットさんは声でそれを引き留めたようだった。


「アルのことは私が面倒見るから、グレンデルは口出ししないで」

「シャーロット・アナスタシアにはわからないだろうが、時には男同士だからこそ打ち解け合える時もあるのだ」

「私とアルの関係は、そんなただ性別が一緒ってだけのものになんて絶対負けない……とにかく、アルのことは私がどうにかするから、グレンデルは何もしないで」

「……そうか、流石だなシャーロット・アナスタシアよ、そこまで言うのであれば、僕は何もしないでおこう」


 グレンデルさんはシャーロットさんの元から離れると、今度は俺のところへは来なかった。

 そして、シャーロットさんが俺の元にやって来た。

 会話内容は何も聞こえなかったが、一体どんな話をしたんだろうか……なんて、今の俺はそれどころじゃない。


「アル、平気?学院休んでも良かったんだよ?」

「でも、俺がそうしたら俺の傍に居たいからってシャーロットさんも休むって言って、俺が何を言っても聞かなかったじゃないですか」

「だって私はアルの傍に居たいから」

「……俺だけならともかく、シャーロットさんにまで迷惑をかけるわけにはいきません」

「迷惑?違うよ、私は迷惑なんて考えてない……自分にとって大切な人のためにすることなら、どんなことだってしたいって思ってするんだよ」


 大切な人のためにすることなら、どんなことだってしたい……か。

 その発言を聞いて、俺は大きな疑問が出てきた……今すぐにでも聞きたいが、学院の中だと聞けそうにないことだ。


「……シャーロットさん、今日も帰ったら時間もらっても良いですか?」

「うん!アルのためなら、どれだけでも私の時間あげる」

「……ありがとう、ございます」


 今日一日、俺はぼんやりと講義を受け、その講義時間が長く感じるも短く感じるもなく、ぼんやりとしていたらいつの間にか全講義が終わっていた。

 そして、馬車でアナスタシア家の屋敷に帰ると、シャーロットさんとの約束通り俺はシャーロットさんに時間をもらい、シャーロットさんの部屋のベッドの二人で隣り合わせに座った。

 シャーロットさんは、何も言わなかった。

 きっと、俺から何かを言うのを待ってくれているんだろう。

 俺から時間をもらったのに俺が口を開かなかったら何も進まないため、俺は口を開いて言う。


「シャーロットさんに、一つだけ聞きたいことがあるんです」

「うん、なんでも聞いて」


 シャーロットさんは優しい声音でそう言った。

 ……俺は少し聞きがたいことだが、それでも今の俺はどうしてもその答えを必要としていたため、シャーロットさんに聞く。


「シャーロットさんは……シャーロットさんの好きな人の後を追ってこの世界に来て、後悔してないんですか?」

「……後悔?」

「だって、シャーロットさんは前世で何でもできてお金持ちだったんですよね?それを苦痛だって言ってましたけど、もしかしたら長い人生の中で新しい気付きが生まれて、それを苦痛だと感じずに生きていける可能性だってあったと思うんです……それに、そもそもその人と会うことさえなかったら、シャーロットさんがもう前世の世界で生きられなくなるようなこともなかったんですよね?だったら、その人と会わない方が良かったって考えたりしないんですか?」

「しないよ」

「っ……!」


 そうハッキリと答えたシャーロットさんの瞳には、強い意志が宿っていて……今の俺にはとても眩しく感じられた。

 そして、シャーロットさんは続けて言う。


「彼に会って前世で生きられなくなるのと、彼に会わずに前世で生きていく未来だったら、私は絶対に彼に会って前世で生きられなくなる道を選ぶ……私以外の誰にもわからないと思うけど、私の人生は彼、あるとくんに会うまで本当に何の楽しみもなかったの……だから、彼に会わないまま生きてても、何も楽しみなんてなかったと思うよ」

「可能性はいくらだってあったと思いま────」

「そうかもしれないね、可能性はあったよ……でも、今の私はその可能性じゃなくて、あるとくんっていう私にとって絶対的な存在と会うことができた私なの……だから、そんな彼の後を追ってこの世界に来て、また彼と会って、彼のことを愛してあげられるかもしれない世界に来られて後悔なんて……するはずないよ」


 シャーロットさんは、明るい笑顔でそう言った。

 ……そうか。

 俺は麗城さんのことを考えて、麗城さんの未来を奪ってしまったと思っていたが……結局、俺は自分のせいでと考え込んで、自分のことしか見えていなかったんだ。

 でも、ちゃんと今の麗城さん……シャーロットさんのことを見ると、シャーロットさんはこんなにも明るい笑顔をしてくれている。

 前世も何も関係なく、それだけで俺は嬉しくて、それだけが全てだ……それなら。


「シャーロットさん、伝えたいことが────」


 俺がシャーロットさんに俺自身の正体を伝えようとした時、シャーロットさんは続けて口を開いた。


「それでね、もし彼と会ったら、もうあの時みたいな後悔はしないように、彼のことを私の部屋に閉じ込めるの!私の部屋だったら、アナスタシア家の公爵の地位を狙うやつが来たとしても、護衛を抜けて私の部屋があるこの屋敷まで来るのは難しいだろうし、私の部屋に来たとしても彼のことを守ってあげられる……食べ物は私が作ったもの食べさせてあげて、夜は毎日交わって、そのまま一緒のベッドで寝るの────って、ごめんね、彼との理想の生活を想像してたら止まらなくなっちゃった、何か言った?」


 ……シャーロットさんが前世での輝かしい可能性を無くしてまでこの世界に来たことを後悔していない、そのことを理由と共に教えてもらえて、俺は自分の過ちに気付き、それと同時にシャーロットさんが明るい笑顔をしてくれている現状に対してとても嬉しく感じていた。

 だから、とりあえずもう俺が考え込むような理由は無くなったから、また今まで通り生活はしていけるだろう。

 ……だが────俺は正体を明かしたら、今シャーロットさんが言ったような生活をすることになるんだろうか。

 ……それは、まずいな。


「……何でもないです」

「そう?」

「はい……でもとりあえず元気にはなりましたから、そこはもう大丈夫です」

「うん、そうみたい……頑張ったね」

「……心配かけてすみません」

「ううん、アルが元気になってくれて良かったよ」


 そう言って、シャーロットさんは優しく俺の頭を撫でた。

 ……シャーロットさんのためにも、俺の正体はいつかは明かす。

 でも、それは今じゃない……シャーロットさんの理想の生活というものの価値観が少しでも変わるまでは、絶対に正体を隠し通さないといけない。

 俺はまた骨が折れそうなことだなと思ったが、それでも────その先に待つものを考えたら、その時間すらも楽しい時間と思えるだろう。

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