第20話 グレンデルさんに感謝

 グレンデルさんに勝負を挑まれた俺は、グレンデルさんと一緒に訓練所までやって来たが……


「グレンデルさん、そろそろ朝の講義が始まるので、今から戦うっていうのは無理があると思います」

「そんなことは関係ない……それよりも、僕は侯爵家の人間として、これ以上公爵家の人間が愚行を犯していることを止めねばなるまい」

「愚行……俺のことですか?」

「そうだ」

「……」


 この訓練所まで来たものの、俺の方には特にグレンデルさんと戦う理由なんて無かったから、この勝負を受けるつもりはなかった……だが、俺だって悩んだ末に下した決断。

 それを何度も愚かとか愚行とかって言われると、思うところが出てくる。


「わかりました、勝負の内容は?」

「木刀と魔法を使った本気の戦いだ」


 木刀……当然だが、命に関わるような戦いをするつもりはないらしい。

 俺としてもそれで十分だ。


「わかりました」

「……では、始めるとしよう」


 前シャーロットさんとグレンデルさんが戦った時には、シャーロットさんがグレンデルさんの関節部分だけを的確に凍らせたことによって勝負が一瞬で終わってしまったが、あんな緻密な氷魔法の操作ができたのはシャーロットさんだからで、俺はあそこまで氷魔法の扱いが上手じゃない。

 グレンデルさんが木刀で斬りかかって来たため、俺はそれを木刀で受けて押し返そうとするが、グレンデルさんもそれを押し返そうとしてきた。

 それにより、俺たちの木刀は互いに向けて微細な進退を繰り返した。


「フェアール、この戦いを通して貴様の自惚れを消し去ってやろう」

「自惚れ……?俺が何に自惚れてるんですか?」

「シャーロット・アナスタシアのことだ!」


 大声でそう言ったグレンデルさんは、一度俺から距離を取ると、今度は俺に炎魔法を放ってきた。

 それに対して、俺はすぐに水魔法を放った……炎と水が衝突したことにより、水が気化して一時的に視界が悪くなった。

 そして、その瞬間に俺の死角からグレンデルさんが木刀で斬りかかって来るが、俺はそれをしっかりと受け流し、またもさっきと同じように俺たちの木刀は重なり、互いの剣はまたも進退し始めた。


「フェアール!貴様は言ったな、シャーロット・アナスタシアのことを誰よりも理解していると!」

「言いました、事実俺は他の誰よりもシャーロットさんのことを理解してます」

「確かに貴様は他の誰よりもシャーロット・アナスタシアのことを理解しているのかもしれない……だが!」


 グレンデルさんは木刀を押し込む力を強めて言った。


「シャーロット・アナスタシア以上にシャーロット・アナスタシアのことを理解してはいない!」

「え……?どういう────」

「要するに!貴様は他の誰よりもシャーロット・アナスタシアのことを理解しているからと慢心し、シャーロット・アナスタシアの助けになれる可能性があることを探そうともしていないということだ……それは、愚かとしか言いようがない!」


 そう言うと、グレンデルさんは力強く俺の木刀を弾き飛ばした。

 そして、俺に木刀で斬りかかってくる────その刹那、俺はグレンデルさんに言われた言葉の意味を考えていた。

 シャーロットさんの助けになれる可能性があることを、探そうともしていない?……そうか。

 シャーロットさんが苦しんでる、俺はそれを助けたい……そうだ、それが俺の本音だ。

 それなのに、何もできないと決めつけて、ただ苦しんでいるシャーロットさんのことを見守る────確かに、そんな俺は愚かだ……だから、変わらないといけない。


「……ありがとうございます、グレンデルさん」


 俺は、ここまでして俺にその事実を気付かせてくれたグレンデルさんに感謝を伝えると、グレンデルさんは少し口角を上げて嬉しそうに言った。


「気付いたか……だが、この勝負は僕がもら────」


 俺に木刀が振りかかる直前、俺は雷魔法を放って、グレンデルさんの剣を弾き飛ばした。


「なっ……!」


 今のグレンデルさんは好きだらけだったから本当はグレンデルさんい当てても良かったが、今はグレンデルさんに勝ちたくはなかった。


「グレンデルさん、引き分け……で良いですか?」

「……ま、まぁいい、どうやらフェアールの顔つきを見てみるに、僕の伝えたいことは伝わったようだからな」


 そう言って、グレンデルさんは少し笑って見せた。


「……グレンデルさんも、やっぱり侯爵家の貴族の方なんですね」

「ん?それはそうだろう、どういう意味だ?」


 ……普段あんな感じだから時々グレンデルさんが侯爵の人だってことを忘れそうになる、なんてことは言えないな。


「いえ、なんでもありません」

「嘘をつくな、何かあるだろう、話せ!」

「それより、もう講義が始まります、早く戻りましょう」


 そう言うと、俺は小走りで講義室に向かった。


「お、おい!僕を置いていくな!!」


 その後ろからグレンデルさんもついて来て、俺とグレンデルさんはどうにか講義が始まる前に講義室に入ることができた……とりあえずグレンデルさんのおかげで、俺のやるべきことは見えた。

 シャーロットさんのことを理解する、それが俺のやるべきこと────全ては、アナスタシア家の屋敷に帰ってからだ。

 昨日の俺はシャーロットさんに呼び出されてそれに恐れを抱き全講義が終わるのをできるだけ遅くなるように祈っていたが、今日はできるだけ早く全講義が終わることを祈っていた。

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