第11話 彼の面影

「シャーロットさんの気持ちを確かめる……のは良いんですけど、それと俺が今ベッドに倒されたことに何か関係があるんですか?」

「うん、アルには今からこのベッドで私と交わってもらうの、それで私のこの気持ちが正しい気持ちなのか、悪い気持ちなのかを確かめるの」

「なるほど、俺とこのベッドで交わる……交わる?」


 もはや驚きという感情ではなく、俺はただ純粋に疑問を抱いていた。


「それは、どういう意味で、ですか?」

「どういう……?……前の世界だと簡単にわかりやすい言葉があったんだけど、この世界の言葉だと……生殖行為、かな」

「どうして俺とシャーロットさんがそんなことを?」

「何度言わせるの?私の気持ちが正しい気持ちなのかどうかを確かめるためだよ」

「シャーロットさんの気持ちって────」

「アルにも色々思うところがあるのはわかるけど、私は今すぐにでも私自身の気持ちを確かめたいの……だから、アルはただそこで動かずに横になってて」


 そう言うと、シャーロットさんは俺の執事服の上着を脱がし、ベストのボタンを外し始めた。

 ……間違いなく言えるのは、やはり今のシャーロットさんは冷静さに欠いているということだ。

 そして、シャーロットさんの価値基準がどうであれ、少なくともシャーロットさんが今俺としようとしていることは、そんな状態でしていいものじゃない……シャーロットさんの抱いている気持ちがなんなのかはわからないが、少なくとも今のシャーロットさんと俺がその行為をするのは、正しいか悪いかがあるとするなら間違いなく悪いことになってしまう。

 シャーロットさんが俺のベストのボタンを全て外し終えて、次に襟の付いているシャツに手をつけようとした時、俺はそのシャーロットさんの手を止めて言った。


「シャーロットさん、こんなことやめてください、今のシャーロットさんはやっぱり様子がおかしいです」

「おかしいから、そのおかしい原因を確かめるためにするんだよ?」

「そんなこと……上手く言えないですけど、シャーロットさんらしくありません」

「私がしたいことなのに、アルがそれに対してこんなに口挟んでくるのは珍しいね、でも今回は聞いてあげない」

「でも────」

「公爵家のシャーロット・アナスタシアとして言うけど、今私に逆らったりしたら、たとえアルでも、それはアナスタシア家に逆らったって認識にするから」

「そんな……」

「私だって、アルにこんなこと言いたくないよ……だから、アルはただじっとしてて」


 シャーロットさんが立場とかを気にするのが嫌いな人だから、俺の方から積極的に執事として何かシャーロットさんの助けになれることはあるかと聞いてくることが今までの常だった。

 だから、シャーロットさんが今みたいに公爵の名前を使ってまで俺に何かを言ってくるというのは初めてだ……それだけ、シャーロットさんが本気ということだ。

 俺がこんなことを考えている間にも、シャーロットさんは今度こそ俺のシャツに手をかけて、それを脱がし始めた……そして、優しい声で言う。


「アルは難しく考えすぎなんだよ、ただ私とアルの体の一部が一つになるだけ、ね?」


 それがシャーロットさんの本音であれば、俺もここまで反関心を抱くことはなかったのかもしれないが、もし本当にシャーロットさんが今言ったぐらいの軽い行為なら、そもそもシャーロットさんが自分の気持ちを確かめるというとても大事なことにその行為を選ぶはずがない。

 だが、俺が今シャーロットさんに逆らったら、それは公爵家のアナスタシア家に逆らったことになるという────シャーロットさんには悪いが、俺はそういうのは気にしない。

 俺は、俺のシャツを脱がせようとしているシャーロットさんの手首を掴んで言った。


「シャーロットさん、やめてください」

「……公爵家のアナスタシア家に逆らうの?」

「身分なんて関係ありません、俺が今話してるのはシャーロットさんです」


 俺がそう答えると、シャーロットさんは冷気を漂わせて言った。


「アルが……アルが悪いんだよ?そんな、彼と同じようなことばっかり言って、何度も何度も、私に、彼の面影を……思い出させるから!」


 シャーロットさんは大声で言うと、俺に対して怪我はしないが身動きを取れなくする程度の氷魔法を放ってきたので、俺は咄嗟に体を転がらせてベッドから降りてそれを回避した。

 そして、シャーロットさんから距離を取る。


「シャーロットさん、落ち着いてください」

「アル、私から離れたらダメだよ……私から離れたら、アルも彼と同じように……だから────」


 シャーロットさんは続けて、主に俺の足元を中心に氷魔法を放ってきたが、俺はそれを全て躱す。

 もしシャーロットさんが本気だとしたら、少なくともこの室内でシャーロットさんの攻撃を全て躱すことはできなかったと思うが、幸いにもシャーロットさんは俺の足元しか狙ってきていなかったため避けることができた……とはいえ、このまま続けていたらいずれ当たるかもしれないし、かと言って俺はシャーロットさんに攻撃するつもりはない……なら。

 俺はシャーロットさんの家の窓を開いて、その窓に足をかけた。


「シャーロットさん、ちゃんと戻りますから……今は頭を冷やしてください」

「待ってアル、どこかに行くつもり?こんな夜に出かけたら危な────」

「遅くても明日には戻ります」


 そう言うと、俺は窓から降りて、とりあえずアナスタシア家の屋敷から遠くへ行くように走り出した。

 シャーロットさんがこうなってしまうのもきっと無理はない、前世で大好きな人とシャーロットさんにとっては理不尽な形で会えなくなってしまったんだから。

 俺のことを大切に思ってくれているシャーロットさんには、とても苦しいことだろう……だが、今のシャーロットさんには、きっとこれが一番良いはずだ。


「そんな、待って、待ってよアル……あるとくん!!」


 シャーロットさんの声が聞こえたような気がするが、俺は心を痛めながらもそれを無視して今はただただ走り続けた。

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