第9話 シャーロットさんの怒り

 ────じゃない!死を受け入れるな俺!!

 俺はシャーロットさんの殺気に思わず死を受け入れそうになった自分のことを心の中で叱責して、どうにか生きる道を探すことを決めた。


「ねぇ、今何してたの?もしかして、ここに来る途中の廊下での会話聞いて盛っちゃった?」


 シャーロットさんは俺に近づいてきて殺気を込めた言葉を放ってきたが、とにかくシャーロットさんが怒っている理由を考えよう。

 それは、おそらくアナスタシア家の執事としてあるまじき行動を俺がしてしまっていたからだろう。

 だが、それもグレンデルさんとの勝負のためだと説明すれば、きっとシャーロットさんはわかってくれる。

 俺は慌てずに、あくまでも落ち着いてシャーロットさんに説明することにした。


「グレンデルさんに勝負を挑まれて、一度引き受けてしまったので、アナスタシア家の執事として、一度受けた勝負から逃げるわけにはいかないと勝負に応じていました」

「勝負内容は?」

「それは────」

「僕から説明しよう!シャーロット・アナスタシア!」


 俺がその勝負内容を説明しようとした時、シャーロットさんが来てからずっと黙っていたグレンデルさんがシャーロットさんの前に出てきて大きな声でそう言って続ける。


「フェアールとの勝負内容は、このパーティーでどちらがより多くの女性を射止めることができるかという勝負だ」

「どっちから持ちかけた勝負?」

「この僕に決まっているだろう」

「そう、アルからじゃないんだね」

「当然だ、フェアールが僕に勝負を挑む気概なんて持ち合わせているはずもないだろう?」

「じゃあグレンデルに言っておくけど、今後アルにこんなふざけた勝負持ちかけるのはやめてくれる?侯爵の名前使って今までどれだけ女遊びしてきたのか知らないけど、アルはそういうのとは縁遠く生活してきてるから」


 シャーロットさんにそう告げられたグレンデルさんは、声を高くして言った。


「お、お、女遊び……!?ぼ、僕は女遊びなどしたことはない!」

「あんなことしてたのに?」

「女性と食を嗜むことはあるが、だからと言って女遊びと評されるような品のないことをした覚えはない」


 そう語るグレンデルさんの目には、侯爵貴族としてのプライドが感じられた。

 どうやら嘘をついている感じではないらしい。


「そう……じゃあ話済んだから、グレンデルはあっちに居るずっとグレンデルに視線向けてる女性のところ行けば?」


 そう言って、シャーロットさっはある方向に指を指した。


「何?僕に視線を……!?」


 グレンデルさんはその指の方向に体を向けると、一直線に走って行った。


「あんな単純な嘘に騙されてくれて良かった……アル、移動するよ」

「移動……?どこにですか?」

「廊下にある部屋、あそこなら周りに声が漏れることもないからね」

「え、どうしてそんなところに行くんですか?」

「どうしてって、まだアルにはお説教が済んでないでしょ?」


 説……教!?

 ……できるだけそんなことはされたくなかったけど、シャーロットさんがそうするというのであれば、それに従わないといけないのが俺だ。

 俺は恐れを抱きながらも、シャーロットさんと一緒に廊下にあった部屋の一室に入った。

 その部屋は、大きな白色のベッドと、テーブルを挟むようにして椅子が二つという、とてもシンプルな部屋だった。


「もっと色々あるかと思いましたけど、意外とシンプルなんですね」

「こういう場所だとコミュニケーションは自分の身体があれば十分だからね」


 俺とシャーロットさんはひとまず椅子に座った。


「じゃあアル、早速だけど、どうしてあんなことしたの?」

「どうして……?さっきも説明した通り、グレンデルさんに勝負を挑まれ────」

「そうじゃなくて、そもそもどうしてあんな勝負受けたの?」

「それは……勢いに押されてしまったというか」

「勢い、ね……じゃあアルは、女性にこういうところに連れ込まれたら、勢いでそのまま最後までするの?」

「し、しませんよ、どうしてそんな話になるんですか?」


 俺がそう聞くと、シャーロットさんは「確かに……今のは私がおかしいね、どうしちゃったんだろ、私」と、自分の言葉に対して疑問を抱いている様子だった。

 俺はここで、一応確認しておきたいことがあったため、シャーロットさんに聞いておくことにした。


「あの、シャーロットさんが怒ってる理由って、俺がアナスタシア家の執事としてあるまじき行動をしてしまったから、ですよね?」

「アナスタシア家……?違うよ、私が怒ってるのは、アルが私以外の女性に話しかけてたから────どうして私、そのことにこんなに怒ってるんだろ……嘘、私にとって一番大切なのは彼なのに、彼のはずなのに……」


 彼……シャーロットさんの前世で好きだった人。

 ……そうだ。


「そういえば、シャーロットさんがこのパーティーに来た目的は、もしかしたらその人がこのパーティーに来てるかもしれないからですよね、だったら探しに────」

「一通り見て回ったけど、彼い近しいものを感じる人は居なかったよ」

「……そうですか」

「……アルは、もし美人で優しい女性が現れて、その人がアルに交際のお願いをしてきたらどうする?」

「交際……俺が好きだって思える人なら、交際すると思います」

「……それで、その人と休日は遊んだりするってこと?」

「え?そう、なるんじゃないですか?」


 交際するということは当然そうなるとは思うが、どうしてそんな当然のことを聞いてきたのかと、俺は少し困惑しながらも一応返答はした。


「ある程度親密になったら、体も交わるの?」

「え……!?ど、どうしてそんな────」

「ごめん、今私おかしいみたい……一応一通り挨拶はもう済ませてあるから、今日はもう帰らせて」

「わかりました」


 その後、馬車で帰っている間、シャーロットさんは常に気難しい顔で何かを考えているようだ。

 そして時々俺の方を見てから、思い馳せるように窓から外の景色を見ていた。


「あるとくん、私は……」

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