第7話 グレンデルさんの申し出

 俺がシャーロットさんの部屋で読書をして過ごしていると、シャーロットさんが机に向かって紙に何かを書き始めたようだったので、俺は気になって聞いてみた。


「出された課題はもう終わらせてたと思うんですけど、何か家関連のやり取りですか?」

「ううん、前世の記憶を思い出してから、もしまた記憶が無くなったりしたら大変だから、日記をつけるようにしてるの」


 そうか、突如として出てきた記憶が、常に存在するとは限らない。

 もしかしたら明日にはなくなっている可能性だってある……そう考えると、俺も日記として前世の記憶を記録しておいたりしても良いのかもしれない。

 日記を書き終えたらしいシャーロットさんは、それを引き出しに仕舞って言った。


「そうだアル、今度パーティーに参加することになったから、アルもついてきてね」

「パーティー……?何のですか?」

「貴族と庶民の交流のためのパーティー……そこにアナスタシア家の跡取りの私にも参加して欲しいんだって」

「シャーロットさん、パーティーとか今まで興味なかったですよね?」

「もしかしたら、彼も来てるかもしれないから」

「なるほど……わかりました」


 その後、パーティーの日程が明後日の夜だということを伝えられた俺は、自分の部屋に戻ってメモ帳にそのことを記しておいた。

 そして、開いたメモ帳に書かれていたメモを見て、俺は思い出した。


「……今日は俺が買い出しに行かないといけないんだった」


 危うくそのことを忘れかけていた俺は、必要最低限のものを持って街に買い出しに出た。

 この世界の街というのは俺の元居た世界では中世ヨーロッパをイメージさせるが、ランプが町中を徘徊するように浮遊していたり、水で作られた門があったりと、前居た世界の中世ヨーロッパでは絶対にあり得ない光景なんかもあって、見ていて飽きない。


「ん……?き、貴様は……!」


 今日は確か、お肉重視の料理で、あとは簡単な野菜と果物と────


「フェアール!あの時の雪辱、僕は忘れていないぞ!」


 そうだ、海から採れた塩を買わないといけないんだった。

 俺はそれらのものを購入すると、家に帰────


「いつまで無視する気だ!!僕の声が聞こえていないのか!?」

「え……?」


 そういえば、買い物をしている間ずっと近くで騒ぎ声が聞こえていたと思ったが、よく見てみると俺のすぐ近くには俺やシャーロットさんのクラスメイトで、この前の対人戦練習の時には、シャーロットさんに両手足の関節部分だけを的確に凍らされてシャーロットさんとの戦いに負けたグレンデルさんが話しかけてきていた。


「あぁ、えっと、グレンデルさん?奇遇ですね」

「奇遇ですね、じゃない!僕がどれだけ待ったと思ってるんだ!」

「そんなこと言われても、買い物の途中だったので……」

「……まぁ良い、それよりもここで会ったがなんとやらというやつだ、この前の雪辱、晴らさせてもらうぞ!」


 雪辱って、俺は何もしてないはずなんだけどな……


「雪辱を晴らすって、ここで戦うってことですか?」

「馬鹿を言うな、こんな街中で戦ったら他の人の迷惑になるだろう」


 俺やシャーロットさんに対する態度と周りへの配慮が絶妙に噛み合ってなくて少し反応に困るな。


「じゃあどうするんですか?」

「そうだな……その前に、こんなところで立ち話をしていては店の迷惑だ、歩きながら話すぞ」

「……」


 もしかしたらこの人はあまり悪い人じゃないのかもしれないと思い始めていた俺は、グレンデルさんと一緒に帰り道を歩くことになった。

 そして、グレンデルさんの方から話し始めた。


「そうだな……今度のパーティー、シャーロット・アナスタシアも参加すると聞いたが、そうなるとフェアールも参加するんだろう?」

「そうですね」

「ならば……そうだな、どちらがより多くの女性を射止めることができるのかを勝負しよう」

「……はい?何を────」

「負けた方がシャーロット・アナスタシアのことを諦める!わかったな!?」

「は、はい?だから一体何を言って────」

「僕が伝えたかったのはそれだけだ!逃げることは許されないからな!!」


 そう言い残すと、グレンデルさんは街中を走って行ったが、小さい子供や老人の人が目の前に通ると立ち止まって、しっかりとその人たちのことを優先していた。


「……よくわからない人だな」


 だが、多くの人と話す機会があるということは、それだけシャーロットさんの好きだった人を探す機会が増えるということだ。

 俺はそう納得して、買ったものを手にアナスタシア家の屋敷に帰った。

 ────この時の俺は、まだ想像もしていなかった……グレンデルさんとの勝負のせいで、あんなことになってしまうなんて。

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