第5話 シャーロットさんの前世

 魔法学の座学の講義を受け終え、今日の講義が全て終わったので、俺とシャーロットさんは馬車で一緒に家に帰っていた。


「今日一日で色々な人に当たってみましたけど、収穫はなかったですね」

「想定内だけどね、こんな広い世界で、彼が同じ学院に居る可能性の方が低いんだし」

「シャーロットさんは俺に離れたところから見てるように言ってましたけど、確かそれぞれの生徒に質問したのは、前世にシャーロットさんとそのシャーロットさんが大好きな人っていうのが高校生として通っていた学校の名前を知っているかどうか、でしたよね?」

「そう、まずその名前を知ってるかどうかで前世から来たかどうかがわかるからね」

「でも、そんなことするぐらいならその人の名前を知ってるかどうかを聞いた方が早いんじゃないですか?」

「彼の名前は、少なくともこの世界では私だけが知ってたら良いの」

「そうですか……」


 相変わらずその彼、という人に対する思いはかなりのものらしい。

 それにしても……シャーロットさんの前世は日本の高校生だったと言うが、その割には今の公爵としての振る舞いや態度に全く違和感がない……前世も含めれば生きている年数は長いと言えるのかもしれないが、それでも精神年齢は今のシャーロットさんも前世のシャーロットさんも十六歳で同じなはずだ。

 もし前世の記憶を思い出した俺が、この世界では公爵だったとしても、きっと前世の記憶を思い出すまでの俺と同じようには振る舞えず、自分自身でそんな偉い立場であることに違和感を持って確実にボロが出る……それなのに、シャーロットさんのこの馴染み方はすごいな。


「シャーロットさんは、前世ではどんな環境で育ったんですか?」

「私の前世の世界のことを知らないアルが聞いても何もわからない話だと思うけど、気になる?」

「はい、気になります」


 確かに記憶を取り戻す前にシャーロットさんの話を聞いた時は、明確なイメージを持てずにあまり話の内容がわかっていなかったが、今は前世の記憶を思い出してるからある程度はわかるはずだ。

 俺が口を閉じてシャーロットさんが口を開くのを待っていると、シャーロットさんは俺から馬車の窓の方に視線を逸らして言った。


「一言で言えば……無味、苦痛って感じだったかな」

「苦痛……?」

「勉強も運動も簡単にできたし、容姿も整ってた方だからそこで何か悩まされることもなく、おまけに家が歴史のある家で、貴族制度があったわけじゃないから具体的にはわからないけど、この世界で例えると公爵みたいな感じだったの」

「そうなんですか……でも、それで何が無味で苦痛だったんですか?」

「だって、前世の私には頑張る理由が何もなかったんだよ?いざ何か頑張ろうと思っても、簡単にできちゃうから達成感もない……みんながしてた友達と遊んだりしてみたいって思ってた時期もあったけど、女の子は私がお金持ちですごいっていうのと容姿が整ってるからっていう理由で関わろうとしてきて、男の子なんて私と話したこともないのに告白してくる人が多くて……本当に何も楽しみがなくて、色々なことが面倒だったよ」


 そう語るシャーロットさんの目は、過去を思い出して心底嫌気が差しているという目をしていた。

 勉強も運動もできて、容姿も整っていてお金持ち……麗城さんを思い出すな。

 もしかしたら、麗城さんもそんな気持ちだったのかもしれない……でも、麗城さんならきっと、あのすごい才覚を伸ばしに伸ばして、幸せな人生を送っているだろう。

 俺が少し麗城さんのことを思い出していると、シャーロットさんは目に光を宿して言った。


「でもね……高校二年生になって、彼が現れた」

「彼……」

「私の学力にも運動神経にも容姿にもお金持ちってことにも、無関心な人……なんとなく気になって私から話しかけて、彼が私に言った言葉ってなんだと思う?」


 俺はさっき麗城さんのことを思い出したから、自然と麗城さんとの記憶を思い出した。

 俺も確か最初は麗城さんのことを名前だけ知っているという程度で、興味はなかった……だから、最初に言った言葉は確か────


「『確か、何々さんって言うんでしたっけ、こんにちは』とかですか?」

「────っ!」


 俺がそう答えた瞬間、シャーロットさんは窓に向けていた目を俺の方に向けた……その目は、とても驚いたように目を見開いていた。


「シャーロットさん……?」

「……アル、一つだけ聞きたいことがあるんだけど、良い?」

「はい?なんですか?」

「────十六歳の誕生日の日、アルも前世の記憶が戻ったの?」

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