第3話 彼を見つけたら

「……前世」


 誕生日の翌日、朝起きてから、俺は前世のことについて考えていた。

 前世に俺が過ごしていた日本や、学校生活、俺の生活事情などを全て思い出した……そして、別の世界があるという点でまず一番最初に気になるのは、俺やシャーロットさんが前世の世界に帰れるのかということだが────


「それはどう考えても無理か」


 あの世界での俺の肉体は、今考えたくもないことになってるだろうし、この肉体のまま転移したとしても、俺は幸い黒髪に黒色の目で生まれたから前世の日本でも馴染めるかもしれないが、シャーロットさんの場合は白髪に宝石のサファイアを連想させるような目……今の俺はこの世界で十六年も過ごしてるからそのことにもう違和感なんて感じないが、前世の日本でこんな美少女が突然転移してきたらそれはもう大騒ぎで、下手をすれば怪しい組織なんかにも目を向けられるかもしれない。


「それに、そもそも前世に戻りたい理由も────」


 無い、と呟こうとした時、俺は一人の少女の顔が浮かんだ……麗城さん。

 そういえば、俺が事故にあったから当たり前と言えば当たり前かもしれないが、あれから麗城さんにも会ってないな。

 見た目は言わずもながらの美少女だったし、頭も良くてたまに作ってきてくれるお弁当も美味しかった。

 俺にご飯を食べさせようとしてくるところはかなり異常だったが……それでも、前世で一番楽しかった時間がどの時間かと聞かれれば、あの何気ない学校生活を一緒に過ごした麗城さんとの時間だったのかもしれない。

 朝から長々とそんなことを考えていると、俺の部屋のドアがノックされたためそのドアを開けると、シャーロットさんが部屋に入ってきた。


「アル、良かった……もう体調は平気?」

「まだそのこと心配してくれてたんですか?俺はもう平気ですよ」


 俺がそう答えると、シャーロットさんは一度安堵した様子を見せてから、俺のことを下から上まで見た。


「どうしたんですか?」

「アルの寝巻き姿、久しぶりに見たと思って」

「あぁ、すみません、シャーロットさんの前で……今日は朝起きてちょっと考え事してて……」

「私の前でぐらい、いつもラフな姿してて良いんだよ?」

「シャーロットさんだけならラフな姿してても良いかもしれませんけど、家だと他の誰が来るかわからないので、もしそんなところ見られたら怒られます」

「ふふ、そこ普通なら、公爵家の令嬢である私に対してそんなことできるはずもない、じゃないの?」

「シャーロットさんがその名前に相応しいぐらいすごいことは知ってますけど、家ではよく笑ったりするの知ってますから、貴族の位とか関係ないです」

「……そう」


 シャーロットさんは、何かを思い出したように少し笑ったが、少し間をあけて言った。


「アル、今日から早速始めるよ」

「始める……?何をですか?」

「アルから言ってくれたんでしょ?彼がこの世界に来てるかもしれないから探せば良いって、だから彼を探すの!」

「あぁ、そうでしたね……でも、もし本当に見つけたらどうするんですか?」

「どうするって、それは今度こそ彼と一緒に遊びに出かけたり……でも、出かけたりしたら彼が公爵の位を狙うアナスタシア家に対する怨恨に巻き込まれてまた危ない目に遭う可能性も……」

「シャーロットさん?」


 シャーロットさんは深く考え込んでから言った。


「決めたよ……私、もし彼のこと見つけたら、彼にこの家の中だけで生活してもらうことにする」

「なるほど……確かにそれなら安全ですけど、外に出たいって言うかもしれないですよ?」

「鎖で繋いででも、氷で固めてでも、絶対に外になんて出してあげない────あの日みたいな後悔をするぐらいなら、彼に嫌われたって、私は……」


 その人が可哀想な気がしてきたが、シャーロットさんには並々ならぬ思いがあるみたいだから止めるのは難しいだろう。

 俺がその人だったら絶対に逃げ出したいと思うかもしれないが……シャーロットさん相手に逃げるのは難しいだろう。


「別に捕まえるわけじゃないと思うので、食事とかは出してあげるんですよね?」

「うん、ちゃんと私が栄養いっぱいの料理作ってあげて、食べさせてあげるよ?」

「なるほど……」


 一瞬、前世で麗城さんに食べ物を食べさせられた記憶が蘇ったが、シャーロットさんが続けて話し始めたので、俺はその話に耳を傾ける。


「当然、食欲以外の三大欲求って呼ばれてる睡眠も、ちゃんと寝やすいダブルベッドで、私が一緒に彼と寝るつもり……ダブルじゃなくてシングルの方が幅が狭くて体密着する?でも、睡眠の質を考えるなら……考えないといけないことができちゃった」

「そ、そうですか」

「で、あとの三大欲求の性欲だけど、それは私が交わってあげれば問題ないし……彼とこの家で過ごすビジョンが明確になって来たね〜!」

「そ、そうですね」


 シャーロットさんはとても大きな声でそう言ったが、俺は少しずつその人が可哀想になってきた……自分事じゃなくて良かったと安心してしまった俺が居るが、執事としてできる範囲でその人のことを最大限サポートするとしよう。

 かくして、今日から俺とシャーロットさんは、シャーロットさんが前世で大好きだった人というのを探すこととなった。

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