第4話 甘笠シロ

『高輪ゲートウェイ駅にて、アナライザーが出現。バランは直ちに現場へ出動せよ』


 勅命を受け、この私・甘笠シロ――通称バニラと彼女であるユイは高輪ゲートウェイ駅へと直行した。しかし、そこでアナライザーの声を聞いた後、変な空間へと迷い込んでしまう。

 強大な電磁波に晒され、頭痛と吐き気を覚えつつ私は目を覚ました。


「くっ……ここは……? ユイ、大丈夫……?」

「私は大丈夫だよ。それより、見て」


 ユイが指さすのは、高輪の街並み。なんて事ない普通の街のように見えるが、高輪の周りは電磁波によって囲まれており、道路は全てが交差点になっている。


「なんだか、変な雰囲気だ……」

「そうなの。まるで、別世界にでも来てしまったかのよう」


 ユイの言う通りだ。別の世界にでも来てしまったかのように、どこかしこに違和感を覚える。

 と、脳に直接変な声が流れ込んできた。


『アーーーーーカワイソウダネエ! ボクらは既にキミたちバランの中に紛れ込んでイルヨ! 底辺のキミたちにヒントをアゲチャオウカネエ、ボクは全部で5体! ボクらを全員殺すか、キミたちが全員死ぬまでこのフィールドは解除されないカラネエ!』

「この声……まさかアナライザー!?」

「みたいだね……」


 ユイにも聞こえていた……ということはやはり、この場にいる全員に向けて発しているのだろう。

 自分で言うのもなんだけれど、私は弱い。階級だって最下層のアンペアだ。でも、ユイを守る気持ちだけは誰にも負けていないと思う。だからこそ、私のやることは一つだ。アナライザーの全滅とかこの場を脱出とか、そんなことはどうだっていい。ただ、この命尽きるまでユイを守り続けるんだ。


「おや?」


 人間の気配。いや、アナライザーかも知れないが。私は咄嗟に身構えた。なぜなら、この場で信用できるのはユイ以外に居ないのだから。


「他の参加者……ですか。ならば私が"進化レボリューション"させて上げますよ」

「フヒッ! キャッキャッ!」

「下がってて。ユイ」


 顔に星型の傷のある男は、手に持っていた刀を掲げた。


「さあ、進化するのです!」

「そうはさせるか!」


 私は電撃をできる限り足に纏い、機敏に刀男の懐に潜り込んだ。

 怖い、足が震える。刀に少しでも触れればアウト、そして相手は振り下ろすだけという状況で、私は今懐に潜っている。後は渾身の拳を打ち出すだけなのに、相手の方が早かったらと思うと体が震えてしまう。

 その思考、実にコンマ2秒。

 私は覚悟を決め、足に纏っていた電撃を拳に移し変えて全力で打ち出した。


「うおおおおおおおっ!!」

「フヒッ!? 遠藤!?」


 遠藤と呼ばれる男は土手っ腹に大穴が開き、血反吐を吐いてその場に倒れ込んだ。

 必要なのは一瞬のBraveと、それを可能にする心のSHADOWだ。


「おやすみ。君も」

「フヒッ」

 

 同様に、変な言葉を話す男の顔面を吹き飛ばした。

 そんな私を見てユイは怯えたような様子だったが、それでも構わない。君が生きているのならばそれでいい。


「ごめんね、ユイ。お待たせ」


 返り血を浴びた服すら変える間も無く、ユイに駆け寄る。しかし、距離は少しとった。汚い自分に触れて欲しくはないから。君が大切だから。

 ユイは何か言いたげに口をもごもごさせていたが、どんな綺麗事だって私の耳には届かないよ。だって、君以外はどれだけ屍が重なったとしても無価値なのだから。


「んー、わっかんないな。君の思考」


 く、新手の敵か。次から次へと本当に鬱陶しい。さっきの2人よりは強そうだ、私の力では倒せそうにない……ならば、ユイを連れて遠くまで逃げ――――


「させないよ?」


 体が動かない。ユイに駆け寄ろうとしたのに、1歩たりとも……いや、声を出すことすらままならない。


「どうしたの、バニラくん!?」


 何をしているんだユイ、早く行け。逃げるんだ。まだ目覚めて少ししか時間が経っていないが、どうやら私はここまでらしいし、ユイには最後まで生き延びて欲しい。

 私は精一杯に口を動かし、逃げてと合図した。

 ユイはそれを見ていた。伝わったはずだ。なのに、ユイは素性も知れぬ男へと一心不乱に向かっていった。


「やああああっ!」


 ユイの背中からは翼が生え、空を滑るように男へと飛びかかる。しかし、男が人差し指をユイに向けた途端に見えない壁が形成され、ユイは何かに阻まれるように宙で動きを止めた。


「これ……以上、近づけないっ……!」

「意外と攻撃的なんだね。驚いた」


 男は向けていた人差し指を自身へと向け、指を鳴らした。


「リバース」


 刹那、ユイは目にも止まらぬ早さで吹き飛ばされ、ビルに激突した。羽は舞い散り、頭からは血を流し、地面に力なく倒れ込んだかと思えばピクリとも動かない。

 大声で名前を呼ぼうとするも、やはり声が出ない。すぐにでも駆け寄りたいが、足が動いてくれない。


「健気だねえ」


 男は私に近づき、頭を撫でた。


「君の脳信号を止めたのさ。だから何もできない。考えること、命令を出すことはできても、体から応答が来ることは無い。君は意識のある植物人間ってとこかな」


 反逆したいが抵抗ができない……! というか、私の思考を読んでいるのか……?


「その通り。僕に対する憤りも全て知ってるよ。そう、知ってる上で君にチャンスを上げよう」


 男は右手と左手を差し出し、不適な笑みを浮かべた。


「あの子の死に目を見せないように、キミを殺した上であの子を殺す。もしくは、あの子を生かす代わりにキミを僕の仲間にする。さあ、どちらを選ぶ?」


 なんだこの質問? そんなの答えは最初から決まってる、私は自分がどうなろうとユイが生きていればそれでいい。当然、後者だ――――


「そう。良かった! なんとかこれで、5体目のアナライザーが出来たよ」

「え――――」


 男が私を小突くと、喉元から声が漏れた。そして、体が自らの意思に反してずんずんと歩いていく。力が、電撃が漲ってくる。全身に筋肉のように電撃が纏われていく。逃げろ、逃げろ、逃げろユイ!

 傷つき、動かないユイを前にして、私は涙を流していた。同時に、拳を振りかぶっていた。


「はは。じゃあ僕は他の様子を観戦してくるから、じゃあね」

「あああああああああああああああっ!!!!」


 肉を潰す感覚。真っ赤に染まっていく腕。私は、最愛の、守らなきゃいけなかった者を、この手で。

 虚空に、私の断末魔だけが響いていた。

 同時に、私の何かが切れる音がした。


「……1人残らず殺す。それが私のBraveだ」

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ショック・シビリティ 今際たしあ @ren917

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