ドラマーIN US#3ビート

矢野アヤ

湧き出るビート

 ドラム講師歴30年になる夫に昨年の春、嬉し驚きの初体験があった。生後12ヶ月の生徒が新たに加わったのだ。女の子、名前はブラックリン。昨年、2歳半という最年少記録が更新されたばかりだったが、上には上がいる、というか下には下がいるものだ。

 正規のドラムセットだと、一番小さいサイズにしても、床にもベースドラムにも、彼女の足は届かない。幼児の場合、ベースドラムを踏む時には椅子に座り、立ち上がって高い位置にあるシンバルを叩く、という芸を見せる子もいる。流石によちよち歩きではまだ無理だ。そもそも自分では椅子にも座れない。言葉は、通じるのだろうか。

 ブラックリンの双子の兄と姉は1年近くレッスンを受けている。生まれてすぐに2人が刻むビートを聞いてきたのだ。きっと体の一部、生活の一部となっているのだろう。ドラムの椅子に座らせると、軽く1時間は叩いて遊んでいるという。それなら、ということでレッスンデビューとなった。

 ビートの原点は体内で聞く母親の心音だと言われる。生きているものすべては、体内で心臓が鼓動を打っている。つなり、身体こそが楽器なのだ。生きた楽器。だからなのか、ビートを刻むと、ウキウキ感が湧き上がるのかもしれない。今、ムズムズしてきた人、それは身体が内に秘めるビートを解放したい合図かも。そう、遠い記憶の中にあるはず。バケツやお鍋の蓋を叩いて遊んだ時のワクワク感が。誰もが、幾つからでも楽しめるもの、それがドラムなのだ。

 計らずしてドラムの早期教育が始まった。これは夫にとっても未知の領域。彼女の中から湧き出るビートを、ドラムに乗せて響かせてくれる日が待ち遠しい。ただ、問題が一つ。見えないのだ。正面からだとドラムに隠れてブラックリンが見えない。スティックだけが空を舞って音を奏でる。12ヶ月のドラマーは、彼女にしかできない技で、すでにみんなを楽しませている。

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