墓参りに来たらファンの方に遭遇した件

東雲飛鶴

墓参りに来たらファンの方に遭遇した件

 Y市で発生した列車転覆事故から10年。

 その日は鉄道会社主催の慰霊祭が執り行われた。

 年々訪れる遺族は減り、今年に至っては約半数ほどだった。

 もともと交通の便のよろしくない場所なうえ、事故現場は山に近いがゆえ、高齢の遺族にとって手を合わせに行くのも一苦労という有様で、最寄り駅近くに設営された慰霊祭会場に赴くのがせいぜいという者も実際多かった。これでは参列者が年々減り続けるのも仕方のないことだと誰もが感じていることだった。


 遺族の一人、祐子(28歳)は、参列者の中に見覚えのある顔を見つけた。

 センスのいい身なりのその男性は、都会から来ているのだろう。

 年の頃は自分と同じか、それより少し上ぐらいか。

 参列者の中でもかなり浮いているので、祐子は最初の慰霊祭の頃からよく覚えていた。


 式も終わり、人が帰って行くなか、祐子は折りたたみイスにぼーっと座っていた。

 その時――


「このあと食事でもご一緒しませんか?」

 さきほどの男性が声を掛けてきた。

「え? あの……私でよければ」

 全く知らない人でもないし、食事ぐらいならいいだろう。と祐子は付き合うことにした。




◇◇◇




 二人は駅前のファミレスに入り、ランチを注文した。

 ドリンクバーで飲み物を汲み一息つくと高橋から話を始めた。

「なんか慰霊祭の後って毎回、心の置き所が分からなくて、僕もよく今日の貴女みたいにぼーっとしてたんですよね。だからってわけじゃないんですが」

「ああ……なんとなくわかります」

 苦笑するその人は、IT企業勤務の高橋と名乗った。

 事故で兄弟を二人亡くしたという。

「うちは母を亡くしたんですが、実はアニメーターをやってたんです」

「ほんとに?」

 高橋が妙に話に食いついてきた。

(か、顔……近いです)

 イケメンに迫られて少々ドキドキしてしまった祐子は、ジュースを一気飲みして気を落ち着かせた。

「****という作品ご存じですか? その時の作画監督をしていたんですが、あ、作画監督って分かります?」

「わ、わかります! 名作ですよね! って、ええ……本当に? えええ」

橋は一瞬テンションを上げたが、既に故人であることに思い至り、困惑を隠せなかった。

「結局それが遺作になってしまったんですが、私は母の作ってきた証を見ていたくて、でも絵はあまり得意じゃなかったから、東京のアニメショップの店員になったんです」

 高橋はテーブルの上で手を組んで、困り顔で微笑みながら、祐子の話に耳を傾けていた。

「世間じゃアニメとか偏見のある人も多いから、こんな話するの高橋さんが初めてです。おかげでなんかスッキリしちゃった」

「お役に立てて何よりです。じゃあ、祐子さんはゲームをされたりしますか?」

「ゲーム? ええ、もちろん。母の作った作品でゲーム化されたものはいくつかありますし、普段からスマホゲーをよくやってますよ。バイト仲間とPT組むこともあります」

「そうですか……。実は僕、ゲームデザイナーなんです。アニメと同じく偏見を持つ人が多いので最初にIT関係だなんて誤魔化してしまいました。済みません」

「と、とんでもないです! ゲーム作られてるんですか! すごい!」

「今どんなゲームやられてるんですか?」

 問われて祐子はスマホの画面を見せた。

 高橋はひとつのアイコンを指差した。

「ほんとに!?」

 祐子は目を大きく見開くと、高橋の顔を凝視した。

「遊んで下さってありがとうございます。ご満足頂けていますか?」

「ご満足もなにもビッグタイトルじゃないですか!! ホントに?」

 高橋は嬉しそうに名刺を差し出した。

 確かに、見知った会社名とゲーム名、そしてエグゼクティブプロデューサーの肩書きがあった。

「イベントでもないのに、こんな話が出来るなんて。慰霊祭なんていつも憂鬱なだけだったのに、今日は来て本当に良かった」

「私もです。毎回、次は来るのよそう、よそうって思ってるのに踏ん切りがつかなくて……」

「僕もですよ。きっと妹と弟が、もう来るなよって言ってる気がします。僕がゲームを作り始めたのだって、あいつらを喜ばせたくて始めたのに、この世からいなくなって続ける意義が分からなくなってた」

「あんなすごいゲームなのに……」




◇◇◇




 ゲームやアニメの話で盛り上がった二人が店を出る頃には、空に星が輝いていた。

「車で来てるので、ここで失礼します。もう慰霊祭には参加しないので、お会いすることはないでしょうが、どうぞお元気で」

 高橋は深く頭を下げ、踵を返した。

「あの!」

 祐子が思い詰めた顔で呼び止めた。

「……どうされました?」

「高橋さんのゲームで喜んでいる人間がここにいます! どうか、忘れないで……ください」

 じっと己を見つめる祐子を、高橋は見つめ返した。

 ありのままの自分を分かってくれそうな女性に心が動く。

 でも、これ以上関わっていいものなのか。


 高橋は逡巡したが弟たちに背中を押された気がした。

 祐子は微動だにせず、真っ直ぐ高橋の瞳の中を覗くように見つめている。

 1分ほど見つめ合って、根負けした高橋は腹を決めた。


「車で送っても? もう少し話の続きがしたい、です」

 満面の笑みで、祐子はペコリと頭を下げた。


(了)

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