ずっと憧れていた子とずっと友達だった子、俺が出した結論は

生出合里主人

ずっと憧れていた子とずっと友達だった子、俺が出した結論は

 俺、二股ふたまたたくには好きな子がいる。

 彼女の名前は高嶺たかねはな


 かわいくて、清楚で、上品。

 色が白くて、髪が長くて、話し声はちょっと子供っぽい。


 「美少女」という言葉は、彼女から生まれてきたに違いない。


 中一の時同じクラスになって以来、俺の頭は彼女に占領されてきた。

 高校も彼女と同じところを選んだから、同級生となって六年目だ。


 だけど、彼女に気持ちを伝えたことは一度もない。

 と言っても、彼女は俺の気持ちに気づいているはずだ。

 彼女の俺に対する気持ちは、その冷たい視線を見れば明らかだった。


「ちょっと二股君、わたしのことジロジロ見るのやめてくれない?」

「えっ、いやっ、ごめん……」


「なにヘラヘラ笑ってるのよ。気持ち悪い」

「あぁ、ごめん……」


 俺が彼女からもらう言葉は、厳しいものばかり。

 でもしかたない。

 常にクラスの最高位に君臨する彼女と、最下層に沈んでいる俺。

 誰がどう見たってつり合わないんだから。


 ただ遠くから眺めているだけ。

 それだけでいいって、それしかできないんだって、俺は思い込もうとしていた。



 中学から一緒だった女子が、もう一人いる。

 彼女の名前は近場ちかばなお


 地味で、無愛想で、女らしさのかけらもない。

 なに考えてるかわからないし、アホ毛立ってるし、声が低くておっかない。

 よく見るとブスではないんだけど、とても付き合いたいとは思えない女だ。


 そんな直は昔から、なにかっていうと俺に突っかかってきた。


「おい二股、なにボケっと突っ立ってんだよっ」

「なんだよ近場、うるせえなあ」


 直は男同士みたいにしゃべってくるから、女子だと意識せずに話すことができる。

 二人でいると、兄弟げんかのような言い合いばかり。


 それでも同じ高校に入ってからは、二人で下校するような間柄になっていた。

 友達っていうか、いわゆる腐れ縁ってやつ?



 そんなある日、帰り道で直がいきなり詰め寄ってきた。


「択ってさあ、花のこと好きでしょ」

「な、なに言ってるんだよ」


「好きだったら告ればいいじゃん」

「そんなの、無理に決まってるだろ」


「あたしがアドバイスしてあげるから」

「ど、どうすればいいんだよ」


 直の提案に乗ってしまうなんて、俺はどうかしていた。

 花が女子大を志望していると聞いて、焦っていたんだろう。


「択はさあ、やっぱ花とエッチなことしたいんだよねえ」

「ええっ、そんなことない……か?」


「なんで疑問形なんだよ。花とやりたいなら、正直にやらせてくださいって伝えればいいじゃん」

「バカなこと言うんじゃねえ。お前、俺に恥をかかせたいだけだろ」


「あのねえ。あーいうお嬢様っぽい子は、ガツンと露骨に言われたほうがグッとくるんだよ」

「それはそうかもしれないけど、俺はべつに、そういうことがしたいわけじゃなくて……」


「よく言うよ。どうせ毎晩花のこと考えながら、いやらしいことしてるんでしょ」


 いやそれが、一度もないんだ。


 なんか花をそういうことに使うの、気が引けちゃって。

 それぐらい花はかれんすぎるっていうか、清純派アイドルみたいなイメージだったから。


「したこと、ない」

「はぁ? ウソつけよっ」

「ほんとに」

「マジで?」

「マジで」

「うわぁ、こいつ純情かよ」


 直は俺の顔をまじまじと見つめながら、戸惑っているようだった。


「そこまでまじめに好きなんだったら、もう気持ちを伝えるしかないよ。明日あたしが花を体育館の裏に呼び出してあげるから」

「いや、いきなりそんなこと言われても」


「こういうのはさあ、勢いなんだよ勢い。もう決めたから」

「勘弁してくれよぉ~」


 ちなみに直をエロいことに使っているとは、絶対に言えない。

 だってあいつ、時々胸が当たってるし、たまにパンツ見えてるし。

 男としては、しょうがないだろ?



 直は強引に計画を進め、俺は体育館の裏に立たされることになる。


 五年以上憧れ続けた花が現れた時、俺の緊張は限界を超えていた。

 頭が真っ白になって、思考停止に陥ってしまう。


「二股君? 直からここへ来るように言われたんだけど、なに? 告白ならお断りよ」


 告る前にフラれたような気がしたけど、パニクっていた俺には彼女の言葉が理解できない。


「あの……俺にとって高嶺さんは、天使のような存在であって……」

「だから、あなたとお付き合いするつもりはないって言ってるでしょ」


「俺は決して高嶺さんとやりたいわけじゃなくて……」

「ちょっと、自分でなに言ってるのかわかってるの?」


「本当なんだ。高嶺さんで一人エッチしたこと、一度もないんだよぉ」

「いやだっ。もうサイテー!」


 走り去る花の姿を、俺はなんてきれいなんだと思いながら見とれていた。

 俺がやってしまったと自覚したのは、壁に隠れていた直が現れた時だ。



「いいね~。あんた最高だったよー」

「俺、なんてことを……」


「いや、初回はとにかくインパクトだから。記憶には刻まれたはずだし、これからだよこれから」

「お前のせいだ……全部お前のせいだ!」


「人のせいにしてんじゃないよ。択は自分の気持ちを正直に伝えたんだ。カッコつけてウソつくより、ずっといいと思うけど」

「終わった……。俺の人生はお終いだ~っ」


 俺は全力で走った。

 雨が降ってきて、俺はぬかるみにはまって転んで泥まみれになる。

 本当に、人生が終わったような気がしていた。



 翌日から、花はあからさまに俺を避けるようになる。

 それまでは俺の存在を気にも留めていなかったけど、はっきり嫌いだと意思表示をするようになったんだ。


 一方、直は妙に優しくなった。

 下を向いてばかりいる俺の背中を、直はポンポンとたたいてくる。


「択、このお菓子あげる」


「ねえねえ択、学校終わったらアメリカンドッグ食べにいかない?」


 もう考えることがいやになっていた俺は、直に言われるがままになっていた。


 そんな俺たちを、時々花がきつい目でにらみつけている。

 かわいい顔には似合わない舌打ちまでして。



 学校帰り、直は俺の肩に手を回しながらささやいてきた。


「択、いい加減元気出しなよ。そろそろ花に二回目の告白をしないとね」

「じょうだんじゃないよ。俺はもう、恋なんてこりごりだ」


「はあ? あんたの花への気持ちは、そんなもんだったわけ?」

「だって俺は……俺はこんなにダメな人間だから、誰にも好きになってもらえない……」


「そんなことないって。あたしはあんたのこと、好きだよ」


 俺は顔を上げて直の顔を見た。

 微笑んでいる直が、いつになくかわいらしく見えた。


「好き? お前が、俺を?」

「そうだよ。だから自信持って、もう一回花にアタックしな」



 その日から俺は、底なし沼のような悩みにはまった。


 直のやつ、普段俺のことボロクソ言ってるくせに、実は俺に気があったのか。


 性格悪いと思っていたけど、ただのツンデレだったのかもしれない。

 恋心を隠して友達付き合いしてたなんて、けなげすぎて泣かせるじゃねえか。


 俺にあんなことを言ってくれる人、もう一生現れないかもしれない。

 直こそが、俺に救いの手を差し伸べてくれる天使だ。


 そもそも俺は、本当に花のことが好きだったんだろうか。


 外見とか声とか雰囲気とか、そういうのが好みだっただけなんじゃないのか?

 花でエッチなことをしなかったのも、自分の中でかっこつけてただけなのかもしれない。


 やっぱ付き合うなら、性格が合うほうがいい。

 万が一花と付き合えても、俺は緊張するばっかりで楽しくないだろう。

 それよりは話しやすい相手と、一緒に笑っているほうがいいに決まってる。


 そうか。

 俺が本当に好きなのは、直だったんだ。


 なんで今まで気づかなかったんだろう。

 この気持ちを伝えたら、直はきっと喜んでくれるはずだ。



 通学途中に直を見つけた俺は、考えていたことをそのまま伝えた。


「あんた、バカじゃないの?」

「え?」


「なにあたしと付き合うとか言ってんだよ」

「だって直は、俺のこと好きなんだよね」


「確かに好きとは言ったけど、付き合いたいとは言ってないじゃん」

「ごめん。言っている意味がわからないんだけど」


 直は腕を組み、深いため息をついた。


「あのねえ、あたしが好きなのは、花のことを好きなあんたなの」

「直は高嶺さんを好きな俺が好き……ごめん、わけわかんない」


「五年も六年もずっと花のことが好きで、相手にされなくても一途に思い続けて、いざ告ったら舞い上がって暴言を吐く。そんなあんたをあたしは、いいなって思ってたんだよっ」


 そうか。

 直はおもしろがっていただけのように見えたけど、僕の片思いを気に入ってくれてたのか。


 人の恋愛に憧れるってよくわからないけど、腐女子とかもあるしなあ。

 一途な俺を見て好きになってくれるなんて、そんなお前が尊いよ。


「理由はともあれ、好きになったら付き合いたくなるもんじゃないの?」

「だからちげーし」

「なんで違うの」


「あんたはいつまでも花の尻を追いかけていればいいんだよ。あたしはその無様な姿を眺めていたいんだから」

「それじゃあ俺もお前も付き合えないままじゃないか」


「なんでそれじゃいけないのっ」

「俺はやっと高嶺さんへの気持ちを断ち切って、直を好きになれると思ったのに」


「余計なお世話だよ。あんたは今、弱気になってるだけ。今でもあんたが好きなのは、花だけなの。いいからずっと花のことだけ考えていなよ。何百回フラれても、おじいさんになっても。ずっと粘っていれば、ワンチャンあるかもよ」

「でもじじいになってからじゃなあ」



 俺は混乱していた。

 直の考え方もよくわからないけど、自分の気持ちもだんだんわからなくなってきた。

 結局俺が好きなのは、花なんだろうか、それとも直なんだろうか。



 さらに俺を混乱させたのは、花の俺に対する態度だ。


 俺が近くにいるだけでイライラして、親の仇を見るような目で俺を見る。

 もう関係ないんだからいいじゃないか、と思っていると、いきなり声をかけてきた。


「ちょっとあなた、なんなわけ?」

「いきなりなんなわけって、なんのこと?」


「わたしにあんなひどい告白をしておきながら、なんで直と仲良くしてるのよっ」

「あぁ、なんか俺の高嶺さんへの片思いを応援してくれているらしくて。でも安心して。もう高嶺さんのことは、きれいさっぱり諦めたから」


「なにそれ。サッサと直に乗り換えたってわけ?」

「いや、直はべつに、俺と付き合いたいわけじゃないみたいだし」


「つまりあなたはまだ、わたしのことが好きだってことね」


 花の言葉に、俺は少しだけ反感を抱いた。


 確かにまだ、花への気持ちはある。

 だけど少しでも気持ちが揺らいでいるなら、その気持ちは本物とは言えない。

 だから今も変わらず花を好き、ということはないんだ。


「いや、前みたいには好きじゃない」


「はあ? よくそんなことが言えるわね。中一の時からずっとわたしのことをいやらしい目で見ていたくせに」

「それなんだけど……よく考えてみると、俺は高嶺さんの見た目が好きだっただけなのかもしれない」


「わ、わたしは見た目だけだっていうの!」

「性格もいいって思ってたんだけど、自分とは合わないかもって今は思ってる。だから憧れるだけで、付き合う相手じゃないのかなって」


「あなた何様のつもりなの! あなたみたいなクズと付き合う女なんて、世界中どこにもいないわよ!」

「だよねー。アハハ~」



 翌朝、なぜか花が俺にあいさつをしてきた。

 それまでは俺があいさつしてもガン無視だったのに。


「おはよう、択」

「え、択? あぁ、おはよう、高嶺さん……」


「あの……しょうがないから、これからは花って呼ばせてあげるわ」

「えっ、いいの?」


「その代わり、直と仲良くするのはもうやめて」

「ええっ、なんでそうなるの」



 その様子を見ていた直が、俺の腕をつかんで引っ張っていく。


「ちょっと択、花のことはもういいんじゃなかったの?」

「諦めるなって言ったのは、直じゃないか。そういう俺がいいんでしょ?」


「だけど択は、あたしと付き合うつもりになってたよね。あんたの気持ちは中途半端なんだよ。もっとしっかりしなさいよっ」

「直はいったい何がしたいんだよぉ」



 そして昼休みに事件は起きた。

 教室でみんなが見ている前で、花と直が取っ組み合いのケンカを始めたんだ。


「なんなの花、択の気持ちをもてあそんでんじゃないよ!」

「そういう直こそなんなの? 択のこと好きなわけ?」


「花を好きな択が好きだったけど、簡単に気持ちが揺れるような女じゃあ、択が好きになる価値がないんだよ!」

「だから自分のものにするってわけ? おあいにく様、択は昔も今もこれからも、ずーっとわたしのことだけが好きなんだから!」


「あら残念~。択にとって花は、見た目だけのお人形さんなんだよ!」

「直なんか択にとって、わたしから相手にされなくて寂しい時の、慰みものにすぎないじゃないの!」


「あんたにあたしと択のなにがわかるっていうのさ!」

「あなたこそ、わたしと択の歴史がわかっていないわ!」



 あれ?

 なんなのこれ。


 要するに俺は、二人から好かれているわけ?

 それならそうと言ってくれればいいのに。


 追いかけると逃げるのに、離れたとたん寄ってくるってなんだよ。



「結局択は、わたしと直、どっちが好きなの?」

「そうだよ。どっちを選ぶのか、今ここではっきりしな!」


「えっと……そうだ、いっそのこと三人で付き合うっていうのは……」


「サイテー! あなたがそんな人だとは思わなかったわ。でも本当はわたしだけが好きだって正直に言えば、付き合ってあげてもいいわよ」


「あんたは二人同時に付き合えるような男じゃない。あんたがあたしだけを選んでくれるなら、あたしも自分にウソをつくのはもうやめるよ」



 俺はどうすればいいんだろう。

 なんか、全然喜んでいない俺がいる。


 俺はずっと女の子にモテたいと思っていた。

 でもいざモテてみると、めんどくさくてたまらない。


 こんなにわずらわしいなら、一人でいるほうがましだ。


「わたしの所有物に手を出さないでよ! このわたしが直なんかに負けるはずないんだから!」

「択はあたしだけのオモチャなんだよ! 花だってゲームの駒にすぎないんだからな!」


 そういえば花と直って、中学の時から張り合っていたっけ。


 この人たち、本当に俺のこと好きなのかな。

 俺のことなんか、どうでもいいんじゃないのか?


 いや、人のことは言えないな。


 俺は花に一途な自分が好きだった。

 そして直のほうがいいと思った自分も嫌いじゃない。


 二人と同じように、俺は自分のことしか考えていなかった。




 今ようやくわかったよ。

 俺が好きなのは誰なのかってことを。


 俺が愛しているのは、この世でたった一人。

 それは自分だ。


 それって、いけないことか?


 俺は誰からも愛されていない。

 だったらせめて自分だけは、自分のことを愛してあげるんだ。


 もう他人なんかどうでもいい。

 俺は一生、自分だけを愛そう。






 俺は誰とも付き合わないまま、青春時代を過ごした。

 ずっと童貞だったけど、恥ずかしいことだとは思っていない。


 でも三十代になってついに、この人だって思える相手と出会えた。

 自分の醜い部分もさらけ出せるような相手だ。


 焦ることなんかない。

 遠回りしたっていい。


 どんな人にも、相性のいい相手はいる。


 自分と相手、二股をかけることはできるんだ。

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