第10章 エピローグ


〈ゾロの神話〉


 確率の神、「偶然」の化身、悔恨と不安によって「時間」を創造せし邪神、ゾロの、その恐るべき奸計を見抜くことができず――


 神々は、さいころを振ってしまった。




 足元の路面は、馬車や人の靴に、そして戦列機のタイヤに踏まれ過ぎて、黄色く変色していた。


 「竜骨街道」の硬い骨のような路面を靴の爪先でつついてから、ケイ・ボルガは、朝から歩いてきた道を振り返った。背後には、木組みのフォトランの街並みが、まだ小さく見えている。それには軽く一瞥をくれただけで、ケイは視線を戻し、道の行く先を眺めた。黄色く薄汚れた野ざらしの骨のような道が、幅広く、真っすぐに伸びていて、その先はもう、真昼の陽光に輝く青い海が見えている。


(この道をずっと行けば、姫さまのいるイクスファウナか……)


 無意識に、旅装のマントの下の「夜の剣」の柄を、指先で撫でていた。この魔剣をシオンから手渡されたのはついこの前なのに、もう、自分の身体の一部になっている、と感じた。


 その指先で、今度は胸のポケットを押さえた。そこには、イクスファウナ王家からの正式の召喚状と、呪いのレアカード「夜」があった。カードの硬い表面を、ポケットの布地の上からでも感じ取れた。


(この『夜』を引き当てて、魔剣を手に入れて魔剣士になって……そして、戦列機に乗って戦った。でも僕は、結局、自分のためのシナリオを、自分が主人公の『人生という物語』を、手に入れることはできなかった)


 ケイはまた、「竜骨街道」のかなたに見える、フォトランの街並みを見やった。見慣れているはずのそれが、ずいぶん小さく、みすぼらしく見える。しかし、心の片隅では、なぜか懐かしかった。


(自分のシナリオの代わりに得たものは、ただ、恐るべき『偶然』。混沌の幻視と、永遠の夜の呪い、それだけだ)


 「夜」のカードに浮かぶ予言が示すものが、英雄の物語なのか、それとも夜の闇の中での破滅なのか。それすら、今のケイには見極めることができなかった。


 ただ、一つだけ、この戦いの中で確かに得られたものが、自分の中にある。そう、ケイは思った。


(それでも僕は行くよ。この道を進む。夜の闇の中へ足を踏み出す。それだけが、今の僕にあるものだ。この先に呪いの運命が待っているというなら、そこまで行って、そいつの顔を見てやろう。こことは違う、何か見たことも聞いたこともないものを見つけに、僕は旅に出たんだ)


 ケイはまた、胸ポケットを押さえた。そこに入っている召喚状には、イクスファウナ王城での叙勲式に出席するようにとの指示がある。それとともに、学園都市パラディーソへの入学許可と、学費の全額支援がケイに与えられることが記されていた。


(学園都市パラディーソか……姫さまが楽しみにしてた、古代の卵料理のレシピ本は、見つかるかな?)


 一瞬、テアロマの笑顔と、毎日腹いっぱい食べた手料理の味が、身体を満たした気がした。それからケイは、あの小さな姫君が夜桜の下で語った、カードの予言の解釈を思い出した。


(『大饗宴』か……まさか、ね)


 ケイは、もう、背後の木組みの街並みを、振り向かなかった。顔を上げ、「竜骨街道」の路面へと、革靴の足を一歩踏み出す。そしてまた一歩、また一歩と、ただ前進だけを念じて、爪先で硬い路面を蹴り出していった。


 進み続ける彼の足の下で、黄色く汚れた路面は、いつしか白く輝きを取り戻した。その道は陽光に光り輝き、どこまでも、どこまでも、はるかかなたまで続いていた。






 (第1巻 終わり)


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僕は、鋼になる。――歯車式の鉄血戦記(ギヤードクロニクル)―― 絵茄 敬造 @Ena_Kzou01

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