妖精のひとりごと

 廃墟領の片隅をぶらぶらとほつき歩いていると、小さな妖精たちの賑やかな声が耳に入ってくる。


「姫さまー!」

「姫じゃないわ」

「えー? でもだって、わたしたちの姫さまと同じ血なんでしょー?」

「名前だって同じー」

「しっ、名前のことはいいのよ。それに貴方たちの姫様は私のご先祖様よ」

「そうですよ! レティシア様は姫様ではなく王妃様ですよ!」

「まだ王妃でもないわ」


 レティだ。

 最近廃墟領に顔を出すようになった妖精たちにもすっかり懐かれて、体中まとわりつかれてる。レティを最初に見つけたのはこのピッテ様なんだからあまり図々しいマネするなと後で叱りつけておかないと。

 そう覗いてるうちに張り付くちび妖精たちは隣にいる召使いの女にぺりぺり剥がされていく。

 最近増えたうるさい女だ。いっつも騒ぎを起こしては怒られてる。でもレティを大事にしてるからみんな本気では怒ってないんだ。オレもそんなに嫌いじゃない。

 でもオレはもう一人の召使いの女の方が好き――もちろんレティの次に、だけど。だってあいつが作るお菓子はどれもこれもめちゃくちゃうまいんだ。きっとニンゲンの中でもすごくエラいやつだ。そしてその女を召使いにしてるレティはもっとエラいんだ。


 そのままぶらりと足を進めれば城奥の庭園にやってきていた。

 神霊サマの泉があった地下室の屋根はきれいに吹き飛んで、地上からもよく見えるようになってる。これをやったのはあのキモイ男と白い竜らしい。あのキモイのがレティの兄キなんて未だに信じられない。

 でもこれで泉には隠し扉を通らずに自由に行き来できるからそこは感謝してやってもいいかな。毎日妖精たちがかわるがわるやって来ては水浴びをしている。今日も何人か来てるみたいだ。オレはまた今度でいいや。

 

 おいしい匂いにつられて調理場までくるとエラい方の召使いの女がふんふん鼻歌を歌いながら何か作ってる。……すげーいい匂いで蕩けそうだ。

 吸い寄せられるように中に入れば台の上には焼きあがったばかりのお宝が並び、白い湯気を立てている。

 ひとつ手に取るとアツアツで落っことしそうになって慌てて口でキャッチ。(あふい!)でもうまい! ほっぺたが落ちないか不安になって慌てて両手で抑える。


(またお茶会やらないかな)


 レティが大勢の妖精たちを招いて開いたお茶会はそれはもう夢のようなひと時だった。食べやすいようにと一口大のお菓子が色とりどりに並び、花や果実を形作っていて。妖精みなを虜にし大盛況に終わった。

 思い出しつつ、もぐもぐとその幸せな甘さを堪能していると視線を感じ、背筋にぴりっと刺激が走る。視線の元を探って外を見れば……やばい、あのネクラ騎士だ。姿は見えてないはずだけど、確実にオレを睨んでる。

 あいつはすぐに木の棒を振り回してくるヤバイ奴だ。この前だってふさふさの緑苔をその棒に生やしておしゃれにしてやったのにめっちゃ殴られた。ゲイジュツの分からない野蛮人め。

 ヤツの視界から外れる様にゆっくり壁際に移動して反対側の出口から逃亡した。


 隣の部屋に滑り込むと今度はキンニク二人が、向かい合って座ったまま黙り込んでる。いつも騒がしくて――主に片方が――暑苦しいヤツラだけど、こうして黙っていても暑苦しさは変わらないな。

 でっかい体をお互い丸くして、真ん中のテーブルを覗き込んで……何してるんだ?

 一緒になって覗き込んでみるとテーブルの上にはマスがたくさん描かれた板と、さらにその上に三角に尖った木片やら骨片やらが並んでいる。この欠片がどうかしたのか? 魔力とかは何も感じないけどな。手前のひとつを手に取り触ってみるけどやっぱりただの欠片だ。……つまんないの。適当な場所にその欠片を戻したとき、頭上から突然声が上がり、びっくりして尻もちをつく。


王手チェック!」

「はぁ⁉ なんでだよ……アレ、俺の駒がなんでそんなとこに⁉」

「サイモン様、これで私の勝ち越しですね。さて、本日の洗濯当番はお願いいたします」

「いやいやちょっと待て、おかしいだろ! さてはあの妖精小僧がいやがんな⁉」


 やばい。なんかよく分からないけどオレにとばっちりが向いてる? 慌てて逃げようとするけど転んだ拍子に服の裾が床のひび割れに引っかかって立てない。

 もたもたしていると上から腕が伸び、俺の体をひょいと持ち上げたかと思うと窓から外へ放り出される。レティの召使いの男の腕だった。どうやら助けてくれたらしい。もう少し丁寧に扱えとも思うけど今日は勘弁してやるさ!


 再び城の前庭に戻るとネクラ騎士はもういなくなってる。その辺の瓦礫に腰を下ろしほっとするのもつかの間。今度は空が騒がしい。


(あいつ、また来たのか!)


 水色のデカい竜に乗った不愛想なオトコ。

 めっちゃ怖い目をして周りを凍り付かせる恐ろしいオトコ。

 あいつはどうやらこの国の未来の王サマらしい。

 レティを助けて魔族を追い払った強いオトコ。

 レティが愛情を向ける唯一のオトコ。


(……昔話とおんなじだ)


 ~昔々、魔族と呼ばれる異界の存在が地上を荒らし、ここ妖精の国も滅亡に危機にありました。

 そして勇気ある妖精の姫ティーエ様と人間の王子様が立ち上がり、力を合わせて魔族を打ち滅ぼしたのです。

 妖精の国は平和を取り戻し神聖な水を湛える泉を中心に栄え、ティーエ様は人間の王子様と結婚し幸せに暮らしました~


(今度は平和が長く続くといいな)


 そう思いにふけっているといつの間にかレティがいて、あのオトコにいつものように抱きしめられている。

 毎度の事なのにレティの顔はいつも耳まで真っ赤だ。


(きっと続くさ、あの二人なら任せて大丈夫)


「あらピッテ、来てたのね! 一緒にお茶でもいかが?」

「! やった、お菓子食べたい!」

「……ちっ」


 腕から抜け出したレティがオレを見つけて手を差し伸べる。レティの後ろから舌打ちが聞こえた気がしたけど聞こえないふりしておこう。だって怖いから。

 握った白く細い手はぽかぽかと温かくて心地いい。

 いずれは王子サマの所に行ってしまうらしいけど、どこにいたってレティはオレたちの姫様だ。

 妖精たちの祈りはいつもレティと共にあるんだ。


 精霊の愛し子に精霊の加護があらんことを。

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廃墟暮らしの悪役令嬢は婚約破棄予定の王太子に溺愛される さくこ@はねくじら @sakco

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