最強のグランドマスター、大往生の前に初恋と秘密を語る

葉月双

第1話

 彼はベッドで死にかけていた。

 すでに90年を生きた彼には、後悔なんて1つもない。


「パパ、じぃじ死んじゃうの?」


 彼のひ孫が、不安そうに言った。

 ここは彼の屋敷の、彼の部屋。

 正しくは、彼と妻の寝室だったが、彼の体調が悪くなってからは、彼が1人でベッドを占有している。


「お別れを」


 彼の孫娘の旦那が、淡々と言った。

 この部屋に集まっているのは、彼の妻、彼の息子、彼の孫娘夫婦とその娘。


「じぃじ……」


 ひ孫がベッドに登り、彼の顔を覗き込む。

 彼はその気配に目を開き、微笑んだ。


「まだ死なんよ」


 彼の声はそれなりに元気だった。


「本当?」とひ孫。

「本当だとも」と彼。


「じゃあ、また昔話を聞かせて!」ひ孫が言う。「じぃじの話、すごく面白いの!」

「ああ。いいとも」彼はいい気分で言う。「秘密の話をしてあげよう」


 彼はよく、昔話を子供たちに聞かせていた。

 孫たちにも、そしてこのひ孫にも。

 でも、実はまだ、語っていない物語があった。


「あれはまだ、ワシが20代の頃じゃったか……。ワシは騎士団に入っていて、ドラゴンの討伐に向かっていたんじゃ」


 彼がドラゴンと戦った話は、誰もが知っている。

 なぜなら、彼はドラゴンを追い返した英雄だったから。

 その功績で、平民から男爵に成り上がった。

 それからも研鑽を積み、王国唯一のグランドマスターとして君臨し、伯爵にまでなった。

 まぁ、男爵位も伯爵位も、すでに子供たちに継承して久しいが。


「騎士だけでなく、治療術士たちも一緒でのぉ」彼は昔を懐かしみながら言う。「その中に、とても美しい、金髪のご令嬢がいてのぉ」


 この話を、ここに集まった者たちはみんな知っている。

 彼の初恋の話だから。

 ひ孫も、この話は知っていた。

 でも、続きを促した。

 なぜなら、彼が秘密を話すと言ってくれたから。



「この平民野郎が! ちょっと強いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」


 貴族の令息が、俺をぶん殴った。

 ここは騎士団のキャンプ。

 ドラゴン退治に向かう途中の出来事。

 俺はやられたフリをして、地面に転がった。

 ああ、チクショウ、騎士団の制服が汚れちまう。

 でもまぁ、命には替えられない。


「あーあ、平民が騎士になれるってだけでも腹立つってのに、テメェ、俺らより目立ってんじゃねぇぞ」


 別の令息が俺を何度も蹴りつける。

 クソ、痛いじゃねぇか。

 元々、騎士は貴族しかなれなかったのだが、今は違う。

 10年ほど前、国の領土内で魔物が増加した。

 それに伴って、国は戦力の増強を図った。

 最初にやったのが、平民を騎士にすることだ。

 貴族より平民の方が遙かに数が多い。

 つまり、平民の中から選りすぐれば、騎士団の底上げができるってわけ。

 そしてそれは功を奏した。


「まったく、平民の星だかなんだか知らねぇが、お前なんか所詮は使い捨てなんだよ」


 更に別の令息が言った。

 キャンプから少し離れたこの場所に俺を誘い出したのは、3人の貴族令息。

 もちろん3人とも騎士だ。

 ちなみにこの場所は森の入り口付近なので、木や生い茂る草で周囲からは見え辛い。

 この森の先に、ドラゴンのレアがあるらしい。


「いいか平民野郎」


 最初に俺をぶん殴った赤毛の令息が、俺を見下して言う。


「お前も含め、平民の騎士なんて俺らの盾に過ぎないんだ。それを忘れるな?」

「……はい。分かっております、男爵令息様」


 俺は大人しく赤毛の令息の言葉を受け入れた。

 理由は単純。

 刃向かっても、いいことがないから。

 貴族は平民を処刑できる。

 簡単ではないが、それなりの手続きを踏みさえすれば、この令息でも俺を処刑可能なのだ。

 だから刃向かって怒らせても、俺が死ぬだけだ。

 まぁ、こいつらを皆殺しにして埋めちまうってんなら、話は別だが。


「よぉし。ドラゴンが現れたら、まずはお前が平民どもを率いて突っ込め」

「……分かりました」


 俺が素直に返事をすると、赤毛の令息は他の2人とこの場を去った。

 やれやれ、と俺は起き上がり、制服の土を払う。

 あんなクズどもでも、それなりに戦力にはなる。

 ドラゴンを退治するまでは、騎士団の戦力を減らすべきじゃない。

 それに。

 殺そうと思えば、あんな奴らはいつでも殺せるのだ。

 そんなことを思いながらキャンプに戻ると、金髪の少女が駆け寄ってきた。

 騎士団と一緒に来た治療術士たちの1人だ。


「大丈夫ですか!? 殴られたんですか!?」


 少女は俺の顔を見て、慌てたように言った。


「構わないでくれ……じゃない、ください」


 俺はこの少女のことが、割と気に入っている。

 美人で胸が大きいからだ。

 いや、それ以上に、貴族のくせに平民の俺らにも気軽に接してくれるのだ。

 治療術士たちは当たり前のように貴族の騎士たちを先に治療する。

 だけど、この少女だけはケガの大小で治療する順番を決めてくれる。


「ですが! あなた様は大切な戦力です! こんなところでケガをしていいはずが!」

「頼みます伯爵令嬢……あなたが騒ぐと、また殴られるので……」


 少女は美人で胸が大きいから、令息たちに人気なのだ。

 もちろん、俺たち平民騎士の間でも大人気。


「仲間内でこんなこと……団長に抗議するべきです!」

「いや、団長も貴族ですから……」


 俺がそう言うと、少女は悲しそうな表情を見せた。

 ああ、そんな顔をして欲しいわけじゃ、なかったのだけれど。


「せめて治療だけでも、させてください」


 言ってすぐ、少女は俺に回復魔法を使った。


「……殴られて良かった」

「え?」

「君が心配してくれるから」


 俺はウッカリ、本当にウッカリ、本音を漏らしてしまった。

 そうすると、少女は顔を真っ赤にして「これで大丈夫ですから!」と言い残して去った。

 だって美人で胸が大きくて優しい伯爵令嬢だぞ?

 殴られて良かったってなるだろ?

 仲間たちに自慢しよっと。

 俺はルンルン気分で仲間たちのキャンプへと向かう。

 貴族と平民は少し離れてキャンプしている。

 まぁ、離れていると言っても、見える範囲にいるけれど。


「よぉ、聞いてくれよ! さっき……」


 俺が仲間の平民騎士に声をかけたその時。

 森から魔物の群れが押し寄せてきた。

 俺たちはすぐに応戦した。

 応戦しながら周囲を確認すると、貴族たちのキャンプも襲われている。

 むしろこっちより激しく攻められている様子。

 ざまぁみろ、と思ったが死なれては困る。


 ドラゴンと戦う前に、こんな雑魚どもに削られてたまるか。

 そう、魔物の数は多いが、割と弱い魔物ばかりだった。

 俺はどんどん魔物を倒しつつ、貴族たちのキャンプの方へと向かった。

 伯爵令嬢が無事か気になったからだ。

 そうすると、ちょうど伯爵令嬢が襲われていた。

 治療術士を護衛していた騎士たちはやられたようだ。

 俺は伯爵令嬢と魔物の間に入る。


「テオドル様っ!」


 伯爵令嬢が俺の名を呼んだ。

 マジ?

 平民の俺の名前を、なんで知ってんの?

 ちょっと驚いたが、まぁ今はそれどころじゃない。

 俺は周囲の魔物たちを一掃した。

 これでも平民騎士最強なもんで。


「あ、ありがとうございます!」


 伯爵令嬢が言った。


「さっきの借りが、返せて良かったです」


 俺は微笑みを浮かべて言った。

 それから、魔物の残党を処理するために移動した。



 魔物の襲撃後、治療術士たちがケガ人に回復魔法を使って傷を癒やしていた。

 と言っても、伯爵令嬢以外の治療術士は貴族たちを治していて、平民騎士のことは後回しにしていたけれど。


「ご令嬢、大丈夫ですか?」と俺。


「何がですか?」


 ケガをした平民騎士に回復魔法を使いながら、伯爵令嬢が首を傾げた。


「貴族を優先した方がいいのでは?」

「……そんなことですか……」

「なぁ、お前もそう思うだろ?」


 俺は現在治療を受けている平民騎士に向けて言った。


「ですね。僕のことは、あとでいいですよ」

「そんな! どうして、そんなことを言うのですか!?」


 伯爵令嬢が怒った風に言った。


「君が、他の連中に責められるかもしれない」


 俺が言うと、伯爵令嬢は溜息を吐いた。


「言わせておけばいいのです。そもそも、他のみんなが先に貴族たちを治療しているのですから、問題ないです」


 ふん、と伯爵令嬢。

 意外と気が強いんだなぁ、と俺は思った。

 まぁ本人がいいと言っているので、とりあえず俺はここで引いた。



 治療が終わると、騎士団長がみんなを集めた。


「被害はそれほど大きくない。よって、予定通りドラゴンのレアを目指す」


 その言葉で、俺たちはキャンプを片し、森へと行軍した。

 時々、魔物を倒しつつ進み、開けた場所で再びキャンプを張った。

 今日はここまで、ということだ。

 特に何事もなく、その夜は平穏に過ぎ去った。

 翌日。

 朝っぱらから貴族たちのキャンプが騒がしかったので、俺と平民騎士数名が様子を確認しに行った。

 そうすると、伯爵令嬢が囲まれていた。


「俺らより先に平民を治療するってのは、どういうことだ?」

「昨日はすぐに行軍で言えなかったが、みんなが気にしていたことだ」

「あんたさぁ、平民にいい顔して何がしたいわけ?」


 こいつら、こんなに堂々と責め立てるんだなぁ。

 俺の時はわざわざ人の目を避けていたのに。

 この時の俺は知らなかったが、貴族たちは同じ貴族が相手なら『みんなの前で恥をかかせる』というのが常套手段らしい。

 ただし、俺にしたみたいな暴力は使わない。

 伯爵令嬢はジッと彼らを見詰めていて、特に何も言い返さなかった。


「おい、平民どもが見にきたぞ」

「ちっ、こっちに来るんじゃねぇよ」

「それともお姫様を救う騎士にでもなったつもりか?」


 いや、俺らも騎士だけどな。


「王都に戻ったら」伯爵令嬢が凜とした声で言う。「この件は正式に抗議します」


「はぁ? 抗議したいのはこっちだっての」

「あんた、マジでどうかしてんの?」

「ははっ、伯爵令嬢は平民どもと寝てんじゃねぇの?」


 最後の台詞は、俺を殴った赤毛の男爵令息だ。

 伯爵令嬢が酷く怒ったような表情をした。

 ああ、そりゃ怒る。

 俺でも怒る。

 気付いたら、俺は赤毛の男爵令息をぶち殴っていた。

 あーあ、やっちまったぁ。


「テメェ! 平民の分際で!」


 貴族たちが怒って、平民騎士たちも「うるせぇ! いつも偉そうにしやがって!」と盛大な喧嘩が始まった。

 俺はどさくさに紛れて、伯爵令嬢を抱きかかえてその場を去った。

 そして近くのテントの前で伯爵令嬢を下ろす。


「俺たちは、あなたが優しい人だと知っていますから」


 俺が言うと、伯爵令嬢は顔を赤くしたが、それは怒ったわけじゃないだろう。


「テオドル様も……」

「貴様らぁぁぁぁ!!」


 伯爵令嬢の言葉の途中で、凄まじい怒声が響いた。

 この怒声にはオーラが乗っていて、ソードマスター以上の人間が叫んだのだとすぐ分かった。

 ほぼ間違いなく団長だろう。

 副団長もソードマスターだが、あいつならこのどさくさで平民の1人や2人は殺しそうだ。


「何をしておるかぁぁぁ!!」団長の怒声が続く。「貴様らはドラゴン退治の前に!! 味方同士で消耗するつもりか!! 騎士の任務を何だと思っている!!」


 喧嘩が収まり、シンッと静まり返った。

 しばらくの間、団長の説教が続く。

 副団長が団長を宥め、「原因はテオドルにあります」と報告した。

 まぁ、チクられるよなぁ。


「テオドル! どこだ!」


 団長が叫ぶので、俺は小さく溜息を吐いた。

 伯爵令嬢が俺の服の裾を掴んで不安そうな表情を浮かべた。

 俺は「大丈夫ですよ」と微笑みを浮かべてから、伯爵令嬢に離れるようジェスチャで指示した。

 伯爵令嬢が離れたのを確認してから、俺はゆっくり手を挙げた。


「ここです」

「こっちに来い!」


 団長に言われて、俺は団長の前へと進む。


「そいつを処刑してください団長!」赤毛の男爵令息が言う。「そいつ、平民のくせに貴族の俺を殴ったんです! 団長なら即決処刑が可能でしょう!?」


「事実か?」と団長が俺を睨む。

「はい。事実です」と俺。


 赤毛の男爵令息がニヤリと笑った。

 他の貴族令息たちと副団長も少し嬉しそうだった。

 ああ、平民の俺がやたら強いから気に入らないのだ、こいつらは。

 団長が深い深い溜息を吐いた。


「この件は私が預かる」と団長。


「そんな!」赤毛の男爵令息が抗議の声を上げた。「そいつは貴族を殴ったんですよ!?」


「今は貴様らの喧嘩よりもドラゴンが最優先だ!」団長が怒声で言う。「テオドルは十分な戦力となる! 貴様らは任務を軽く考えているのか!?」


 周囲はシンッと静まった。


「テオドル」団長が俺を見る。「ドラゴンを倒したら貴様の罪を問うが、戦闘の功績によっては比較的、軽く済ませてやろう」


「分かりました団長。最善を尽くします」


 俺は一礼してから、その場を去った。

 長居してもいいことはない。


「朝食を摂れ!」団長が叫んだ。「その後、少し休憩したらキャンプを片して出発だ!」



 朝食を摂って休憩していると、貴族令息がやってきた。

 俺に蹴りを入れた奴だ。

 そいつは右手に金色の髪の毛を握っていた。

 その髪が誰のものか、俺はすぐに分かった。

 あの伯爵令嬢の髪の毛だ。


「お前1人で付いてこい」と貴族令息。


 俺は黙って従った。

 キャンプを離れると、貴族令息たちと伯爵令嬢がいた。

 貴族令息は俺を迎えに来た奴を含めて、全部で3人。

 昨日、俺に暴行を加えた連中だった。

 伯爵令嬢は座っていて、赤毛の令息が剣を向けている。


「仲間に剣を向けるとか、イカレてんのかよ? さすがに団長に殺されるんじゃねの?」


 俺は敬語を忘れて言った。


「うるせぇ!」赤毛の令息が叫ぶ。「このクソアマもテメェもムカつくんだよ!」


「つーか、どうやってご令嬢を攫ったんだ?」


「はん! 見回り中にケガをした奴を助けてくれと言ったら」赤毛の令息が嘲笑混じりに言う。「ホイホイ付いて来やがった! 頭、悪すぎだろぉが!」


 伯爵令嬢は涙目で俺を見て、唇の動きだけで「ごめんなさい」と言った。

 別にあんたは悪くねぇだろうがよぉ。


「よぉし、このアマの命が惜しければ、テメェは武器を捨てろ!」赤毛の令息が言う。「そんで、俺らに嬲り殺されろ!」


 俺は剣を抜いた。


「よぉし! 捨てろぉ!」


「ダメです!」伯爵令嬢が言う。「この人たちは本当にあなたを……きゃぁ」


 赤毛の令息が伯爵令嬢を蹴った。

 その瞬間、俺は久々に本気で踏み込んで距離を詰めた。


「あ?」


 男爵令息が目を丸くした。

 こいつには、俺が突然、目の前に現れたように見えたのだろう。


「お前はもう死ね」


 俺は一撃で赤毛の令息の首を刎ねた。

 赤毛の令息の首が地面に落ちる頃、他の2人の令息が剣を抜いた。

 だが遅い。

 俺はすでに残りの2人のうち、1人の胸を剣で貫いている。

 剣を引き抜き、反転して即座に最後の1人に向かう。

 最後の1人は俺を迎えに来た奴だ。

 そいつはビビって尻餅を突いた。


「地獄に堕ちろ」


 俺は容赦なく、そいつを両断した。



 現代。

 彼の屋敷の、彼の部屋。


「……お祖父様、平民だった時に貴族を3人も殺したの?」


 彼の孫娘が酷く驚いた風に言った。


「それは……墓場まで持って行って欲しかったです……」


 孫娘の旦那が苦笑い。


「ほっほっほ」彼が笑う。「心配はいらん。証拠は残っとらんし、今更じゃろ」


「じぃじを虐める奴らなんて、死ねばいいんだ!」


 ひ孫が頬を膨らませて言った。

 可愛らしいのぉ、と彼は思った。


「これが1つ目の秘密」と彼。


「まだあるの!?」


 彼の孫娘が両手を口に当てた。

 彼は少し微笑んでから、話を続ける。



「逃げましょう!」伯爵令嬢が血相を変えて言った。「これはどう考えても処刑されます!」


「だろうな」


 俺は割と冷静だった。

 逃げ切る自信があるからだ。


「君に会えなくなることだけが、残念だよ」俺は微笑んだが、きっと寂しさを隠せなかったはずだ。「達者で」


 貴族を3人も殺したのだから、逃げる以外の選択肢はない。


「待ってくださいテオドル様! わたくしも一緒に行きます!」

「あぁ?」


 何を言っているんだこの令嬢は。


「原因はわたくしにもありますし、それになにより、わたくしはあなたをお慕いしております!」

「……マジで?」


 俺は口をポカンと開けてしまった。

 伯爵令嬢が頬を染めて、コクンと頷いた。

 いいのこれ?

 身分差とか半端ないけど、いいの?

 俺は少し混乱してしまった。

 と、その時だった。


「おい、そろそろ片付けたか?」


 そう言いながら副団長が姿を見せた。

 なるほど、連中の後ろ楯はこいつか。

 副団長は俺たちを見て、すぐに何があったか察したようだ。

 副団長が剣を抜いて構える。


「貴様ぁぁ! 貴族を殺したなぁ!? 即刻、この場で処刑だ!」

「そうなるよなぁ……」


 俺は苦笑いしつつ、剣を構えた。


「貴様! ソードマスターであるワタシに勝てるとでも!?」


 副団長が斬りかかったが、俺は余裕を持って剣で弾いた。


「隠してたけど、俺もソードマスターだぜ?」


 俺は全身と剣にオーラをまとわせる。

 それを見て、副団長が目を丸くした。


「バカな! 平民如きがソードマスターの境地だと!?」

「しかもアンタより強い」


 俺はニヤリと笑った。


「ほざけぇ!」


 副団長が動こうとしたその時。

 凄まじい咆哮とともに、ドラゴンが来襲。

 キャンプに向けてブレスを放った。

 俺も副団長も戦闘を中断。


「クソ! 貴様のことはあとだ!」


 副団長が急いでキャンプへと戻った。


「テオドル様! 今のうちに行きましょう!」

「いや、ドラゴンが現れたなら好都合だ」

「……どういう意味です?」

「ドラゴンを誘導して、こっちにブレスを吐かせる」


 そうすれば、俺が殺した連中の死体は塵と化す。

 つまり、副団長さえ死ねば逃げなくてよくなる。


「そ、そう上手くいくでしょうか?」

「分からん。だがやってみる価値はあるだろ? 俺もあんたも、全てを捨てて逃げるよりはいいだろ?」


 逃げる以外の選択肢があるなら、俺は選びたい。


「そうですが……」

「行こう。仲間の騎士たちが死ぬのも、ぶっちゃけ見たくねぇしな」


 ドラゴンと激しい戦闘が行われているのが、ここからでも分かった。


「……分かりました。行きましょう」


 伯爵令嬢が頷いたので、俺は急いでキャンプへと向かった。



 そこからは地獄だった。

 未だかつて、俺はこれほどの激戦を経験したことはない。

 ドラゴンは強かった。

 本当に、信じられないぐらい強かったのだ。

 俺を含めてソードマスターが3人いて、騎士団みんなで戦って、俺以外のほぼ全員が死亡して、それでも殺しきれない。


 仲間の死は見たくなかったけど、見ざるを得なかった。

 俺は剣を杖の代わりにして、なんとか立っていた。

 俺の側には伯爵令嬢が座り込んでいる。

 彼女の魔力はもう尽きていて、回復魔法は使えないだろう。


「お主」ドラゴンが厳かな声で言う。「人間にしては強いな……まさか我が、ここまで追い込まれるとは」


 殺しきれなかったが、ドラゴンも大きなダメージを負っている。

 むしろ、あと一歩で倒せそうな感じなのだ。

 問題は、トドメを刺すほどの体力が俺に残っていないということ。

 今の満身創痍の俺でも人間なら殺せるが、相手がドラゴンだと厳しい。


「なぁ偉大なるレッドドラゴン様よぉ」俺が言う。「取り引きをしないか?」


「……言ってみろ人間」

「俺はグランドマスターになる人間だ」


 グランドマスターとは、ソードマスターより上の境地だ。


「……そうであろうな。グランドマスターはドラゴンにとっても脅威。今のうちにその芽を摘むのが適切であろう」

「だから、あんたが今、立ち去ってくれたら、俺は金輪際、あんたを攻撃しないと誓おう」


 強い口調で言ったが、正直、話すのもしんどい。


「悪くないが足りんな」

「グランドマスターになっても、全てのドラゴンと敵対しない、ってのなら?」

「他のドラゴンのことなど、我は興味がない」


「そうかよ……」俺は苦笑い。「つーか、あんただって、半死半生だろう? 正直、あんたも帰りたいんじゃねぇの?」


「お主を殺す力ぐらいなら、残っておる」

「だが、そうなったら、あんたは今以上のダメージを負うぞ? 俺も死ぬなら、全生命力を燃やして戦うからな?」


 俺が言うと、ドラゴンは少し思案している様子だった。

 そしてドラゴンは小さな溜息を吐いた。


「1つだけ、条件を追加しろ人間よ」

「言ってみろ」

「お主のこれからの人生を我に見せろ」

「なんだそりゃ?」


 俺は面食らってしまった。

 意味不明すぎるからだ。


「そのままの意味だ人間よ。グランドマスターとなる者の一生を、近くで見てみたい」

「……なるほどな。いいぞ。取り引き成立だ。好きなだけ俺の人生を覗いていいから、去ってくれ」

「良かろう。傷を癒やしたら、次は人の姿で貴様の前に現れよう」


 そう言って、ドラゴンが翼を広げる。


「ああ、近くでって、物理的にかよ」


 俺が苦笑いすると、ドラゴンが飛び去った。

 それを確認してから、俺は大きな溜息を吐いた。

 周囲は完全に破壊されているので、俺が殺した3人の死体も残っていないだろう。


「貴様……ドラゴンを追い返したのか……」


 満身創痍の副団長が、フラフラと歩いて来た。


「だとしたら?」

「ふは、ふははははは! では貴様を殺して、その功績をワタシが……」


 言葉の途中で、俺は副団長の首を刎ねた。

 どうせ俺と伯爵令嬢の他には誰も生きていないのだし、俺が黙ってりゃバレない。


「……貴族も悪い奴ばっかりじゃ、ないのですけど……」


 伯爵令嬢が小さく首を振った。


「知ってるよ、君がそうじゃないか」



 現代。

 彼の屋敷の、彼の部屋。


「……また貴族を殺した……」


 彼の孫娘が頭を抱えるように言った。


「いや、それよりも」孫娘の旦那が言う。「ドラゴンが近くにいるのですか?」


「うむ」彼が頷く。「これが最後の秘密。ワシには息子が2人と、娘が1人いるが……」


「今日、来ているのは僕だけだよ父上」


 そう言ったのは、すでに60歳を超えている彼の長男。

 ただ、見た目はまだ40代だった。


「他の2人は忙しくてね」と長男。


 娘は別の国の王族に嫁いでいるので、会いに戻れなかった。

 そのことを謝る手紙が先日届いたばかりだ。

 次男の方はソードマスターとして、この国の騎士団長をやっている。

 そろそろ引退するらしいが、最後の任務として戦争に出ているので戻れなかった。


「そうか」彼は微笑みを浮かべた。「ワシの人生はどうだった? 近くで見た感想は?」


 その言葉に、長男と妻以外の者が目を丸くした。


「ドラゴンなの!?」


 ひ孫が彼の長男をジッと見詰めた。


「ああ。素晴らしい人生だったぞ父上」長男改めドラゴンが言う。「お主の息子として生きた我自身も、楽しかった。お主や母上が、ドラゴンである我を愛してくれたから」


「それなら良かった」ホッとした様子で彼が言う。「ワシはそろそろ逝くが、妻を頼めるか?」


「もちろんだ父上」


 人の姿をしたドラゴンは、慈しむように彼を見ていた。


「ありがとう」


 そう言って、彼は視線で妻を探した。

 それを察した妻が、彼の側に寄って、彼の頬に手を触れた。


「美人で胸が大きいですって?」と妻。


「それに優しい」彼が言う。「君と結婚できて良かった。金髪の伯爵令嬢様」


 ドラゴンを追い返した功績で男爵となった彼は、堂々と伯爵令嬢にプロポーズした。

 そして伯爵令嬢はそれを了承したのだ。


「わたくしも、あなたに出会えて、あなたを愛せて、良かった」


 妻は瞳に涙を溜めていた。


「君は本当に美しいなぁ」


 彼の目には、出会った頃の、少女だった頃の妻の姿が見えていた。


「あなたも本当にカッコいい」


 妻の目には、出会った頃の、青年だった頃の彼の姿が見えていた。


「「愛してくれてありがとう」」


 彼と妻が同時に言った。

 そして。

 彼は目を瞑り。

 永遠の眠りに落ちた。

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最強のグランドマスター、大往生の前に初恋と秘密を語る 葉月双 @Sou-Hazuki

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