最強のグランドマスター、大往生の前に初恋と秘密を語る
葉月双
第1話
彼はベッドで死にかけていた。
すでに90年を生きた彼には、後悔なんて1つもない。
「パパ、じぃじ死んじゃうの?」
彼のひ孫が、不安そうに言った。
ここは彼の屋敷の、彼の部屋。
正しくは、彼と妻の寝室だったが、彼の体調が悪くなってからは、彼が1人でベッドを占有している。
「お別れを」
彼の孫娘の旦那が、淡々と言った。
この部屋に集まっているのは、彼の妻、彼の息子、彼の孫娘夫婦とその娘。
「じぃじ……」
ひ孫がベッドに登り、彼の顔を覗き込む。
彼はその気配に目を開き、微笑んだ。
「まだ死なんよ」
彼の声はそれなりに元気だった。
「本当?」とひ孫。
「本当だとも」と彼。
「じゃあ、また昔話を聞かせて!」ひ孫が言う。「じぃじの話、すごく面白いの!」
「ああ。いいとも」彼はいい気分で言う。「秘密の話をしてあげよう」
彼はよく、昔話を子供たちに聞かせていた。
孫たちにも、そしてこのひ孫にも。
でも、実はまだ、語っていない物語があった。
「あれはまだ、ワシが20代の頃じゃったか……。ワシは騎士団に入っていて、ドラゴンの討伐に向かっていたんじゃ」
彼がドラゴンと戦った話は、誰もが知っている。
なぜなら、彼はドラゴンを追い返した英雄だったから。
その功績で、平民から男爵に成り上がった。
それからも研鑽を積み、王国唯一のグランドマスターとして君臨し、伯爵にまでなった。
まぁ、男爵位も伯爵位も、すでに子供たちに継承して久しいが。
「騎士だけでなく、治療術士たちも一緒でのぉ」彼は昔を懐かしみながら言う。「その中に、とても美しい、金髪のご令嬢がいてのぉ」
この話を、ここに集まった者たちはみんな知っている。
彼の初恋の話だから。
ひ孫も、この話は知っていた。
でも、続きを促した。
なぜなら、彼が秘密を話すと言ってくれたから。
◇
「この平民野郎が! ちょっと強いからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
貴族の令息が、俺をぶん殴った。
ここは騎士団のキャンプ。
ドラゴン退治に向かう途中の出来事。
俺はやられたフリをして、地面に転がった。
ああ、チクショウ、騎士団の制服が汚れちまう。
でもまぁ、命には替えられない。
「あーあ、平民が騎士になれるってだけでも腹立つってのに、テメェ、俺らより目立ってんじゃねぇぞ」
別の令息が俺を何度も蹴りつける。
クソ、痛いじゃねぇか。
元々、騎士は貴族しかなれなかったのだが、今は違う。
10年ほど前、国の領土内で魔物が増加した。
それに伴って、国は戦力の増強を図った。
最初にやったのが、平民を騎士にすることだ。
貴族より平民の方が遙かに数が多い。
つまり、平民の中から選りすぐれば、騎士団の底上げができるってわけ。
そしてそれは功を奏した。
「まったく、平民の星だかなんだか知らねぇが、お前なんか所詮は使い捨てなんだよ」
更に別の令息が言った。
キャンプから少し離れたこの場所に俺を誘い出したのは、3人の貴族令息。
もちろん3人とも騎士だ。
ちなみにこの場所は森の入り口付近なので、木や生い茂る草で周囲からは見え辛い。
この森の先に、ドラゴンのレアがあるらしい。
「いいか平民野郎」
最初に俺をぶん殴った赤毛の令息が、俺を見下して言う。
「お前も含め、平民の騎士なんて俺らの盾に過ぎないんだ。それを忘れるな?」
「……はい。分かっております、男爵令息様」
俺は大人しく赤毛の令息の言葉を受け入れた。
理由は単純。
刃向かっても、いいことがないから。
貴族は平民を処刑できる。
簡単ではないが、それなりの手続きを踏みさえすれば、この令息でも俺を処刑可能なのだ。
だから刃向かって怒らせても、俺が死ぬだけだ。
まぁ、こいつらを皆殺しにして埋めちまうってんなら、話は別だが。
「よぉし。ドラゴンが現れたら、まずはお前が平民どもを率いて突っ込め」
「……分かりました」
俺が素直に返事をすると、赤毛の令息は他の2人とこの場を去った。
やれやれ、と俺は起き上がり、制服の土を払う。
あんなクズどもでも、それなりに戦力にはなる。
ドラゴンを退治するまでは、騎士団の戦力を減らすべきじゃない。
それに。
殺そうと思えば、あんな奴らはいつでも殺せるのだ。
そんなことを思いながらキャンプに戻ると、金髪の少女が駆け寄ってきた。
騎士団と一緒に来た治療術士たちの1人だ。
「大丈夫ですか!? 殴られたんですか!?」
少女は俺の顔を見て、慌てたように言った。
「構わないでくれ……じゃない、ください」
俺はこの少女のことが、割と気に入っている。
美人で胸が大きいからだ。
いや、それ以上に、貴族のくせに平民の俺らにも気軽に接してくれるのだ。
治療術士たちは当たり前のように貴族の騎士たちを先に治療する。
だけど、この少女だけはケガの大小で治療する順番を決めてくれる。
「ですが! あなた様は大切な戦力です! こんなところでケガをしていいはずが!」
「頼みます伯爵令嬢……あなたが騒ぐと、また殴られるので……」
少女は美人で胸が大きいから、令息たちに人気なのだ。
もちろん、俺たち平民騎士の間でも大人気。
「仲間内でこんなこと……団長に抗議するべきです!」
「いや、団長も貴族ですから……」
俺がそう言うと、少女は悲しそうな表情を見せた。
ああ、そんな顔をして欲しいわけじゃ、なかったのだけれど。
「せめて治療だけでも、させてください」
言ってすぐ、少女は俺に回復魔法を使った。
「……殴られて良かった」
「え?」
「君が心配してくれるから」
俺はウッカリ、本当にウッカリ、本音を漏らしてしまった。
そうすると、少女は顔を真っ赤にして「これで大丈夫ですから!」と言い残して去った。
だって美人で胸が大きくて優しい伯爵令嬢だぞ?
殴られて良かったってなるだろ?
仲間たちに自慢しよっと。
俺はルンルン気分で仲間たちのキャンプへと向かう。
貴族と平民は少し離れてキャンプしている。
まぁ、離れていると言っても、見える範囲にいるけれど。
「よぉ、聞いてくれよ! さっき……」
俺が仲間の平民騎士に声をかけたその時。
森から魔物の群れが押し寄せてきた。
俺たちはすぐに応戦した。
応戦しながら周囲を確認すると、貴族たちのキャンプも襲われている。
むしろこっちより激しく攻められている様子。
ざまぁみろ、と思ったが死なれては困る。
ドラゴンと戦う前に、こんな雑魚どもに削られてたまるか。
そう、魔物の数は多いが、割と弱い魔物ばかりだった。
俺はどんどん魔物を倒しつつ、貴族たちのキャンプの方へと向かった。
伯爵令嬢が無事か気になったからだ。
そうすると、ちょうど伯爵令嬢が襲われていた。
治療術士を護衛していた騎士たちはやられたようだ。
俺は伯爵令嬢と魔物の間に入る。
「テオドル様っ!」
伯爵令嬢が俺の名を呼んだ。
マジ?
平民の俺の名前を、なんで知ってんの?
ちょっと驚いたが、まぁ今はそれどころじゃない。
俺は周囲の魔物たちを一掃した。
これでも平民騎士最強なもんで。
「あ、ありがとうございます!」
伯爵令嬢が言った。
「さっきの借りが、返せて良かったです」
俺は微笑みを浮かべて言った。
それから、魔物の残党を処理するために移動した。
◇
魔物の襲撃後、治療術士たちがケガ人に回復魔法を使って傷を癒やしていた。
と言っても、伯爵令嬢以外の治療術士は貴族たちを治していて、平民騎士のことは後回しにしていたけれど。
「ご令嬢、大丈夫ですか?」と俺。
「何がですか?」
ケガをした平民騎士に回復魔法を使いながら、伯爵令嬢が首を傾げた。
「貴族を優先した方がいいのでは?」
「……そんなことですか……」
「なぁ、お前もそう思うだろ?」
俺は現在治療を受けている平民騎士に向けて言った。
「ですね。僕のことは、あとでいいですよ」
「そんな! どうして、そんなことを言うのですか!?」
伯爵令嬢が怒った風に言った。
「君が、他の連中に責められるかもしれない」
俺が言うと、伯爵令嬢は溜息を吐いた。
「言わせておけばいいのです。そもそも、他のみんなが先に貴族たちを治療しているのですから、問題ないです」
ふん、と伯爵令嬢。
意外と気が強いんだなぁ、と俺は思った。
まぁ本人がいいと言っているので、とりあえず俺はここで引いた。
◇
治療が終わると、騎士団長がみんなを集めた。
「被害はそれほど大きくない。よって、予定通りドラゴンのレアを目指す」
その言葉で、俺たちはキャンプを片し、森へと行軍した。
時々、魔物を倒しつつ進み、開けた場所で再びキャンプを張った。
今日はここまで、ということだ。
特に何事もなく、その夜は平穏に過ぎ去った。
翌日。
朝っぱらから貴族たちのキャンプが騒がしかったので、俺と平民騎士数名が様子を確認しに行った。
そうすると、伯爵令嬢が囲まれていた。
「俺らより先に平民を治療するってのは、どういうことだ?」
「昨日はすぐに行軍で言えなかったが、みんなが気にしていたことだ」
「あんたさぁ、平民にいい顔して何がしたいわけ?」
こいつら、こんなに堂々と責め立てるんだなぁ。
俺の時はわざわざ人の目を避けていたのに。
この時の俺は知らなかったが、貴族たちは同じ貴族が相手なら『みんなの前で恥をかかせる』というのが常套手段らしい。
ただし、俺にしたみたいな暴力は使わない。
伯爵令嬢はジッと彼らを見詰めていて、特に何も言い返さなかった。
「おい、平民どもが見にきたぞ」
「ちっ、こっちに来るんじゃねぇよ」
「それともお姫様を救う騎士にでもなったつもりか?」
いや、俺らも騎士だけどな。
「王都に戻ったら」伯爵令嬢が凜とした声で言う。「この件は正式に抗議します」
「はぁ? 抗議したいのはこっちだっての」
「あんた、マジでどうかしてんの?」
「ははっ、伯爵令嬢は平民どもと寝てんじゃねぇの?」
最後の台詞は、俺を殴った赤毛の男爵令息だ。
伯爵令嬢が酷く怒ったような表情をした。
ああ、そりゃ怒る。
俺でも怒る。
気付いたら、俺は赤毛の男爵令息をぶち殴っていた。
あーあ、やっちまったぁ。
「テメェ! 平民の分際で!」
貴族たちが怒って、平民騎士たちも「うるせぇ! いつも偉そうにしやがって!」と盛大な喧嘩が始まった。
俺はどさくさに紛れて、伯爵令嬢を抱きかかえてその場を去った。
そして近くのテントの前で伯爵令嬢を下ろす。
「俺たちは、あなたが優しい人だと知っていますから」
俺が言うと、伯爵令嬢は顔を赤くしたが、それは怒ったわけじゃないだろう。
「テオドル様も……」
「貴様らぁぁぁぁ!!」
伯爵令嬢の言葉の途中で、凄まじい怒声が響いた。
この怒声にはオーラが乗っていて、ソードマスター以上の人間が叫んだのだとすぐ分かった。
ほぼ間違いなく団長だろう。
副団長もソードマスターだが、あいつならこのどさくさで平民の1人や2人は殺しそうだ。
「何をしておるかぁぁぁ!!」団長の怒声が続く。「貴様らはドラゴン退治の前に!! 味方同士で消耗するつもりか!! 騎士の任務を何だと思っている!!」
喧嘩が収まり、シンッと静まり返った。
しばらくの間、団長の説教が続く。
副団長が団長を宥め、「原因はテオドルにあります」と報告した。
まぁ、チクられるよなぁ。
「テオドル! どこだ!」
団長が叫ぶので、俺は小さく溜息を吐いた。
伯爵令嬢が俺の服の裾を掴んで不安そうな表情を浮かべた。
俺は「大丈夫ですよ」と微笑みを浮かべてから、伯爵令嬢に離れるようジェスチャで指示した。
伯爵令嬢が離れたのを確認してから、俺はゆっくり手を挙げた。
「ここです」
「こっちに来い!」
団長に言われて、俺は団長の前へと進む。
「そいつを処刑してください団長!」赤毛の男爵令息が言う。「そいつ、平民のくせに貴族の俺を殴ったんです! 団長なら即決処刑が可能でしょう!?」
「事実か?」と団長が俺を睨む。
「はい。事実です」と俺。
赤毛の男爵令息がニヤリと笑った。
他の貴族令息たちと副団長も少し嬉しそうだった。
ああ、平民の俺がやたら強いから気に入らないのだ、こいつらは。
団長が深い深い溜息を吐いた。
「この件は私が預かる」と団長。
「そんな!」赤毛の男爵令息が抗議の声を上げた。「そいつは貴族を殴ったんですよ!?」
「今は貴様らの喧嘩よりもドラゴンが最優先だ!」団長が怒声で言う。「テオドルは十分な戦力となる! 貴様らは任務を軽く考えているのか!?」
周囲はシンッと静まった。
「テオドル」団長が俺を見る。「ドラゴンを倒したら貴様の罪を問うが、戦闘の功績によっては比較的、軽く済ませてやろう」
「分かりました団長。最善を尽くします」
俺は一礼してから、その場を去った。
長居してもいいことはない。
「朝食を摂れ!」団長が叫んだ。「その後、少し休憩したらキャンプを片して出発だ!」
◇
朝食を摂って休憩していると、貴族令息がやってきた。
俺に蹴りを入れた奴だ。
そいつは右手に金色の髪の毛を握っていた。
その髪が誰のものか、俺はすぐに分かった。
あの伯爵令嬢の髪の毛だ。
「お前1人で付いてこい」と貴族令息。
俺は黙って従った。
キャンプを離れると、貴族令息たちと伯爵令嬢がいた。
貴族令息は俺を迎えに来た奴を含めて、全部で3人。
昨日、俺に暴行を加えた連中だった。
伯爵令嬢は座っていて、赤毛の令息が剣を向けている。
「仲間に剣を向けるとか、イカレてんのかよ? さすがに団長に殺されるんじゃねの?」
俺は敬語を忘れて言った。
「うるせぇ!」赤毛の令息が叫ぶ。「このクソアマもテメェもムカつくんだよ!」
「つーか、どうやってご令嬢を攫ったんだ?」
「はん! 見回り中にケガをした奴を助けてくれと言ったら」赤毛の令息が嘲笑混じりに言う。「ホイホイ付いて来やがった! 頭、悪すぎだろぉが!」
伯爵令嬢は涙目で俺を見て、唇の動きだけで「ごめんなさい」と言った。
別にあんたは悪くねぇだろうがよぉ。
「よぉし、このアマの命が惜しければ、テメェは武器を捨てろ!」赤毛の令息が言う。「そんで、俺らに嬲り殺されろ!」
俺は剣を抜いた。
「よぉし! 捨てろぉ!」
「ダメです!」伯爵令嬢が言う。「この人たちは本当にあなたを……きゃぁ」
赤毛の令息が伯爵令嬢を蹴った。
その瞬間、俺は久々に本気で踏み込んで距離を詰めた。
「あ?」
男爵令息が目を丸くした。
こいつには、俺が突然、目の前に現れたように見えたのだろう。
「お前はもう死ね」
俺は一撃で赤毛の令息の首を刎ねた。
赤毛の令息の首が地面に落ちる頃、他の2人の令息が剣を抜いた。
だが遅い。
俺はすでに残りの2人のうち、1人の胸を剣で貫いている。
剣を引き抜き、反転して即座に最後の1人に向かう。
最後の1人は俺を迎えに来た奴だ。
そいつはビビって尻餅を突いた。
「地獄に堕ちろ」
俺は容赦なく、そいつを両断した。
◇
現代。
彼の屋敷の、彼の部屋。
「……お祖父様、平民だった時に貴族を3人も殺したの?」
彼の孫娘が酷く驚いた風に言った。
「それは……墓場まで持って行って欲しかったです……」
孫娘の旦那が苦笑い。
「ほっほっほ」彼が笑う。「心配はいらん。証拠は残っとらんし、今更じゃろ」
「じぃじを虐める奴らなんて、死ねばいいんだ!」
ひ孫が頬を膨らませて言った。
可愛らしいのぉ、と彼は思った。
「これが1つ目の秘密」と彼。
「まだあるの!?」
彼の孫娘が両手を口に当てた。
彼は少し微笑んでから、話を続ける。
◇
「逃げましょう!」伯爵令嬢が血相を変えて言った。「これはどう考えても処刑されます!」
「だろうな」
俺は割と冷静だった。
逃げ切る自信があるからだ。
「君に会えなくなることだけが、残念だよ」俺は微笑んだが、きっと寂しさを隠せなかったはずだ。「達者で」
貴族を3人も殺したのだから、逃げる以外の選択肢はない。
「待ってくださいテオドル様! わたくしも一緒に行きます!」
「あぁ?」
何を言っているんだこの令嬢は。
「原因はわたくしにもありますし、それになにより、わたくしはあなたをお慕いしております!」
「……マジで?」
俺は口をポカンと開けてしまった。
伯爵令嬢が頬を染めて、コクンと頷いた。
いいのこれ?
身分差とか半端ないけど、いいの?
俺は少し混乱してしまった。
と、その時だった。
「おい、そろそろ片付けたか?」
そう言いながら副団長が姿を見せた。
なるほど、連中の後ろ楯はこいつか。
副団長は俺たちを見て、すぐに何があったか察したようだ。
副団長が剣を抜いて構える。
「貴様ぁぁ! 貴族を殺したなぁ!? 即刻、この場で処刑だ!」
「そうなるよなぁ……」
俺は苦笑いしつつ、剣を構えた。
「貴様! ソードマスターであるワタシに勝てるとでも!?」
副団長が斬りかかったが、俺は余裕を持って剣で弾いた。
「隠してたけど、俺もソードマスターだぜ?」
俺は全身と剣にオーラをまとわせる。
それを見て、副団長が目を丸くした。
「バカな! 平民如きがソードマスターの境地だと!?」
「しかもアンタより強い」
俺はニヤリと笑った。
「ほざけぇ!」
副団長が動こうとしたその時。
凄まじい咆哮とともに、ドラゴンが来襲。
キャンプに向けてブレスを放った。
俺も副団長も戦闘を中断。
「クソ! 貴様のことはあとだ!」
副団長が急いでキャンプへと戻った。
「テオドル様! 今のうちに行きましょう!」
「いや、ドラゴンが現れたなら好都合だ」
「……どういう意味です?」
「ドラゴンを誘導して、こっちにブレスを吐かせる」
そうすれば、俺が殺した連中の死体は塵と化す。
つまり、副団長さえ死ねば逃げなくてよくなる。
「そ、そう上手くいくでしょうか?」
「分からん。だがやってみる価値はあるだろ? 俺もあんたも、全てを捨てて逃げるよりはいいだろ?」
逃げる以外の選択肢があるなら、俺は選びたい。
「そうですが……」
「行こう。仲間の騎士たちが死ぬのも、ぶっちゃけ見たくねぇしな」
ドラゴンと激しい戦闘が行われているのが、ここからでも分かった。
「……分かりました。行きましょう」
伯爵令嬢が頷いたので、俺は急いでキャンプへと向かった。
◇
そこからは地獄だった。
未だかつて、俺はこれほどの激戦を経験したことはない。
ドラゴンは強かった。
本当に、信じられないぐらい強かったのだ。
俺を含めてソードマスターが3人いて、騎士団みんなで戦って、俺以外のほぼ全員が死亡して、それでも殺しきれない。
仲間の死は見たくなかったけど、見ざるを得なかった。
俺は剣を杖の代わりにして、なんとか立っていた。
俺の側には伯爵令嬢が座り込んでいる。
彼女の魔力はもう尽きていて、回復魔法は使えないだろう。
「お主」ドラゴンが厳かな声で言う。「人間にしては強いな……まさか我が、ここまで追い込まれるとは」
殺しきれなかったが、ドラゴンも大きなダメージを負っている。
むしろ、あと一歩で倒せそうな感じなのだ。
問題は、トドメを刺すほどの体力が俺に残っていないということ。
今の満身創痍の俺でも人間なら殺せるが、相手がドラゴンだと厳しい。
「なぁ偉大なるレッドドラゴン様よぉ」俺が言う。「取り引きをしないか?」
「……言ってみろ人間」
「俺はグランドマスターになる人間だ」
グランドマスターとは、ソードマスターより上の境地だ。
「……そうであろうな。グランドマスターはドラゴンにとっても脅威。今のうちにその芽を摘むのが適切であろう」
「だから、あんたが今、立ち去ってくれたら、俺は金輪際、あんたを攻撃しないと誓おう」
強い口調で言ったが、正直、話すのもしんどい。
「悪くないが足りんな」
「グランドマスターになっても、全てのドラゴンと敵対しない、ってのなら?」
「他のドラゴンのことなど、我は興味がない」
「そうかよ……」俺は苦笑い。「つーか、あんただって、半死半生だろう? 正直、あんたも帰りたいんじゃねぇの?」
「お主を殺す力ぐらいなら、残っておる」
「だが、そうなったら、あんたは今以上のダメージを負うぞ? 俺も死ぬなら、全生命力を燃やして戦うからな?」
俺が言うと、ドラゴンは少し思案している様子だった。
そしてドラゴンは小さな溜息を吐いた。
「1つだけ、条件を追加しろ人間よ」
「言ってみろ」
「お主のこれからの人生を我に見せろ」
「なんだそりゃ?」
俺は面食らってしまった。
意味不明すぎるからだ。
「そのままの意味だ人間よ。グランドマスターとなる者の一生を、近くで見てみたい」
「……なるほどな。いいぞ。取り引き成立だ。好きなだけ俺の人生を覗いていいから、去ってくれ」
「良かろう。傷を癒やしたら、次は人の姿で貴様の前に現れよう」
そう言って、ドラゴンが翼を広げる。
「ああ、近くでって、物理的にかよ」
俺が苦笑いすると、ドラゴンが飛び去った。
それを確認してから、俺は大きな溜息を吐いた。
周囲は完全に破壊されているので、俺が殺した3人の死体も残っていないだろう。
「貴様……ドラゴンを追い返したのか……」
満身創痍の副団長が、フラフラと歩いて来た。
「だとしたら?」
「ふは、ふははははは! では貴様を殺して、その功績をワタシが……」
言葉の途中で、俺は副団長の首を刎ねた。
どうせ俺と伯爵令嬢の他には誰も生きていないのだし、俺が黙ってりゃバレない。
「……貴族も悪い奴ばっかりじゃ、ないのですけど……」
伯爵令嬢が小さく首を振った。
「知ってるよ、君がそうじゃないか」
◇
現代。
彼の屋敷の、彼の部屋。
「……また貴族を殺した……」
彼の孫娘が頭を抱えるように言った。
「いや、それよりも」孫娘の旦那が言う。「ドラゴンが近くにいるのですか?」
「うむ」彼が頷く。「これが最後の秘密。ワシには息子が2人と、娘が1人いるが……」
「今日、来ているのは僕だけだよ父上」
そう言ったのは、すでに60歳を超えている彼の長男。
ただ、見た目はまだ40代だった。
「他の2人は忙しくてね」と長男。
娘は別の国の王族に嫁いでいるので、会いに戻れなかった。
そのことを謝る手紙が先日届いたばかりだ。
次男の方はソードマスターとして、この国の騎士団長をやっている。
そろそろ引退するらしいが、最後の任務として戦争に出ているので戻れなかった。
「そうか」彼は微笑みを浮かべた。「ワシの人生はどうだった? 近くで見た感想は?」
その言葉に、長男と妻以外の者が目を丸くした。
「ドラゴンなの!?」
ひ孫が彼の長男をジッと見詰めた。
「ああ。素晴らしい人生だったぞ父上」長男改めドラゴンが言う。「お主の息子として生きた我自身も、楽しかった。お主や母上が、ドラゴンである我を愛してくれたから」
「それなら良かった」ホッとした様子で彼が言う。「ワシはそろそろ逝くが、妻を頼めるか?」
「もちろんだ父上」
人の姿をしたドラゴンは、慈しむように彼を見ていた。
「ありがとう」
そう言って、彼は視線で妻を探した。
それを察した妻が、彼の側に寄って、彼の頬に手を触れた。
「美人で胸が大きいですって?」と妻。
「それに優しい」彼が言う。「君と結婚できて良かった。金髪の伯爵令嬢様」
ドラゴンを追い返した功績で男爵となった彼は、堂々と伯爵令嬢にプロポーズした。
そして伯爵令嬢はそれを了承したのだ。
「わたくしも、あなたに出会えて、あなたを愛せて、良かった」
妻は瞳に涙を溜めていた。
「君は本当に美しいなぁ」
彼の目には、出会った頃の、少女だった頃の妻の姿が見えていた。
「あなたも本当にカッコいい」
妻の目には、出会った頃の、青年だった頃の彼の姿が見えていた。
「「愛してくれてありがとう」」
彼と妻が同時に言った。
そして。
彼は目を瞑り。
永遠の眠りに落ちた。
最強のグランドマスター、大往生の前に初恋と秘密を語る 葉月双 @Sou-Hazuki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます