第27話 エピローグ


「――好きですっ。一目惚れしました!」


 魔法学院の生徒たちが通学に使う街道に、見目麗しい美男子が歩いていた。


 金糸のようなさらさらした短い髪に、凛とした眉に瞳。薄い唇。彫刻のように彫りの深い顔立ち。無駄な筋肉が一切付いていないすらりとした体躯。


 誰もが目を惹かれる美男子に、通りすがりの少女が声をかけた。


「その……私、女なんだよね」

「ええっ!?」


 予想外の返答に目を皿にする少女。けれど、引き下がらない。


「そ、それでもいいので、恋人になってください……!」

「!」


 顔を真っ赤にして訴えてくると、麗人は困ったように眉尻を下げた。


「気持ちはとても嬉しいよ。でもごめん。私には大事な婚約者がいるんだ」

「そ……うですか。じゃあせめて、お名前だけでも……っ」


 魔法学院の制服を着る彼女は、にこりと目を細めた。


「――オリアーナ・ガードル」


 その名前は、近ごろ話題の次期聖女のものだった。光の始祖五家アーネル公爵家出身で、元、非魔力者の出来損ない。

 元婚約者や家族から冷遇されていたが、ひたむきで優しい性格をしていると聞く。そして彼女は、物語から飛び出してきた王子のようだとよく言われている。一度関わってしまえば、皆彼女のことが大好きになるとか。


 本来なら、言葉を交わすことすら許されないような身分差のある相手。けれどオリアーナは、道端でたまたま会った庶民に対しても気さくで。それこそ、物語の挿絵で見たことがあるような端正な笑顔を向けてくれた。


(本当に王子様みたい……)


 告白をした少女は、その噂に納得したのだった。




 ◇◇◇




「なぁ、今日編入生が来るらしいぜ。可愛い女の子かな?」

「残念。さっきこっそり見に行ったら、男子だったよ。超美形の」

「おいお前。彼女は始祖五家アーネル公爵家のご令嬢。女性だよ」

「マジ!? あれはどう見ても男じゃ……」


 後期の始業式。魔法学院の生徒たちは浮き足立っていた。何しろ、話題のレイモンドの双子の姉が編入してくるというのだから。彼女は元非魔力者でアーネル公爵家の『出来損ない』でありながら聖女に抜擢された有名人だ。


 魔法学院の生徒は男女ともにズボンなので、廊下を歩けばオリアーナは男と見間違えられてしまう。


「オリアーナ。この教室だ。まー、知ってるか」

「はい」


 エトヴィンに案内されて、夏休み前まで通っていたのと同じ教室に案内される。


 教室の前でゆっくり息を吸い、扉を開く。教卓の横に立つと、生徒たちの視線が集まった。特に女子生徒たちは憧憬の眼差しをこちらに向けていて、「なんて素敵な方なのかしら」と噂している。


「はじめまして。オリアーナ・ガードルです。これからお世話になります」


 にこりと愛想よく微笑むと、歓声が上がる。

 以前も一緒に過ごしていたから、オリアーナにとっては『はじめまして』ではないのだが。


 教室内を見渡すと、レイモンドと視線がかち合った。魔法学院の制服をかっちりと着こなし、眼鏡の奥で優しく目を細める。

 それを見て、つんと鼻の奥が痛くなった。オリアーナにとっては、彼と同じ学校に通えるのは夢のようなことだから。馬鹿にされ続けた自分が、優秀な弟と一緒に勉強できるなんて。


「えー、ということだ。席は……そうだな。セナの隣が空いてるな」


 オリアーナが席に着くと、セナが頬杖を突きながらいたずらに口角を上げた。


「――おかえり。魔法学院のミスプリンス様?」

「からかわないで」

「制服、よく似合ってる。今日もものすごい可愛い」

「……! か、からかわないで」

 

 オリアーナは、かっと顔を赤くして目を逸らした。


 かくして。オリアーナの身代わり生活は終幕を迎え、新たな生活がスタートした。しかし、彼女には平凡な生活とはほど遠い、魔法学院の王子としてのてんてこ舞いな日々が待ち受けている。


 ――そして、皆から頼られる魔法学院のミスプリンスは唯一、婚約者の幼馴染に対してだけは、年相応の少女のような可愛らしい一面を見せるのだった。






 ☆おしまい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔法学院の華麗なるミスプリンス 曽根原ツタ @tunaaaa_x

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ