料理上手なお隣り男子は謎が多い

東雲飛鶴

料理上手なお隣り男子は謎が多い

「いつもホントすみません」

「こちらこそ、食べてもらって助かってます」


 エプロン姿で頭を下げているのは、お隣に住む茂手木さん (30代男性)。独り暮らしなのに家庭的な雰囲気のある不思議な優男。

 日頃から作りすぎたと言っては隣り近所にお惣菜を配っている。

 今日も手にいくつかタッパーを抱えて、私の家へとやってきたところだ。


 こちらも独り暮らしの大学生だから食糧を(それも美味しいやつ!)を恵んでくれるのはものすごく有り難いのだけど一日じゅう家にいるみたいで、一体なんの仕事をしてる人なのか外見からは全くわからない。


 ご近所さん達も同様に、感謝しつつも彼の素性を訝しんでいる。


 というわけで、みんなからお金を集め、お惣菜のお礼をするという体で正体を聞き出す作戦がご近所さんの間で発案された。

 そして私が代表で一緒に買い物に行くという大役を仰せつかってしまったのだ。




◇◇◇




「これ皆さんからの気持ちです」


 数日後、私は預かったお金を茂手木さんに差し出した。


「いやあ、僕は好きで作ってるだけなので頂けないですよお」


 と、ごねる茂手木さんにお金を押しつけ、一緒に買い物に行く約束を取り付けた。

 このお金でまた、みんなに美味しいものを、と言ったら納得してくれた。




 早速その日の午後、近所のスーパーの特売に二人で並んだ。


「特売情報、詳しいんですね」

「僕は家で仕事してるから、いつでも特売の買い物が出来る身です。利用しない手はありません」


 と、スマホの特売情報アプリを見せてくれた。


「え、こんなのあるんですか!」

「まあ、半分ぐらい僕が作ったんですけどね」

「え?」

「僕フリーランスのWEBデザイナーなんですよ。アプリの見栄え部分なんかを作ったりね」

「ああ、だからいつも」


 彼はニヤリと笑って、

「僕の正体を聞き出してこいって近所の人に言われて来たんでしょ?」

「げ! バレてました?」

「前にも経験ありますから。これで納得して……って、ああ年配の人には難しいか」

「大丈夫、私が責任もって説明しますから! この特売アプリのこと言えば、みんな受け入れてくれますよ」

「それで納得してくれればいいけど」




 私が皆にくわしく説明したせいか、すっかり茂手木さんの株が爆上げに。

 特に特売アプリの恩恵は絶大。

 喜ぶにきまってる。




◇◇◇




 この件をきっかけに、私はときどき茂手木さんと仲良く特売の列に並ぶようになった。

 人数が多ければオトクな買い物が出来るのでWINWINなのだ。


「ご近所さんの説得ありがとうございます。おかげで不審者を卒業できました」

「いえいえ、お世話になってるのは私たちの方ですから」

「それで、お礼といっては何なのですが、個人的に食事をご馳走したいんです。明日のお昼は空いてますか?」

「ご、ご馳走? 私に? いいんですか!? やったあ!!」


 茂手木さんのご飯が食べられるなんて、嬉しいに決まってる。

 私を含め、ご近所一帯まるごと、胃袋を茂手木さんにガッチリ掴まれてますし。




◇◇◇




 そして翌日。

 のこのこランチをご馳走になりに来た私。


 初めて男の人の部屋に入る緊張感など微塵もなく。


 美味しい料理に釣られて気付けばダイニングテーブルの席に着いていた。


「……ほえ?」


 普段頂いている家庭料理の雰囲気は室内からは微塵も感じられない。

 質素なインテリアにぎっしり本が詰まった書棚。

 ダイニングには品のよい洋風なテーブルセッティング。

 そしてイタリアンで出て来るような前菜が。


「ワインをどうぞ」

「あ、いただきます」


 ワインクーラーからボトルを取り、グラスにワインを注ぐ茂手木さん。

 普段の生活感溢れる姿ではなく、カフェエプロンにマオカラーのシャツと黒のホルターネックのベストにスラックス、まるでバリスタのような出で立ち。


 ――これ、ホントに私の知ってる茂手木さん?


 グラスを軽く掲げて乾杯をする。


「超おいしい」

「でしょ? きっと気に入ると思った」


 うれしそうに言う茂手木さん。彼のセレクトなら美味しいに決まってる。

 ぐいぐい飲んで気付いたら結構酔っていた。


「そんなに酔ったら僕に食べられちゃいますよ?」

「……ん? 貴方、いまにゃんか変なこと言いませんれした? 聞き間違い?」

「食べるのと、食べられるの、どっちを先にしたいです?」

「え? つかぬことをお聞きしますが、私を食べたいんれすか? ああ、それれ餌付けして太らせてたんれすね? やだなあ、おいしくないですよお」

「僕の食べたい食材が、美味しくないわけないでしょう?」

「んー……。それもそうれすね~。あはは」


 酔った頭で素直に納得してた。




◇◇◇




 というわけで、美味しい食事を頂いたあとで、私は食べられちゃいました。

 WINWINで大満足です。


 すっかり私は茂手木さんの虜。

 でも、みんなにはナイショ。

 私だけの特別メニュー。


(了)

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