きのこランプ

@DecopinMilk

1章

 空気が肩を押すような雨の中、渋々バイトに向かった。まだ昼前なのに、あたりは灰色に薄暗い。平日だからか、雨のせいなのか、いつも賑わっているはずの商店街は空っぽのように感じる。古着屋が立ち並び、中から陽気な音楽と温かい夕陽のような光がこぼれている。お店は営業しているが、人の影が見えない。そこは、知っているはずの街なのに似た違う世界に一人迷い込んだのではないかとさえ感じた。そんな自分だけの世界をポツポツと傘にあたる雨の音を聞きながら彷徨っていると、気がついたらいつもバイトをしているコンビニについた。中は、研究室のように眩しい蛍光灯が数人の客を照らしていた。誰でもいい。人に会えた安心感が、放浪していた心を少し満たしてくれた気がした。

 大学のために上京してきて、人並みの成績で卒業した。やりたいことも得意なこともなく、ただ地元には戻りたくないというだけで残ることにした。就活も何度か挑戦したが、動機や強みもなく俗に言う失敗というものに終わった。でも、悔しいとかの感情は不思議と生まれてこなかった。私なんてこんなものだ。いつもそう言い聞かせてきたから。

 バイトが終わって帰る頃には他の店はほとんど閉まっていて、朝とは違う妙な静けさがあった。雨は止んでいたが、地面には月がニヤッと口角を上げて嘲笑っていた。木には枯葉が数枚しがみついていて、なんだか自分を見ているようだった。マフラーを巻いていてもおでこや耳には冷たい風が吹きつけ、私をこの世界から追い出そうとしていると思った。いつもと同じ日常、だけど今日はいつもと違う道を通って帰ろうと思った。空に笑われたまま同じ道を歩いて帰るのには妙に腹が立った。いつもの通り道から一本隣の裏路地を歩くことにした。何軒かおきに灯りが灯っていて、中からは妙にキーを外したおじさんの声がはずんていた。そんな道を10分くらい進むと、一軒の喫茶店と出会った。そこには、「喫茶 夜長」と書いていた。

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