42.その後

 私自身に関しては、大神官プレケス・アエデース・カテドラリース・ミーラクルムとの出会いで、運命が大きく変わって行った。

 もし、彼女の暗殺の命令を受けていなかったら、こんなことにはなっていなかったであろう。

 一人の優秀な暗殺者として、人生を終えていただろう。

 円満な死など、出来なかったであろうし。


 プレアも、良く決断したものだ。

 暗殺者としてやって来た人間のプロポーズを受けるなど。

 平時なら、ありえない事だったろう。


 リリィは二人の性格を良く受け継いでいる。

 二人が生きていれば、自慢の娘と、俺に当てつけに来ていただろう。


 再び、ルナから手紙が来た。

 異世界人の小説家『枇々木ヒビキ言辞ゲンジ』が、最終巻を出版したという。

 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(結婚編)」というタイトルだ。

 そして、リリィが結婚した。

 ようやくだ。

 何やら、王族貴族も、お忍びで来ていたらしい。

 なかなかに豪勢ではないか?

 

 各話のタイトルは、気になっただけでは、このようなものである。

 衣装選び。

 コダワる二人。

 掲載危機。

 カウントダウン。

 会場前。そして、最後の舞。

 異世界人との結婚式。


「あのぶっきら棒だったリリィが、花嫁衣裳か?」

 衣装選びのシーンでは、ヒロインが着せ替え人形の様に試着されられてヘバッている様子が書かれてあった。

 そのシーンをリリィの姿で想像してしまい、私はクスッと笑った。

 

「まあ、こういった方面は、部隊の時に教える内容じゃないからな」

 しかし、これは、残った元帝国暗殺部隊の子達にとっても、良い手本となるかもしれない。

 そう意味では、手本書みたいな役割もしているのか?

 なかなかに賢いものだな、異世界小説家の若造め。


 式の様子が書いてあった。

 それを読んでいる時は、まるで式のシーンが目の前に浮かぶようであった。

 参列で出来ぬのは、少し後悔はしたが、死神が参列するわけにもいかない。

 しかし、参列しない方が良かったと思う。

 世の全ての父親は、こんな気持ちを味わうのだろうか?

 まるで小さな恋人を失うような。

 寂しく、切ないく、イトおしく。

 幸せそうにしている娘の姿に、心がいっぱいになる。

 人ではない人外とも何度も闘い、リリィの旅立ちの時にも闘い、リリィの幸せを妨げる者とも戦った。

 ずっと、リリィを守るために闘い続けたというのに、リリィは後ろを振り向きもせず、あの異世界小説家の若造の元に走って行った。

 それは、それは、嬉しそうな後ろ姿で。

 リリィの幸せを思うのなら、それを止められるはずがない。

 

 これからは、リリィは平凡であるが大きな道をあるいて行ってもらわなければならないのだから。


 それは、母プレアが本当に願った道なのだ。


「親方様」

 オルトが深刻な顔をして私の元に来た。

「どうしたオルト? 何があった?」

「はい。帝国暗殺部隊予備隊隊長を中心に、何か動きがあると報告がありました」

「帝国暗殺部隊予備隊隊長か? 確か、アールキナーティオ・ディーレクトゥスという名前だったな」

「はい。そいつが、魔導士を大量に育成している様です」

「ふーむ。リンド皇国の申し入れで使えない様にしてるのでないか?」

「まあ、口約束ですからねぇ」

「そうだな。もう少し情報が必要だな」

「はい。引き続き監視を続けていきます」

「うむ。無理はするなよ」

「はい」


 さて、ようやく平穏無事に余生を送れると思ったのに、運命の女神は、私に最後まで戦わせるつもりらしい。


 だが、何度来ても闘い、勝ち抜く。

 それが、私の愛したプレアとの約束。

 我が親友シャランジェール・エクセルキトゥスとの約束。

 二人の可愛い娘であり、我が娘の様にして育てたリリィへの約束。


 隊のみんなの行く末も、守ってやらねばならない。

 だが、それを守る労力は、リリィの課せられた運命からすれば大したことではないだろう。


 リリィには、父シャランジェールと母プレアの事は、いつ話すべきだろうか?

 墓場まで持って行くのもあるかも知れない。

 だが、リリィは知りたいと思うだろうか?

 仮に話すにしても、もう少し先になるだろう。

 世界の行く末がかかっていると言っていたような事を話していたが、そこまでの事は私には分からない。

 今のリリィなら受け入れることが可能だろう。

 だが、母プレアから受け継いだ力をリリィが使うには、リリィには暗い闇を背負わせ過ぎた。

 だから、プレアは、リリィには生き延びる事だけを望んだのだろう。

 何という母親だろうか?

 

 今だに、リリィの秘めた力を利用しようとしている者がいる限り。

 それを他の者が知り、敵となってしまうのも避けたいのだ。


 プレアには、話す必要もないと言われた。

 だが、何時か話すときが来ると思う。

 その時は、我が剣とシャランジェールから預かった剣を、お前に継がせよう。

 お前なら、使いこなせるだろう。


 リリィよ、これからは幸せな道を歩みなさい。

 まだ世界は不穏だから、お前を逃してはくれないかもしれない。

 だが、私が生きている限り、お前を守ろう。

 それが、世間でいう父の役割だろうから。

 

 そんなことを考えていたら、もう夜が明けようかという時間になってしまった。


 とても勢い良く朝日が昇って行く。

 これからの世界の流れが、この朝日の様に明るく力強く天上に上って行くのを願うばかりだ。

 

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【完結】暗殺者の孤独な闘い。愛した女神官の娘を守るため、闇と戦い、闇に染まる。だけど、その娘は異世界から来た若造の嫁になる 日向 たかのり @bisei

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