第7話
♤
(もう、後悔したくねえ‼)
車輪が小石を踏み、ふわりとした一瞬の浮遊感を感じて着地した。
速度は落ちない、左右交互にペダルを回す両ふとももはとっくに破裂しそうになっている。
ざわめく教室の中で、舞依の母方の祖母が倒れたために、舞依が予定を繰り上げて移動することになったと担任は告げた。
元々は朝のホームルームを自習にして、担任が舞依の引っ越し先まで送り届けるはずだったらしい。
そこに無理を言って、秀斗は担任から舞依の居場所の情報を聞き出し、同級生や先生の野次もそのままに、自前のマウンテンバイクを引っ張りまたいだ。
息はとっくに切れている、心臓ははちきれそうで、肺も痛い。
(構うかよ‼)
これはきっと神がくれた最後のチャンスだ。これを逃せば、もう舞依とは会えなくなるような気さえしていたから。
※※※
「舞依‼」
新幹線乗り場で舞依を見つけると、いてもたっても居られなくなって、叫んだ。
舞依は秀斗を見つけると、まるで亡霊でも見たかのような顔になっていた。
「なんで、秀斗、ここに……どうやって……」
彼女の方も混乱している様子で、言葉もしどろもどろだった。
それを落ち着ける意味合いも込めて、秀斗は自身の息も整える時間を作る。
「マウンテンバイクで……ちょっと……な」
切れ切れになりながらも、秀斗はスクールバックに入れていた――成宮から受け取った物を舞依に手渡した。
「これ……」
それは、特に面白みも意外性もない。
クラスメイトの寄せ書きと、手作りのアルバムだった。
「もしかして、委員って――」
「……ああ、クラスの連中が、サプライズでって言うからよ」
後頭部を手で搔きながら、電光掲示板を見やる。
(もう、時間がねえ……)
「そっか、そうだったんだ……」
舞依は頬を薄い桃色に染めながら、それらを大切そうに胸に抱いた。
(――もう、迷ってる場合じゃねえ‼)
「あのさ、秀斗……私、実は――」
「舞依‼」
どこまでいっても、自分のタイミングが掴めないことにイライラする。
おかげで、言葉同士がぶつかって変な沈黙を作り出してしまった。
「ごめん、秀斗からで……なに?」
「え、あっ、いや……」
手が震える。この期に及んでまだ、秀斗の中の者は逃げ出したがっていた。
(逃げんな、変な意地張んな、恥ずかしがんな! これを逃したらもう――)
きっと――。
(きっと、俺は俺を許せなくなる‼)
「…………俺、バカなヤツの方が好きだ、ぜ?」
………………。
(声超裏返ったぁぁぁぁ‼ 終わった……死のう、丁度いい線路がここに……ああ、でもそうなったら舞依が帰れなくなるな)
せめてもの手向けにと、舞依の顔を恐る恐る見上げる。
「……舞依?」
「………………」
当の舞依は、ぼーっと無機質に一点、秀斗を見つめていた。
「それって……」
「え?」
新幹線到着のアナウンスに遅れて、白と緑を基調としたものが風を運んでゆっくりと停車した。
「誰の事バカだって言ってんの‼」
鼻に人差し指押し付け、顔を近づけ怒鳴ってくる舞依。
「そ、れは……」
――お前、と言い出せない。
(最後の最後で俺は――ッ!)
そうこうしている内に、母親に急かされた舞依は新幹線に乗り込もうとしていた。
「ま、待ってくれ、舞依!」
(言え、言うんだよ! ここで言わなきゃ、さっきの恥も無駄になるだろうがッ‼)
「――秀斗」
呼ばれた声に顔を上げると、舞依は、首だけで完全にこちらを振り返っていた。
「私、バカな人嫌いだから」
え、と困惑する秀斗に、舞依は両目を細めて笑って。
「だから大学で、また会おうぜ――私の話、おしまい」
言って、タイミングを見計らったかのように自動ドアが閉まる。
なんの余韻も残さぬまま、新幹線は徐々にその速度を上げ、やがて視界から完全にいなくなった。
「なんだよ……それ」
最後の最後までいつも通りというか、互いに意地を張ってばかりだった。
(でも……)
さっきの舞依の言葉を思い出す。
――大学でまた。
「そうか……」
きっと、今度の彼女は本気だ。
そしてなぜだかは分からないけど、彼女なら成し遂げてくれるだろうという確信めいたものが胸の中で湧いた。
秀斗は、ぐぐっと痛いくらいに伸びをして、気持ちのいい朝の息を吸っては吐いた。
「――うしっ、勉強すっか」
――――完
もー反発的恋愛感! @alc8_tsuyoi
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