第6話
♡
「舞依、忘れ物ない?」
「ないってば、散々家の中見たでしょ」
母親は「それもそうね」なんて言いながら、線路を越えた先の看板を眺めている。
どうせあと一時間もしないうちに同じことをまた聞いてくるだろう。
「……ごめんね、舞依」
ぽつり、耳を澄ましてなければ風でかき消されていたような呟きを、母親が漏らした。
「別に、おばあちゃんが倒れたならしょうがないでしょ」
「でも、友達に挨拶とかしたかったでしょ」
「別に……メッセしたし」
秀斗を除いては、だ。
後悔がないといったら嘘になる、結局、何も言わずに出てきて。
(告白どころか、謝罪も出来なかったなんてね)
なんというお笑い
「そういえば、浅井さんちの秀斗くん。よく一緒に遊んでたでしょ、挨拶はした?」
なんというタイミング。
「まあ、ね」
「そう……私もご挨拶しとけばよかったかしら、長年お世話になったわけだし」
普通の引っ越しならまだしも、こんな後ろめたい理由の引っ越しで挨拶なんか恥ずかしくて出来ない――と思いつつも、舞依は寸でのところで言葉にするのを止めた。
「長年お世話になったなら今さらでしょ――昔にすがって、いつまでも鬱陶しいって思われるよ」
それは一体誰に向けての言葉か。
――きっと、これでいい。
秀斗のためにも、これ以上、自分の気持ちで振り回してはいけない。
(これはきっと――)
勇気が出せなかった自分への罰だ。
「――舞依‼」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます