第6話

                   ♡


「舞依、忘れ物ない?」

「ないってば、散々家の中見たでしょ」


 母親は「それもそうね」なんて言いながら、線路を越えた先の看板を眺めている。

 どうせあと一時間もしないうちに同じことをまた聞いてくるだろう。


「……ごめんね、舞依」


 ぽつり、耳を澄ましてなければ風でかき消されていたような呟きを、母親が漏らした。


「別に、おばあちゃんが倒れたならしょうがないでしょ」

「でも、友達に挨拶とかしたかったでしょ」

「別に……メッセしたし」


 秀斗を除いては、だ。

 後悔がないといったら嘘になる、結局、何も言わずに出てきて。


(告白どころか、謝罪も出来なかったなんてね)


 なんというお笑いぐさ。昔も今も、ずっと、舞依と秀斗は変わらなかった。


「そういえば、浅井さんちの秀斗くん。よく一緒に遊んでたでしょ、挨拶はした?」


 なんというタイミング。


「まあ、ね」

「そう……私もご挨拶しとけばよかったかしら、長年お世話になったわけだし」


 普通の引っ越しならまだしも、こんな後ろめたい理由の引っ越しで挨拶なんか恥ずかしくて出来ない――と思いつつも、舞依は寸でのところで言葉にするのを止めた。


「長年お世話になったなら今さらでしょ――昔にすがって、いつまでも鬱陶しいって思われるよ」


 それは一体誰に向けての言葉か。

 ――きっと、これでいい。

 秀斗のためにも、これ以上、自分の気持ちで振り回してはいけない。


(これはきっと――)

 

 勇気が出せなかった自分への罰だ。

 


「――舞依‼」

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