04. おはようのキス
いつか伸ばし棒をつかって小さなカーテンを作ろうと思っていたのに、二年経ってもそのままだ。その小窓から差し込んでくる朝陽が心地よいからといえばそれまでだけれど、少なくとも冬の陽の光に起こされるのは気分がいい。四季のないアラームよりはいい。ぼくはそう感じている。
すやすやと眠っている鶴子の髪を優しく
4月からは修士2年になる鶴子と、2月の試験をクリアすれば博士課程に進むことになるぼくは、いまと変わらず恋人どうしでいられるだろうか。置かれている環境の変化が、たちまちに断層を生んで、ぼくたちを引き離してしまわないだろうか。
そうした茫漠とした不安にも気づいているのかもしれない。「大丈夫ですよ」という寝言が聞こえてきた。時計のふたつの針が、ぴたりと重なって静かに止まったような、そんな感覚がした。
もう一度、目をつむった。時間を確認することなく。裏にある公園が、うっすらと積もった雪のなか、きらきらと輝いているのを、思い浮かべながら。
* * *
「先輩、起きてください」
右も左もつねられているせいで、頬の痛みは均衡してしまっていて、どこか心地よさを感じてしまっている。まぶたが落ちてしまう。
「もう……こうすれば起きてくれますかね」
目を開ける暇もなく、唇で唇を塞がれてしまう。息継ぎができない。苦しくなってくる。掛けぶとんを左手で何度も叩いて、ギブアップの意志を示す。
「おはようございます……もう、こんばんはの時間ですけど」
「えっ、うそ?」
ぎゅっと目をつむって、ぱっと開いて、机の上の時計を見ると、夕方の5時になっていた。
「気持ちよく寝ていたから起こしませんでしたけど、さすがにもう夜になりますから」
「夜……どうする?」
「なにか買ってきます?」
「もう暗いから、冷蔵庫にあるもので済ませようか。鶴子は、なにを食べたい?」
「べつに、買ってくるくらいなんともないですけど」
寝起きだからだろうか。自分の傍から鶴子が抜け出てしまっていくことが耐え切れない。両手をバッと広げて、こっちに飛び込んできてと甘えてみる。
鶴子は、やれやれといった顔をしたあと、思いっきりぼくの胸に飛び込んできた。そのままベッドに押し倒される形になってしまった。
ベッドの上で横並びになり、目を合わせて、その奥にある表情に安らぎあう。
「優しい目をしています。上っ面の優しさではない、ほんとうの優しさがあります」
「鶴子の方こそ、安心するよ」
「わたしを見ている目だけ、優しくあってほしい、なんて思っちゃいます」
鶴子は、口角を上げて、ぼくの頬に8の字を描く。
「わたしだけを見つめてほしいって、物語の世界のセリフじゃないんだなって」
ぼくたちは、目と目を合わせたまま、床についた足を静かに動かしながら、少しずつ距離を狭めていく。そして何回目かも何秒間かも分からないキスをした。
「おはようのキス……ですかね?」
鶴子はそう呟いてくすくすと笑った。それにつられて、ぼくも笑い声をだしてしまった。
「冷めないうちに食べようか」
「いただきます」
お行儀よく手を合わせる鶴子。
冷蔵庫にあった野菜と、いつかしゃぶしゃぶに使おうと思っていた肉を入れただけの鍋を、ひとりのときとは違い、ゆっくりと食していった。
「先輩が肉ばっかり食べないように、わたしが食べてあげますね」
「ちゃんと野菜も食べないと、風邪をひくよ」
「風邪をひいたら、看病しに来てくださいね」
「ひかないのが一番だから、肉ばかり食べないように」
「じゃあ、あーんってしてください」
いつまでこうしていられるのかは、ぼくには分からないけれど、そんなことを考えていてもしかたがないのだろう。というより、そういう不安を抱えながらでないと、ぼくたちは、ぼくたちでいられないのかもしれない。
そんなことを思いながら、白菜を
ただ、年を越す 紫鳥コウ @Smilitary
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