第3話

 会計を済ませ店を出る。マンションまでの帰り道琴音は何か言いたげな顔をしていた。


 しばらくの沈黙の後、春斗が口を開く。


「琴音さん、ご飯ありがとうございました」


「私も付き合ってくれてありがと。久しぶりに誰かとご飯食べたよ。一人で食べるのとやっぱ違うなぁ……………」


 琴音は遠い目をした。そうしてまたしても口を開く。


「私ね、今いる会社の上司にパワハラ受けてるんだ……………」


「えっ…………」


 突然の発言に春斗は戸惑ってしまっていた。


「何をしても山城!って言って怒鳴ってくるんだ。ミスをした訳でも無い、むしろその上司がミスばっかしてるのに全部私のせいにして怒鳴って来て、セクハラもされたことあったかな……………」


 琴音の瞳には微かに涙が溜まっていた。思い出すだけで辛い、それはどれほどしんどい毎日なのだろうか。春斗には想像も出来ない。


「それのせいかわかんないんだけど苗字で呼ばれるだけでもあの上司を思い出しちゃうの」


 琴音が山城と呼ばれたくない理由に気がついた春斗は心配そうな顔を琴音に向ける。


「ごめんね、突然。なんか話したくなっちゃって」


 琴音の瞳から一粒の涙がこぼれた。


「いえ、話して楽になるなら何時間でも聞きますよ。琴音さんに自殺は似合わないと思いますから」


「似合わない?」


「ええ、似合いませんよ。まだ合って一時間ちょっとですけど、琴音さんは生きていた方がいい、僕みたいな奴を笑わせられるんですからこれから先、絶対いい事ありますよ。僕は確信してます」


「そ、そうかな…………?」


 あまりに真剣な眼差しで言ってくる春斗に琴音は少し戸惑う。


「そうですよ。それにそんなキモイ上司に自分の人生潰されるの、悔しくないですか?」


「そりゃ悔しいよ。でもどうしようもないんだよ」


「僕はあなたより若い、まだ社会も知らない学生です。社会を知ってる人ならこんなことは簡単に言わないのかもしれない、でも知らない僕だから言います。そんな会社辞めればいい、あなたの人生はまだ長いんですから」


 それを聞いて琴音は顔をハッとさせ、鼻で笑った。


「ほんと勝手だね。社会舐めすぎだよ……………。でもありがと」


 琴音は涙を拭き取り、笑みを浮かべる。


「それを言うなら春斗くんも死んじゃだめだよ。私よりまだ人生長いんだから」


「そうですね。でも一人でやっていける自信はないです」


「それなら、私が手伝ってあげるよ。なんてったってお隣だからね!お姉ちゃんくらいにはなってあげてもいいよ」


 琴音は何故かドヤ顔をする。


「でも料理は教えられないよ。出来ないから」


「良いですよ。それくらいは出来るんで」


「えっ!?できるの!」


「はい、出来ますよ」


 琴音は春斗になにか負けたような気分になった。


「じゃあもう琴音さん死ねないですね。僕に人生を教えないといけなくなりましたから」


「ほんとだ!」


「それなら春斗くんもさっきの発言には責任取ってね」


 琴音は意地悪な笑みを浮かべる。


「なんの事ですか?」


「私、今の会社辞める事にしたから。来月には無職になるんだよ!」


 春斗は目をまん丸にして驚いた。


「ははっ、良いですよ。食べ物くらいなら分けてあげます。なんてったってお隣ですから」


 琴音と春斗はお互いに笑い合う。目を前の大きな壁を超えたような、そんな気がしていた。


「でも琴音さん大食いですからね。冷蔵庫がすぐ空になってしまいそうです」


「失礼な!社会人はあれくらい普通だよ」


「そうなんですか?」


 春斗の表情はさっきと比べ物にならないほどに穏やかになっていた。


「祖父母に頼んでみますね。帰りたくないって」


「うん、それがいいと思う」


「春斗くんいなくなっちゃったら、私寂しいし」


「あくまで自分のためですか…………」


「へへっ、まあね」


 琴音は笑みを浮かべる。それを見て春斗は少し照れくさくなっていた。


「今の私たちって無敵だよね」


「無敵ですか?」


「うん!だって本当に辛くなったら死んじゃえば良いんだからさ」


「今、自分がすごいこと言ってるって自覚あります?」


「うーん、ちょっとだけ……………?」


「まぁ、でも確かに無敵なのかもしれないですね」


 すると琴音が手を差し出す。


「これからよろしくね春斗くん」


「はい、よろしくお願いします琴音さん」


 春斗はその手を取り、強く握った。


 冷たい風が吹き抜け、真っ赤になっている二人の手が自然と暖かくなる。


 何だか恥ずかしくなり、頬赤く染める二人。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。



【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にたい僕と本当は生きたい彼女はお隣さんだった シュミ @syumi152

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画