推しとの同居は夢見たけれど、こんなの聞いてない

五色ひいらぎ

知りたくなかった真実

 現在、推しと同居中。

 と、言ってもいいのだろうか。


「お~い! 有希、酒が出ておらぬぞ~」


 1LDKの安部屋を揺らし、今日も重低音が響く。隣近所に聞こえないらしいのは救いだけど、私の神経を逆撫でするには十分だ。

 リビングには、浅黒い肌に濃い体毛の髭だるまおっさんが、いつものように胡坐あぐらをかいている。

 私は精いっぱいの嫌味をこめて言った。


「疲れて帰ってきた勤め人に、開口一番それはないんじゃありませんか、忠綱公?」

「しかし、わしはそなたの『推し』じゃろう」


 ええ、そうですよ。そうだったはずですよ。

 深宮ふかみや藩初代藩主に仕えた、白皙の美青年武将「河津忠綱かわづただつな」。名を初めて知ったのは、スマホゲー「イケメン天下統一」のサブキャラとしてだった。深宮藩は小さな藩で、忠綱公も地元の人以外には知られてないマイナー武将だったけれど、それが逆に私の推し魂に火をつけた。

 忠綱公の良さを知ってるのは、私だけ。

 史実を調べるうち、どんどん私は忠綱公にのめり込んだ。会いたいと思い、一緒に住めればとも願った。

 たまに出るキャラグッズは買いあさり、聖地巡礼にも行き……地元の神社で、私はひとつの白い石を見つけた。すべすべの表面が忠綱公のイメージと重なり……いけないとは思いつつ持って帰ってしまった。

 それからだ。「河津忠綱」を名乗るこの髭だるまおっさんが、うちのマンションに居着いたのは。

 もちろん訊いた。忠綱公は線の細い美青年ではないかと。博物館の図録を開き、公の肖像画を示してみせると、髭のおっさんは大笑いした。


「これは儂の弟、河津忠之かわづただゆきじゃな。どこで取り違えられたかわからぬが」


 ああ、歴史なんてそんなものだ。何が本当で何が嘘かなんて、当時を生きた人にしかわからない。

 でも。


「推しって何のことかわかってます、忠綱公?」

「主君のようなものじゃろう。我が霊力の及ぶ限り、有希、儂はそなたを守ろうぞ」


 こういうところだけは、ちょっと推せる。……かもしれない。



【終】

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推しとの同居は夢見たけれど、こんなの聞いてない 五色ひいらぎ @hiiragi_goshiki

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