掌の小説~奇妙なアルバイト編~
吉太郎
第1話 奇妙なアルバイト
【急募】深夜のロッカー清掃
初心者大歓迎!! 午後22時~午前0時の2時間、⚫⚫駅構内のロッカー外部・内部の清掃をしていただきます。(雑巾・バケツ・ゴミ袋を支給します)
《注意事項》
・清掃中、ロッカー内部の物を持ち帰ってはいけません。
・清掃中、何を見ても、何が起きても持ち帰ってはいけません。
・アルバイト中のあらゆる不慮の事柄について、募集元は一切の責任を負いません。
業務時間:午後22時~午前0時まで。掃除が終わり次第途中退勤可。
時給:3万円。交通費等については要相談。
問い合わせ:⚫⚫駅事務室まで。
電話番号:***ー****ー****
・・・僕ね? 今まで結構色んなバイトをしてきたんですよ。
元々これといって夢もなくて、定職に就く気も無かったんで、気の赴くままに多少リスクはあるけど結構時給が良いバイトとか日銭稼ぎのために転々としてたんです。
んで、色んなバイトをこなしていく中で、時に普通のバイトじゃあり得ない奇妙なバイトに出くわすことがあるんですよ。あ、麻薬を運ぶとか死体を遺棄するとか、そういう危険なものじゃなくて・・・、むしろ素晴らしい出会いがあるというか・・・。
とにかく、これから話すのはその「奇妙なバイト」で僕が体験した事なんです。
あれは夏も真っ盛りの8月でした。僕、お金がなさ過ぎて部屋の電気止められちゃって。最近の夏ってエアコン無いとキツいじゃないですか?だからすぐにでも電気代稼がなきゃと思って時給の良いバイトを探してたんですよ、求人雑誌とかスマホで。そしたら求人雑誌の片隅に『ロッカー清掃』の求人があって、めっちゃ時給が高かったんですぐに応募したんです。
・・・え?怪しいと思わなかったか?
勿論思いましたよ。あまりにも時給が高すぎるし、注意事項もかなり不穏だし。でも1時間の清掃で3万もらえるんですよ?当時の僕からしたら天からのお恵みのように感じられて、すぐに問い合わせ先に連絡しました。
電話したら事務の女性が出て、バイトの旨を伝えると電話越しに凄い歓迎されました。どうやら今まで全然バイトの応募が来なくて困ってたらしいんですよね。まぁあんな募集の仕方じゃしょうがないよな、とか思いつつ、なんやかんやで翌日から働けることになりました。
それで翌日の午後22時ちょっと前、服装は自由って事だったんで動きやすいジャージ姿で募集元の駅の事務室に伺いました。
「あらぁ、バイトの方?」
事務室で対応してくださったのは恐らく昨日、電話口で話した50代くらいの事務のおばちゃんでした。おばちゃんは事務室の奥から古ぼけたバケツと雑巾、ゴミ袋を取ってきて僕に手渡すと、
「じゃあ、お願いね。ロッカーはあそこ、トイレの脇のスペースにあるから。ロッカーの中にあるモノは、基本全部捨ててね?全部よ?」
それじゃあ、よろしく~って言って、そそくさと帰っちゃったんですよ。事務室の戸締まりして。あり得ます? いくら簡単なバイトだからってもうちょっと説明とか、なんか有るじゃ無いですか?掃除用具渡されただけであとよろしくって・・・。この時点で「やっぱり、普通のバイトじゃ無いな」って改めて感じましたよ。
ともかく、バイトに来たわけですから働かなきゃって事で、掃除用具を握りしめてロッカースペースに向かいました。
バイト先の駅は、普段あまり利用者がいないような寂れた駅でした。手前からこぢんまりとした事務室、二つあるも一つは整備中の発券機、たまにガガッて変な音がする改札口、そして一番奥に薄暗い男女兼用のトイレと、その隣の少し窪んだスペースに縦5横5計25個積まれたロッカーが有ります。錆やら埃やらで若干黒ずんだロッカーを前に、私は腕を捲りました。
トイレの手洗い場でバケツに水を汲んで、雑巾を絞って、まずはロッカー全体を拭き始めました。拭き始めて気づいたんですけど、ロッカーに付いてる汚れって黒いと言うより赤黒いんですよ。よーく見ると錆もそこまで付いてないのに。何の汚れだ?って疑問に思いつつ右上から左下まで順番に拭いていきました。
ある程度赤黒い汚れが取れた辺りで、次はロッカーの中の掃除に取りかかりました。ロッカーには全部鍵が付いてて、どこも使われてなかったんで全部開けることができたんです。ですから拭くときと同じように、右上から左下にかけて順に中を開けていきました。
使われてないロッカーですから中も空かなと思ったら、結構色々入ってるんですよ。寂れた駅の、誰も使わないようなロッカーだからってゴミ箱みたいに使う人がいるんですかね。カップ麺の容器、ペットボトル、ボロボロの雑誌、靴、異臭を放つ衣類、誰が使ったか分からないアダルトグッズとか・・・。とにかく、一つ一つに何かしら入ってるんですよ。もう気持ち悪くて、さっさとゴミ袋の中に放り込みました。注意事項には『ロッカー内部の物を持ち帰るな』って書いてありますけど、こんなの持ち帰るわけ無いですよね?
3分の2くらいのロッカーを開け終わった辺りで、手が止まりました。僕が手を止めたのは一番左端、下から2段目のロッカーです。始めにロッカー全体を見たときから思ってたんですけど、このロッカーが一番汚れてたんです。とくに赤黒い汚れが多くて、雑巾でかなり念入りに拭いたんですけど、ほとんど取れませんでした。そんな汚いロッカーの中なんて、更に汚そうじゃないですか。だから一度手を止めたんです。でも、ここで手を止めてたら掃除が終わりません。僕は大きく息を吐いて気持を整えた後、勢いよくロッカーを開けました。
そこには、真っ白な布に包まれた3~40センチくらいの塊がありました。ロッカーの中では見づらいので僕はその塊を掴んで出そうとしました。
グニッ
何か、柔らかい物を掴んだような感覚があって驚きましたけど、ほのかに暖かくて。とてもこれまで捨てたような汚い物には思えなかったのでつい抱きかかえるようにその塊を外に出しました。
不思議な感覚ですよ。母性というか、庇護欲というか、今まで感じたことのないような「守ってあげたい」って感覚になったんです。
でも、ロッカー内の物は何であれ捨てなければならないし、そもそもこんな得体の知れない物家に持って帰るわけにはいきません。
僕は泣く泣く抱きかかえていた塊をゴミ袋に入れようとしました。
その時、白い布の隙間から小さな何かが出てきて、僕の腕に触れました。肌色のか細い小枝のような何かが。
手、でした。僕の5分の1にも満たない小さな小さな手。それは縋るように僕の腕を掴みました。
そして、布の中から何か声が聞こえるんです。囁きより更に小さいか細い声が。
僕はゆーっくりと布に顔を近づけ、耳を当てました。すると、
「もう捨てないで」
後に聞いた話なんですが、その駅周辺ではよく『新生児の遺棄事件』が起こっているそうなんです。そして僕が掃除したロッカーの、左端の下から2段目に遺棄するケースが最も多いんだとか。
可哀想ですよね、こんなに可愛い子を捨てるなんて。考えられませんよ。
・・・え?その後僕がどうしたかって?
ずっと続けてますよ。バイト。
食費がどんどん増えて大変ですけどね。
あなたもどうです?
もう36人目です。
掌の小説~奇妙なアルバイト編~ 吉太郎 @kititarou
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