episode 3 「ホワイトデー!!どうしよう!」
《お嬢、大丈夫です?》
「ぜんっぜんだめ。」
ウェティスは悩んでいた。
お菓子が再度町に出回るようになった時期。少しづつ気温も暖かくなり、花の蕾も膨らんでくるこの時期!
ウェティスの頭の中はとある一言でいっぱいになっていた。
「ホワイトデー!!どうしよう!」
◆
バレンタインチョコは、いつもの東屋でイフリレからもらった。
『ウェティス。君甘いもの好きだろう。これよかったら食べてくれ。』
手渡されたのは市販のチョコレート。
バレンタイン用のちょっと豪華な箱に入った色とりどりのチョコレートだった。
『あら、市販のチョコレートなのね?』
『さすがに手作りはハードルが高くてな……。勘弁してくれ。』
『ふふ、良いのよ。ありがとう。大事にいただくわ。』
努めて冷静にウェティスは受け取っていたが、そのあとこっそり自室で転げまわっていた。
シルフはもちろん、屋敷の使用人は全員そのことを知っている。
◆
そんなコメディがあったのが約1か月前。
もらったチョコレートはちょっとづつ晩御飯の後に食べ、つい先日食べきってしまったところだ。現在は3月7日。ホワイトデーまで後1週間に迫っていた。
シルフは、そんな時期になっても悩み続けるウェティスにむけて、気になっていたことを聞いてみた。
《というか、そういうのはお嬢ノリノリで選んでるもんだと思ってました。バレンタインデーに。》
「違うの。選ぼうとしてたんだけど、決まらなかったのよ。手作りでもいいかな、でも手作りだと重いかも、市販の物でもいいけど可愛すぎるのよね全部、イフリレがかわいいチョコをほおばっている姿も見たいけど、シンプルなダークチョコを食べている姿もみたいし、でも全部買って渡すわけにはいかないのよだって体づくりしてるじゃない!体づくりの天敵っぽいチョコあげるのはな~~~う~~~んって考えて。」
いろいろ考えたんだなお嬢。すごいぞ。
《はい》
「結局用意できなかったのよね……」
いや、用意できなかったんかい。
という言葉は飲み込んで、意外だ。
《というか手作りが重いって、いまさらじゃないですか。何回手作りのお菓子でもてなしてるんです》
と思わずウェティスの言葉に茶々を入れるシルフ。
「分かってないわねあなた。いつものはお茶会用のお菓子でしょ。バレンタインは話が違うのよ。わかる?」
《はぁ》
「あのねぇバレンタインにチョコ渡すって、どういう事かわかってるの?わかってないわね、ナンセンス!あのねバレンタインって、女性はチョコレートをはじめとしたお菓子を、男性は花なんかを想っている相手に送るいいきっかけの日なのよ。誰がそう言い始めたのかは分からなけれど、私が学生の頃はもうそんな文化があったわね。この日はカップルが増えてたなぁ。」
一息でまくしたてるウェティス。
《へぇ。》
とまたしても適当な返事を返すシルフ。
「興味なさそうね」
《まあ、人間のこういうきっかけづくりしないと勇気出せないところ、愛おしくはありますけどね。》
お嬢もその一人でしょ、とつぶやく。
「で、どうしよう。何かお返ししたい。」
《無難にお菓子を返すのはいかがです?》
「いやよ。だってなんかお菓子毎に意味があるらしいじゃない。私が知らない意味で勘違いされたら困るわ。後できればイフリレの手元に残るやつが良い。見返すごとに私のこと思い出してくれるやつがいい。」
なんか重いぞお嬢。
《お、おも……重いですよお嬢。う~~ん、何がいいですかね。》
今回はそのまま言葉に出してしまったが、ウェティスはそんなシルフの言葉を気にしている様子はない。
「何がいいかしらねぇ……」
しばらくああでもない、こうでもないとお互いに意見を出す。
《あ、お嬢。ブリザーブドフラワーとかどうです》
「ブリザーブドフラワー?」
《生花をカラカラに乾燥させたもので、2・3年はもちますよ、アレ。ずっとというわけにはいかないので、また2年後に改めてブリザーブドフラワー送る、という事も可能だし。生花じゃないから手間もかかりません。イフリレのお嬢さん花の世話する時間なさそうですしね》
「う~~~~ん、お花ならありかな……。でもそれ今から準備できるの?」
《そこは私にお任せてくださいよ。乾燥は私の得意分野じゃないんで、友人に頼みましょう》
という事でブリザーブドフラワーの準備をすることになった。
ウェティスはイフリレに送りたい花と、ブリザーブドフラワーを飾る容器の選定に、シルフは知り合いの精に声をかけに行くという事で行動を別にする。
◆
その5日後。ウェティスの部屋には大量かつ色とりどりの生花といくつかの容器が用意され、その部屋様子を2人の精が呆れた顔で眺めていた。
《お嬢、こんなに集めたんですか?多すぎません?》
《あなたお気に入りのお嬢さん、優柔不断なのねぇ》
シルフと共に眺めているのはニンフ。水の精だった。自分が風で乾かすより水を抜いてもらう方が早いだろうし、綺麗にできるだろうという判断でウェティスの屋敷に赴いてもらった。
「だって……あれもこれもどれもそれもイフリレに似合うんだもの。とりあえず似合いそうな色のお花を手当たり次第買えばいい感じの物できるかなって思って。大は小を兼ねるでしょ?」
《兼ねますけど、程度ってもんがあるんですよ。程度ってもんが》
さて、どうしたものか。
《ワタシはまず、そのお嬢さんの想い人の話聞きたいわ。どんな方なの?》
「聞いてくれます!?シルフ全然聞いてくれないの。えっとね、彼女イフリレっていうんだけどね……」
話を聞くと言ったニンフにキラキラとした視線を向け、ウェティスはイフリレの魅力を一切の淀みなく話続ける。ニンフもその話を聞きながら適度に適切に相打ちをしているのだから、大したものだ。
しばらくしてウェティスが語り終える。
「……ってね!かっこいいでしょ。かわいいだけじゃなくてかっこいいも備えてる、そんな最強なイフリレが、私は好きなの。」
《ええ~~!いいじゃない!久しぶりにアツい恋バナ聞いたわぁ~》
よほど楽しかったのか、ニンフは両手を頬に当てにこにこしている。
「今日初対面なのに突然こんなに聞いてくれるの本当に嬉しい!シルフ、私が話始めるとすぐどこか行くんだもの」
《あらそうなの?じゃあ後でワタシが捕まえておくから、思う存分語ってあげるといいわ》
気づけば悪友になっていた。
《やめてくださいよ。私何回聞いてると思うんです、お嬢の惚気話》
《こういうのは何回聞いてもいいものでしょ、何言ってるのよ》
「そうだそうだー!たくさん話させろー!!」
《ああああ~もう!うるさいでうすねぇ!!で!どういうのを送るんです!?決まりました?決まりましたよね?もう私いなくてもいいです!?》
2人がかりでいじめてくるウェティスとニンフ。自分にとって出会わせては面倒なことになる2人を引き合わせてしまったと、シルフは後悔し始めていた。
《お花、というかホワイトデーをワタシにプロデュースさせてもらってもいいかしら》
と、そこでニンフが声をあげた。
《さっきまでのお嬢さんのお話を聞く感じだと……》
うんうんと2人はニンフの言葉に耳を傾け、準備を始めた。
◆
そうして迎えたホワイトデー当日。
ウェティスは東屋でイフリレを待っていた。
《お嬢、手紙届けてきましたよ》
「ありがとう、シルフ」
《さっきも言いましたけど、イフリレのお嬢さんきたら呼びますから、部屋で待ってたらいいんじゃないですか?》
「ううん、いいの。ここで待ってる」
《そうですか》
いつもであれば、イフリレが来たことをシルフが伝えた後に部屋から出てくる。また、直前に手紙を送ることもない。
《まずはね雰囲気作りが大事なのよ、こういうのは。前回ホワイトデーに会う約束したって?じゃあ当日の朝、楽しみにしてるって書いちゃいなさいな。シルフ、あなたならすぐに相手の手元に届けられるでしょ?》
というニンフの言葉に背中を押され、ウェティスは昨晩何枚も手紙を書いては捨て、書いては捨てと繰り返していた。ウェティス曰く最高の出来である手紙を無事にイフリレへ届け、戻って来たのが今。今日は寒いから部屋で待っててくださいね、と言っておいたのだが、帰ってきても東屋に居るから改めて声をかけたのだが。
これも乙女心ってやつかなぁ。
ニンフと一緒に配置がどうだとか色合いがどうだとか言いながら作ったブリザーブドフラワー。
今は東屋の机の上に置かれ、ウェティスがきゅっと抱えている。
後は静かに時間が過ぎるのを待つのみだった。
◆
それから何時間か経った後。
いつもより少し遅い時間に差し掛かって、やっとイフリレがやって来た。
日はもう海の彼方へ沈みかけている。
「申し訳ないウェティス。待たせたかな」
「いいえ、私もさっきここについたところだったの」
そう言ってウェティスはいつも通りに笑う。
さっきどころか、ずいぶん前から居たじゃないですか。
「今日もお仕事の後にごめんなさいね、そこにかけて」
「ああ、ありがとう」
イフリレはいつものようにきっちり着込んだ軍服で、いつものようにいつもの席にかける。
「今日はホワイトデーね」
「そうだな」
「いくつか軍の皆さんからいただいたの?」
「いや、もらってないな。バレンタインデーに渡していないし」
あれ、とウェティスは約1か月前の出来事を思い出す。
市販の物なのねとからかったりした後の会話だ。
『でも、こんな綺麗はチョコレートなかなか見ないわよね。結構探し回ったんじゃない?』
『部下たちにも渡そうと思って、ちょうどいろんなお店を見て回っていたんだ。ちょうどいいのが見つかって良かったよ』
そうだ、部下たちにも渡すって言ってたのに。
「いや、あのえっと。渡そうとしていただけでいいのが見つからなかったというか、なんというか……」
しまったという顔で言い訳をこねくりまわすイフリレ。
「まだ何も言ってないのに」
「ウェティスの顔がそう言ってた!」
うぅ……と頭を抱えて呻きだしている。
ちょっといじわるしちゃおうかな。
「じゃあ改めて聞くけど、バレンタインデーは部下の皆さんにチョコ渡してないの?」
「……ああ」
「いいのが見つからなくて?」
「………そうだ」
「私のは見つかったのに?」
「…………」
呻くように答えていた声も、だんだん聞こえなくなっていく。
ついには観念したように、立ち上がり言った。
「そうだよ!ウェティスが!喜びそうなものを!選んだ!部下には渡していない!おいしかっただろうあれ!」
よく見れば目元がほんのりうるんでいる。
流石にいじめすぎちゃったかしら。でもかわいいからいっか!
イフリレの姿を見て、今日の目的を果たすため、体に力を籠める。今度は自分が勇気を出す番だ。
よし、いける。いけ私。
ニンフに言われたことを思いだす。
《秘めておくことで美しさが増す気持ちもあるけど、やっぱりきちんと言葉にすることで伝わる気持ちもあるわよ。いつもはそのイフリレというお嬢さんが踏み出してくれるのでしょ?今回はあなたもいっちゃいなさいな!ホワイトデーよ、いつもと違うことをしても罰は当たらないわ!》
そう、今日はホワイトデー。
その言葉だけを胸に、今日こそは。
「イフリレ」
いつもはなかなか呼ばない彼女の名前を呼ぶ。
「なんだ?」
ちょっと驚いている様子だけど、返事は帰って来た。まだちょっと恥ずかしそうだ。
「いつも、来てくれてありがとう」
「うん」
「なかなか会いに行けなくて、ごめんね」
「そんなことはない。私は好きでここにきてるんだ」
「これからも会いに来てくれる?」
「もちろん」
イフリレはいつもと変わらない、ちょっとぎこちない笑顔を向けてくれる。
夕日に照らされて、軍服のボタンが煌めいていた。
「良かったらこれ、家に飾って。」
そう言って用意していた包みを渡す。
ホワイトデーという雰囲気に背中を押されもう一言。
「いつもありがとう。大好きよ」
春風がウェティスの髪とドレスを揺らしていた。
わたしは、もどかしい百合に挟まれる風の精。 つじ みやび @MiyabiTsuji2525
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