秘密は天下の回りものっ!

青樹空良

秘密は天下の回りものっ!

「やっぱり結婚反対されちゃったね」

「そう、だな」

「ごめんね。うちの親がお前みたいな男に娘はやれん! とか昭和みたいなこと言い出して。頭固いんだよ。フリーターは無職みたいなものとかさ、貧乏なくせに娘を幸せに出来るのか、とかさ」

「うっ」


 励ましてくれているのかトドメを刺しているのかわからない彼女の言葉が、俺のハートに刺さりまくる。


「あ、ごめん! 私まで酷いこと言っちゃった」

「大丈夫……」


 気付いてくれただけまだマシだ。


「はぁ、でも、そんなことで反対されちゃうなんて……。私の家だって、別にそんなにお金があるわけでもないのに男にだけ求めるってなんなのかなぁ。私だってただのバイトだし。それでも、二人ならきっとなんとかなるのにね」

「そうだな」


 そこは俺も賛成だ。

 二人なら、きっとなんとかなる。もしも、貧乏だったとしてもきっと大丈夫だ。

 もしも、の話だが……。

 そう、実は。


「あ、そうだ。今日のご飯もすっごく美味しかったよ。もー、フリーターなんかやめて料理人にでもなっちゃえばいいのに」


 彼女が夕飯を食べ終わった食器を見て嬉しそうに笑う。


「そ、そうかな。あはははは」


 笑い、わざとらしくなっていないだろうか。

 そう、実は俺は料理系覆面YouTuberなんかをやっている。彼女には言っていないが、かなり人気でバイトなんかよりずっと稼いでいるし、彼女を養えるくらいの収入は実はある。正直おつりが来るくらい。

 お金があるからといって派手な生活をしていないのは、彼女との結婚を見据えて堅実に貯めているからだ。

 だが、


『YouTuberとかチャラくて嫌いだから、あんまり見ないんだよね。好きじゃなくてさ』


 以前彼女に言われてから切り出しにくくなってしまった。

 結婚するにあたってはいつか言わなければいけないと思ってはいる。

 これがなかなか切り出しにくい。

 どんなに他の人からすごいと言われていても、彼女に認められないのはやっぱり辛い。

 それに、今稼げているからといって、先の保証がある職業でもない。彼女と彼女の父親の言葉が辛かったのはそのせいもある。


「はぁ」


 思わずため息が出る。




 ◇ ◇ ◇




 彼がものすごく苦悩しているような顔をしている。

 やっぱり、うちのお父さんにボロクソ言われたことがショックなんだろうか。

 だけど、そんなに悩まなくてもいいのに、と思う。


「大丈夫大丈夫、二人ならなんとかなるって」


 私は彼の背中をそっと叩く。


「そう、だね」


 彼が弱々しく頷く。

 そんなに不安になることはない。

 だって、私……。

 実は親にも言っていないけど(トラブルになるといけないから、親しい人にもあまり話さない方がいいという話だった)、たまたま買った宝くじが高額当選して億万長者だ!

 だから、お金の心配は何もしなくてもいい。

 彼には、結婚が確定したら言うつもりでいる。うっかりその前に言ってしまったら、なんだか大変なことになりそうで怖いからだ。高額当選者につきまとうトラブルは多いらしい。そんなのは嫌だ。

 お金とか関係なく、彼には私のことを好きでいて欲しい。私だって、フリーターだろうがお金が無かろうが彼のことが好きなんだから。

 だけど、このままじゃ金銭的なことが問題で結婚までこぎ着けるのが難しそうだ。

 お金の心配が無いのに、お金のことで悩まされるなんて!

 まったく、どうしたものだか。




 ◇ ◇ ◇




「ふぅ」


 あの男が帰ってしばらくして、俺はようやく安堵の息を吐いた。

 娘まであの男を追って行ってしまったのが不愉快だが。

 それにしても緊張した。

 娘と結婚したいと言ってどう見たって貧乏そうで頼りなさそうな男が家に来たのだ。

 これはもう、父親として反対するしかない。

 いつもは声を荒げることもない俺が、昭和チックな父親みたいなことを言ってしまった。

 だが、これも娘のためだ。生活力のない男と結婚したら不幸になることは目に見えている。今は辛いかもしれないが、きっとそのうちわかってくれるはずだ。

 妻はさっきよくわからない奇声を発しながらベッドルームに向かって走って行ってしまった。ちょっとびっくりしたが、妻もきっと大事な娘があんな男を連れてきてショックだったのだろう。一人でこもりたい気分なのかもしれない。今はそっとしておこう。

 追い返した俺、よくやった。頼りない男に俺の大事な一人娘を任せられない。

 ほっとしたら、急に眠気が来た。少し休むつもりでリビングのソファに腰掛けると、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 暗くなっていたリビングの電気が急について俺はゆっくりと目を開けた。すると、妻が俺のことを見下ろしていた。逆光で少し怖い。

 妻は俺のことをじっと見ていた。


「ああ、そろそろ夕飯か?」


 最近、妻の作る飯が急に旨くなった。これまでも結構料理は上手な方ではあると思っていたが、最近は更に腕を上げたと思う。

 妻の返事が無い。どうしたのだろう。


「どうしたんだい?」


 声を掛けても、妻はぶるぶると震えている。

 娘が付き合っている男を見ているときも震えて声が出ないようだった。きっと俺と同じく気に入らなかったに違いない。妻の代わりにガツンと言ってやった俺に感謝の言葉を伝えてくれようとしているのかもしれない。

 と、思っていたら。


「あなた、あの子になんてこと言ってくれたのー!?」


 ものすごい形相で怒鳴られた。


「あ、あの子って……」

「もちろん、今日来た男の子に決まってるじゃない!」


 妻がじりじりと鬼のような形相で詰め寄ってくる。


「え、ええと、お前もあの男が気に入らなかったんじゃないのか? 震えながら俺の後ろに隠れてたじゃないか。しかも、一言も発さないで。てっきり、あの男に対して怒っていると思っていたんだが?」

「その逆!」

「ひっ!」


 再び怒鳴られて俺は肩をすくめる。

 こんな迫力のある妻、初めて見た。


「今まであなたには、こんな歳で変なのもにハマってとか言われそうで、秘密にしてたんだけど……。あの子はね! 私が推してる料理系YouTuberなの!! もちろんスパチャだってしてるんだから! あなただって、あの子のレシピで作った料理を美味しい美味しいって食べてるんだからねっ! あの子の作る料理はね、見栄えだってもちろん。普通の主婦でも簡単に作れて材料費も掛からず時短で出来て、それでいて、とっても美味しいの! しかも、母性本能をくすぐるあの声。鮮やかな手つき。あの子は神! そう、神なの! 覆面ユーチューバーとして顔は隠してるけど、あの声、あの手、実際に見たらすぐにわかっちゃった! まさか、うちの子の彼氏だったなんて……! ああ、神様!」


 おお、と妻が天を仰ぐ。

 正直なにを言っているのか全くわからない。妻が全然知らない人に見えてくる。

 YouTuber? はなんとなく知ってはいるけれど。

 推し? スパチャ? 神? 覆面?

 なんだそれは。

 妻がYouTuberにハマっているなんて知らなかった。

 困惑している俺のことなんてお構いなしで、妻は更に続ける。


「神が目の前にいて、直視できるわけないでしょ? 声も出なくて、体が震えて、金縛りみたいになっちゃって困ってたの。だから、あなたの後ろに隠れてるしかなかったんじゃない。あなたが酷いこと言ってても止められないなんて、どんなに辛かったことか! 貧乏とか言ってたけど、あの子は超人気YouTuberなんだから、多分あなたより収入あると思うんだけど? YouTuberなんて不安定な職業だって言い出しづらくてフリーターだなんて私たち結婚相手の親には嘘吐いちゃったのかな? かわいそうに……。最近、うちの子の金回りがよさそうだったのは、あの子と付き合ってるせい? そんなの早く素直に言ってくれればよかったのに! 結婚なんて許すに決まってるじゃない! 今! すぐ! Now!」


 弾丸のようにまくしたてられて、今度はこっちの声が出ない。

 口を挟む隙も無い。

 しかも、あの男が俺より収入が上?

 訳がわからなくて混乱する。

 が、そんな俺に妻は畳みかけるように言った。


「だ・か・ら! 今すぐさっきの言葉を取り消すって電話して! 今度は失礼の無いようにねっ!」

「は、はいー!!」


 妻のあまりの迫力に押されて、俺は電話へと走ったのだった。

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