第2話

 偶然にも、僕が夜と出会ってから学校の授業で夜が登場することが多くなった。

「かつて、人間は昼と夜が交互に訪れる地球という星に住んでいました。しかし、地球は汚染により生命が住むことが出来なくなったので、私たちはここに引っ越して来たわけですね」

 なるほどウチに居る夜は、地球からやってきたのかもしれない。僕は、地球に思いを馳せ、半日ごとに明暗の切り替わる生活について想像してみようとした。

「現代の私たちにとって、夜の闇は非常に危険なものです。夜に触れたら皮膚は爛れ、目が合うと精神に異常をきたし、治療の術はありません。しかし、普通に暮らしていたら出会う事はありません。安心してください」

 本当だろうか?

 僕は、夜の姿を思い浮かべて小さく首を捻った。

 僕の知る夜は、そんな危険なものである気配はしない。

「先生。夜夜がそんなに危険なものであるなら、元々同じ星で暮らしていた頃はどうしていたんでしょうか」

「夜の間は、家の中に隠れていたのです。夜は空からやってきますから、生き物はみな屋根のある場所で夜が過ぎるのをじっと待っていたのです」

 先生は出来の悪い生徒がむしろ可愛いといった風に穏やかな表情でそう言った。

 確かに、僕は夜にごはんをあげたり足でくすぐったりはしたけれど、触ってもなんともないし、目が合ったこともない。

 夜は、本当に危険な存在なのだろうか?


 帰宅後、僕は母さんが用意したおやつに見向きもしないで夜の元へ駆けつけた。

「ねえ、君がとても危険って本当?」

「ぐう……」

「僕にはそうは思えないんだ。だって、僕たち見た目は違うけど、本質とても似ているでしょ?」

「ぐ、ぐう」

「僕は、先生や教科書の方が間違ってると思う」

 無我夢中で部屋の隅っこの暗がりに潜む夜を初めて抱き上げようとした時、僕は夜とついに目が合った。

 夜はずぞぞ、とゆっくり僕の差し出した手に近寄ると、指先から、腕、肩、胸へ――僕を溶かし始めた。

 僕は愉快な気分になった。

 皮膚が爛れたり精神がおかしくなるなんて、やっぱり間違いだった。夜は、僕を飲み込んでひとつにしてしまうんだ。

 僕は、夜の内側にゼリービーンズの星空を見たのを最後に、意識も溶けた。

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夜を飼う 佐久村志央 @shio_ok

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