夜を飼う
佐久村志央
第1話
最近、夜を飼い始めた。
父さんと母さんには内緒にしている。
夜は真っ黒な丸い雲のような形をしていて、その輪郭はどれだけ目を凝らしても、もやがかったように曖昧だ。撫でるとひんやりと冷たい。
普通は図鑑でしか見ることがないのに、それがどうして僕の家に迷い込んできたのかさっぱりわからない。けれど夜はウチに来たその日から慣れない環境に狼狽えることもなく、僕の勉強机の足元にじっと蹲っている。そのおかげで、僕が宿題をやっている最中も爪先で夜の背をくすぐってやることができる。
そうしていると、足元から「ぐ、ぐ、ぐぅ」と唸り声のような、地響きのような低い振動音が発せられることがある。
最初は喜んでいるのかと思っていたけど、実はこれは空腹の合図だ。
「お腹すいちゃった? ちょっと待ってて」
僕は急いでキッチンに忍び込み、夜が食べそうなものをかき集める。
ゼリービーンズに、ピーナッツバターのサンドイッチに、チーズ、リンゴ、ビスケット。
それを闇雲にお皿に盛って、そおっと忍び足で部屋に運ぶ。
「お待たせ、どうかな? 足りると良いけど」
皿を押し出しながらそう言いはしたけれど、夜は僕の出す食事に文句を言うことはない。
夜には手がないから、その真っ暗い体ごと皿に覆い被さるようにして食べ物を食べる。次に起き上がったときには、皿ごと綺麗さっぱり消えている。食事はともかく、皿は一体どこへ行ってしまったのかと最初は面食らったけれど、食事の後の夜の体に触れるとそれも全部夜に取り込まれたことを理解した。
手のひらから、食事もや、皿や、それまで夜が食べたものがその中に溶け込んでいるのを感じるのだ。
夜はなんでも食べる。
僕はのそりと起き上がった夜を優しく撫でながら尋ねた。黒い夜の表面に、ゼリービーンズのキラキラがゆっくりと遊泳している。
「美味しかった?」
「ぐ、ぐ、ぐぅ」
まだ足りないみたい。
僕は急いでキッチンに引き返した。
そして、心の観察日記にしっかりメモする。
『夜は育ち盛り』
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