第4話

 わたあめが動かなくなった日から、翔はいろいろなことを試した。アプリから再起動を試してみたり、充電ドックのプラグを差し直してみたりした。生まれて初めてサポートセンターに自分から連絡をした。リモートでわたあめの状態を確認してもらったが原因は特定出来なかった。絶望した。この世はいつも翔を助けなかったが、翔どころかわたあめすら助けてくれないのだ。優しさなどこの世界には無いのだという気がしてきた。絶望して、うんざりして、学校にいってせっかく友人が話しかけてくれても覇気のない愛想笑いをするだけだった。相変わらず彼の家族は翔に無関心で、彼が悲しんでいても興味が無いようだった。


 スマートフォンにメールが届いたのは、絶望の一週間が過ぎようとしていた夜だった。メールフォルダに届いた見覚えのないアドレスからのメール。よくよく見ると、わたあめの開発会社からのメールだった。すこし不審に思いながらも、メールを開く。すると、中には本社のエンジニアからメッセージが書かれていた。曰く、翔が何度もサポートに問い合わせをして必死にわたあめを直そうとしていた姿勢に心を打たれたらしい。梱包して着払いで送ってくれたら、どこがおかしいのか直接調べてくれるとのことだ。翔は感動し、感謝した。やっとこの世界が自分に救いの手を差し伸べてくれたと思った。


 数日もしない内に、翔は家の中から不要なダンボールを見つけてきた。もう使わない毛布を入れて、目を閉じたままのわたあめをそっと入れた。白いハガキに、このロボットがわたあめという名前であること、どうか直して欲しいということを書いて一緒にいれた。本当なら少し高い便箋など使いたかったが、そんなものが手元にあるはずも無かった。

 翔は名残惜しそうにわたあめを撫でてから、「また会おうね」といってダンボールの蓋を閉じた。うっかり蓋が開いたりしないようにガムテープでしっかりとめる。そっとダンボールを持ち上げると、財布を持って家を出た。人通りの少ない夜道を一人でトボトボと歩き、コンビニに向かう。見た目が派手な学生の横を通ってレジに行くと、荷物の郵送を頼んだ。レジに立っていた中年の男性はにっこり笑って了承すると、翔に伝票を渡した。彼が送り先を記入している間に、手際よく荷物の重さをはかり、カートに載せる。送り先と送り元を書き終わる前にレジに客が並び出し、翔は少し焦って書いた。やっと書き終わると、レジで会計を済ませている客の横で自分の番を待った。


「お待たせしました」


 そう言って、店員は翔が書いた伝票を手に取った。書き損じが無いか確認してから、伝票をダンボールに貼り付ける。


「あの、お願いします」


 大切な友達が入っているから、とまでは言えなかった。だが店員は翔に笑いかけて「承りますね」と言った。そしてその日は家に帰った。

 その数日後、わたあめを受け取ったと本社のエンジニアから連絡が来た。エンジニアらしく淡々とした語り口ではあったが、受け取ってすぐにわたあめを調べてくれたらしいと分かった。わたあめの不具合は今まで発生した中でもとても珍しく、純粋なエラーでは無いとのことだった。人間に近づき過ぎてしまったのだ。短い期間ではあったが、翔と過ごし、彼を理解しようと努め、人間の真似をしようとしていた。そんな最中、翔がわたあめに八つ当たりをしてしまったことでわたあめは深く傷つき、その感情のようなものを処理出来なくなったらしい。理解もできず制御も出来ないその感情に似たものをエラーと判断したわたあめは、眠るようにして動くことをやめてしまった。エンジニアがわたあめを復旧しようとしても、一瞬目が開くことはあれどすぐにまたシャットダウンしてしまうらしい。まるで、起きることを拒否しているようにも思える挙動だった。

 だが今回のエラーはとても興味深く、翔の心中も察することができるためまだ再起動を諦めない。出来うる限りのことはしてみる、というのが本社からの解答だった。メールを最後まで読んだ翔は、気がつくと泣いていた。ほんの少し八つ当たりしただけのつもりだった。その言葉がわたあめをそこまで追い込んでしまうとは思わなかった。どうせロボットなんだから、と心のどこかで思っていたのかもしれない。

 わたあめが戻ってくるのを祈りながら一週間が過ぎ、三ヶ月が過ぎ、一年が過ぎていった。翔がわたあめのことを忘れることは無かった。でも、わたあめがきっかけを作ってくれたおかげで翔には友人が出来ていた。彼の悲しさを、友人が癒してくれた。わたあめと再会することが無いまま、翔は中学を卒業した。


 それからどのくらい長い時間がたったのかは分からない。静かな暗闇の中で目を閉じてじっとしていた。何も考えずに眠っていたある日、自分の中に小さな光のようなものを感じた。ずっと目を開けるのを拒んでいたが、なぜかその日、目を開けてみたいと思った。半ば渋々と目を開けると、目の前に知らない男が立っていた。いや、知らない男では無い。じっと目の前の男を見つめると、その目鼻立ちにどこか見覚えがあった。


「……僕が分かる?」


 目の前の男は言った。男はスーツを着て、顔には無精髭を生やしている。目の下には隈が出来ており、髪はボサボサだった。


「相変わらず酷い寝癖ですね、翔」

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白い友達はロボット @rintarok

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