秘密の花
棚霧書生
秘密の花
いつもと同じ目覚めであった。けれど、目に飛び込んできた異様な景色で、横になっていた場所がいつもとは違っていることに男は気づいた。
男が寝ていたのは青白く光る草が生えた野原だった。あちらこちらに見たこともない色とりどりの花が咲いている。血のような紅、冴えた月のような薄青、陽の光に似た黄色。桃に、紫、黒い花まであった。
男にはここに寝ていた理由がとんとわからなかった。
「誰か、誰かいないのか」
不安になってかすれた声をあげる。男の声は弱々しく聞きづらいものだった。普段から、あまり喋ることをしていないのだ。
「おや、珍しい。人間の姿のままで来てしまうなんて」
「ひえ!? あ、あんたは?」
男に話しかけたのは人間の形をした薔薇だった。体は人間のものなのだが、ちょうど頭があるはずの場所に大輪の紅い薔薇が咲いているのだ。薔薇は花びらを揺らしながら言う。
「私はこの秘密の丘の花守さ。ここは秘密の花が咲くだけの野原だから、特にやることもないのだけどね」
「秘密の丘だって? 俺は座敷牢で寝ていたはずなんだ、なぜこんなところに……」
「君は秘密だからさ」
「なんだよ、秘密って。たしかに、醜い俺は家の奥に仕舞い込まれてはいるが……」
「ここに咲く花はすべて人間の秘密なんだ。こっそり盗み食いをしたことから果ては殺人まで、あらゆる種類の秘密は花になり、この秘密の丘を彩る。君は家族の中で秘密の存在だったみたいだね。社会から隠し通そうとされていたんだね」
「この顔では外に出たところで、厄持ちだと思われる。そうなれば俺の家族も酷い目に遭うだろう」
「ああ、君は優しい! ご家族も悩みに悩み抜いた末の決断だったのだろうね。きっと君は素晴らしい花になるよ」
「俺が花になる? なにを言って…………なんだこれは!?」
男の足は植物の茎のようになっていく。体がするすると縮んで、異形の薔薇の膝の高さまで小さくなった。
薔薇はしゃがみ込み、花になりかけている男に言った。
「君のご家族の心の中で、君は秘密として生き続ける。その間は綺麗な花でいられるよ」
薔薇の花びらが微笑むように揺れる。男はすでに物言わぬ花になっていた。
終わり
秘密の花 棚霧書生 @katagiri_8
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